第21話 純潔の姫
響いた声はメーヴィスにも届いたのか、彼女はハッと我に返り、魔法を解除した。押しつけらえる力がなくなり、私はゆっくりと立ち上がる。体かなり強い力で抑えられていたため、急な解放に私の体は変に浮遊感を感じた。私たちに声をかけた男たちはすでに逃げたのかその場にはもう見えなかった。
「……マジでごめん、アルマリア。迷惑かけちゃった……先に帰るわ」
「メーヴィス――」
メーヴィスはひどく沈んだ声でそう言い、俯きながらも駆けていった。彼女の背中はひどく哀愁漂う雨雲がかかっているように、そう感じた。
「大丈夫、かな?」
私が放心状態で一息ついていると、声をかけてくれた女子高生の人が私に近づきながら、声を改めてかけていた。橙色の髪を後ろの方でまとめ、空色の目で私たちを見つめる。目の表情は穏やかで、人当たりがよさそうに見える。
「あー、えっと、はい、ありがとうございます」
「良かった~。ごめんね、急に割り込んじゃって。なんだかトラブルに巻き込まれたのかと思って、つい声だしちゃったんだ。あの友達の子はかなり気を病んでじゃったみたいだね」
「そう、ですね。正直、私もよく状況理解が追い付いていなくて……」
「そっかそっか。それじゃあ、すぐそこにカフェがあるから、そこで飲み物飲みながら落ち着こうか。ほら、行こ~」
その女子高生の人は私の肩を促し、カフェへと歩かせる。ちょうど疲労感も強かったため、私はその提案に流されることにした。
カフェはお客がまばらにいて、私たちは窓際の席へと座った。お互い飲み物を頼み、運ばれてきた飲み物を一口飲んで一息を付き、女子高生は口を開く。
「落ち着いた?」
「はい。その、ありがとうございます。えっと……」
「そっか、自己紹介してなかったね。私はレティシア・シュプリンガー。高校1年生になり立て、だね。君の名前は?」
「アルマリア・メラクです。オステンドルフ騎士養成学校の中学1年生になりたてですね」
[オステンドルフ……ってことは、私の弟と同じ学校だね」
弟と同じ学校という言葉を聞き、私は少しか考える。そして、その人物を思い出した。
「もしかして、アーネストのお姉さん?」
「あ、そうそう。うちの弟、アーネスト・シュプリンガー。良かった。友達出来てたんだ。あの子、まあよくも悪くも純潔主義に染まってる子だから、友達出来るか心配してたんだよ」
「……そうだったんですね」
まだ友人と言える関係かと言われた微妙だったが、クラスメイトではあるので細かくは言わないことにする。
「あの子、言葉はきついけど、でも優しい子だから、よろしくお願いします」
「分かりました。レティシアさん」
レティシアは柔らかい笑顔を見せる。弟のアーネストとは違い、かなり物腰が柔らかい。同じ純潔一族とは思えない。エルヴィラの一族みたいな人たちが多数派だったら、この国の純潔思想も少しは違ったかもしれない。
「レティシアさんは、他の純潔の人たちと違って、私たちに親切にしてくれるんですね。さっきの時もそうでしたけど。良い意味で、純潔らしくないっていうか……」
「あはは、まあ、私だけじゃなくても、純潔一族の中でも色々な考えは当然あるよ。ただ、表に出ないだけ。今はストヤノフ一族さんたちはそれを表にだして社会に訴えてるけど、あれも珍しいことなんだよ。歴史を見ると、大体は保守派に潰されていく。――前回は私たちシュプリンガー一族だったからね」
「それって……」
質問をしようとしたが、レティシアは人差し指を口にあて、言えないという身振りをする。あまり外では言えない事情があるようで、私もそれ以上は聞かないようにした。
「さて、もっとゆっくりとお話ししたいけど、この後ちょっと用事があるんだ。また機会があればお話し、しようね」
「はい、ぜひお願いします。私も、レティシアさんとお話し、もっとしたいです」
「ありがと、それじゃ、出ようか」
「あれ、会計は……」
「私のおごり、だよ」
レティシアはそう言ってウィンクをする。その瞬間、心臓が少し跳ねた気がした。彼女と一緒にカフェを出てすぐに別れ、今日起きたことを整理しながら、夕焼けに沈む空を眺め帰路に着いたのだった。