第29話 氷を解かす心たち
大雨の粒で出来た大鯨は、上位種ウルフに激突し、凄まじい水撃を与え、炸裂した。飛び散る大水量の水が辺り一帯をさらに水浸しにしていく。
私は足の力が抜け、その場に座り込む。初めての正式な大魔法を使用した感動からか、心臓がどきどきと鼓動を強める。
「お疲れ様、すごかったよ! アルマリアさん!」
レティシアが私の傍に近づき、笑顔でそう言っていた。私も、少し笑顔で彼女に返答する。その時、彼女越しに映った光景に私は嫌な心臓の跳ね方をした。
「……まだ、立ってる……」
私の言葉に気づいたレティシアは振り返り、同じ光景を見る。そこには、自身の大魔法が直撃したはずの上位種ウルフが、こちらをにらみながら立っていた。見ると、奴の前足と後ろ脚が1本ずつ変な方向に折れていて、残った足と長いしっぽを使ってかろうじて立っているという状況。
「流石は上位種。相当にしぶといな」
オリヴィンの声が聞こえ、声のした方を見ると、肉壁となっていたウルフの群れを全て消滅させたのか、ゆっくりとこちらへと歩いてきていた。
「オリヴィン……」
「レティシア。ひとまずはこれぐらいで良いだろう。もう奴を消滅させる」
「……お願い」
オリヴィンとレティシアは少しだけそのような会話を交わし、そしてオリヴィンはその長杖を上位種ウルフに向けて構える。その上位種ウルフはオリヴィンの姿を捉え、唸りながら器用に駆け出した。
「凶悪なる番人、汝の狂暴なる牙は、我らに仇名すものに食らいつく。『フロストファング・ケルベロス!』」
オリヴィンは凍り付くようなほど冷たい口調で詠唱を唱え、大魔法を発動した。魔方陣から出現した高密度で超低温の氷の大型ケルベロスは咆哮を上げながら真正面から上位種ウルフへと駆け出す。
その2対の対抗は一瞬で勝負がついた。持てる力を振り絞った上位種ウルフのしっぽの斬撃は無常にも1つの頭が口で受け止め、そのままそのしっぽは一瞬にして凍結。そのまま接近した氷の大型ケルベロスは残った2つの頭の牙を持って、上位種ウルフの頭と首に食らいつき、嚙みついた箇所は一瞬にして凍結し、その尖った氷は牙のように鋭くなって、上位種ウルフの体を貫いた。最後の一撃を受けた上位種ウルフは力なく地面に倒れ、そしてその存在は消滅した。
「流石、氷牙の貴公子、だよね」
「ふん。国王様から認められてるんだ。この程度やれなきゃ、大切を守れない」
オリヴィンはレティシアに向けてそう言い放った。そして、私はなんとなく、事情を察したのかもしれない。オリヴィンの眼差し、そしてレティシアが彼に向ける眼差しは、普通の関係性では見れないような、そんな特別な感情があるものだと理解していたからだ。それは、小学部の時、まだ完全なる純粋だったエルヴィラが、ジークに向けていたその眼差しと相違なかったのだから。