第28話 その想いに呼応して
私が発動した魔法により、一帯が突風に包まれる。砂煙が舞う中、私はその場にしゃがみ、周囲を警戒していた。
「アルマリアさん」
背後から、レティシアの声が聞こえる。彼女は優しい声で私に近づいていた。
「ありがと。助かったよ。流石だね」
「いえ、その、やっぱり、誰かがピンチな場面を見ると、動かないとって思って、それで」
「うんうん。分かってる。君は将来、模範となりえる騎士になると思う。どうか、その心、忘れないね」
レティシアはそう言って、そして再び武器を構える。私もすぐに気持ちを引き締め、私たちを取り巻く砂煙を消すために風魔法を発動しようとした。その時、その砂煙の中から、上位種ウルフが突撃してきたのだ。しっぽの鋭い刃物の切っ先が、私を目掛けて飛んでくる。そのしっぽの突きを、レティシアは地魔法の壁を出現させて防ぎ、私は風魔法を使って、砂煙ごと吹き飛ばした。
晴れる砂煙に吹き飛ぶ上位種ウルフ。上位種ウルフは地面に爪を突き刺し、風を耐えて止まる。
「レティシア!」
周囲の状況が分かるようになった時、少し離れたところからオリヴィンの声が響く。彼は未だにウルフたちに囲まれ、思うように動けていない様子だ。
「包囲網を突破するまで耐えてくれ!」
「分かった!」
オリヴィンはそう言って、大魔法級の氷魔法を無詠唱で連発し、彼周辺の土地を変形させるほどの高火力を投入していくが、ウルフたちは完全に回避行動を主にして動き、さらにはどんどんと数を増やして数で包囲網を崩さずに動く。その動きにオリヴィンは決定的な包囲者の穴を作ることが出来ずにいた。
「アルマリアさん、油断しないで。来るよ!」
「っ!」
私がオリヴィンの方に視線を向けていた一瞬、上位種ウルフは再び私たちに接近してきていた。今回も爆破属性の小魔法で私たちの周囲の地面を爆破し、牽制してくる。
私たちもその場にとどまらず、場所を移動しながら上位種ウルフに魔法攻撃を加えていく。しかし、上位種ウルフも巧みに体を使い、魔法を回避し、時には爪やしっぽでかき消す。
お互いに決定打を与えられず、人間である私たちは疲労が募る。私はレティシアの顔を見る。彼女の頬にはいくつもの汗が滴り落ち、その表情に余裕はない。このままではいずれこちらがやられるだろう。
(お願い、もう一度、あの上位種の魔物に打ち勝てる力を、私に!)
空を見上げ、そう願う。すると、今度は晴れていた空が急に雨雲が急速に発達し、すぐに雨が降る。雨粒が大きい大雨で、周囲は瞬く間に濡れていく。
「これは、まさか、アルマリアさんが……?」
「あの、レティシアさん。私がまた突撃するので、牽制をお願いして良いですか?」
「そ、それは、やるだけやれると思うけど、でもさっきとは違って相手も油断してない。魔物でもあれは上位種だから、また上手くいくかは分からないよ」
「それでも、今この場を切り抜けるのはそれしかないんです。多分、あいつを撃退でもすれば、このウルフの群れもいなくなると思うんです。あいつが、遠吠えしてこうなったし、司令塔なんだと思うんです。だから!」
レティシアは私の言葉を聞き、深く頷く。そして、上位種ウルフに向けて地魔法を連発しながら接近した。そして、地魔法の蛇が上位種ウルフを拘束し、少しの隙を作る。
「これでどうかな!?」
私は右手を空に掲げる。右手に感じる感覚の意識を集中する。
(大丈夫。やれる)
確かにそこに何かを掴んでいる感覚を覚え、私は心の中で自分に言い聞かせた。そして、心の中に浮かんできた詠唱を唱え始める。
「万物の根源よ。尊きその涙をここに顕現させ、悪を払う意志を示せ。『アサルト・イシスウェイル!』」
私は祈りに似た詠唱を唱え、その大魔法の名を呼んだ。人生で初めて、両親から話だけ聞いていたその概念を、中学の入学して間もない時期に、一か八かの場面で、初めて発動したのだった。
私の発動した大魔法の美麗な魔方陣から魔力が溢れ、それは降り注ぐ大雨の粒を集め、そしてそれは私の体を簡単に飲み込んでしまいそうなほど巨大なクジラに姿を取り、巨体からは想像できないほどのスピードで泳ぎ、そしてそれは、今まさに拘束から抜けた上位種ウルフを捉えたのだった。