第20話 重力下の怒り
少し不気味な風が私たちを撫でる。エルヴィラ兄妹が視界から完全にいなくなったことを確認し、私たちは大きく息を吐いた。最初に口を開いたのはメーヴィスで、後にジーク達が続く。
「ふう……なんだか、重い空気になっちゃったね。適当に何も気にせずに生きていけるならエルヴィラも楽なんだろうけど、純潔一族ってそんな甘い社会じゃないもんね」
「当然だろ。歴史が俺たちとは違いすぎるのさ。いくら長い歴史を持つ一族でも、純潔の血を引いてる奴らからしたらただの餓鬼に等しいし、なんなら最近移住してきた人たちなんて、同じ国民だなんて思っちゃいないんだ。古い考えが蔓延してると、年月が経つにつれてそぐわない縛りも増えてくる」
「その大きなほころびの一つが、純潔間の自由恋愛、ということですね。なんだか、悲しいですよ。自由がないのは、わたしとしては死活問題ですよ」
各々がそれぞれの想いを吐露する。私はなんだか頭に疲労感を感じ、肘を膝に着き、頬杖する。
「そんじゃ、今日はもう帰ろう! ねね、アルマリア! 一緒に帰ろ! ジーク達! 今日は女子二人で帰りたい気分だから、男どもだけで帰ってよ!」
「俺もアルマリアと同じ方向だし、なんでわざわざ……」
「ええ、分かりました。さあ、ジーク。男二人、腹割って色々と交流しましょう。ジークの事、もっと知りたいですしね。女子がいると話せないことも話しましょう」
「え? うーん、まあ悪くないが、なんだか釈然としないな」
そうして、オズマンドはジークの腕を掴み、半ば強引に正門へと歩いて行った。メーヴィスは私の隣に座り、肩に手を置く。
「ま、色々と思うことあるだろうけどさ。ずっとそんな悩んで自分で自分を追い込むんじゃ辛いだけだよ! ほら、帰ろ!」
「う、うん、そうだね。ありがとうメーヴィス。行こうか」
私も、メーヴィスに促され、手を握られて引っ張られながら、帰路についた。
空は快晴。雲一つない空は、私の暗い気分を励まそうとしているように見えた。どんなにおいしい食べ物を買い食いしたところで、暗い気分が晴れないのが私だ。それでもメーヴィスは、帰り道に私を元気づけようとしているのか、明るく話しかけ、買い食いに誘う。私は彼女に連れられるままに買い食いをして、お腹だけを満たしていく。
「もう、甘いものはアルマリア嫌いなん?」
クレープを手に頬張る彼女は、口にクリームを付けながら私に言う。
「いや、大好きだよ。でもまあ、日によって感じ方が変わるのかもしれない。少なくとも、今日は、なんだか、進まないんだ……」
「ふーん。やっぱり、アルマリアも、みんなもすごいね。めっちゃ悩むこと出来るなんてさ! あたしはなんか、悩んだりするの、疲れちゃうって知ってからは、もういいやって考えるようになったからさ!」
メーヴィスの表情は、笑顔ではあるが、なんだか、目の向こうは悲しそうに揺れているように見えた。
「まだ私たち中学生になったばかりだよ。小学部はそんなに大変だったんだ?」
「うーん、大変ってわけじゃなかったけど、まあ、色々と思うことが多かったって感じかな。まさに今のあたしたちみたいにね。あの時は……」
メーヴィスが何かを言いかけた時、誰かがメーヴィスの名前を呼びかける声が聞こえた。
「もしかして、メーヴィスじゃね?」
その声の方を見ると、そこには3人の男が居た。一人が1歩前に出て、二人は後方に控えている。その光景で予測するに、その男も純潔一族か何かだろう。
「……久しぶりじゃん。そっちから声かけてくるの、いつぶり?」
「ああ、小学4年以来か? お前が完全に落ちぶれ不良になってからだろ」
「そうだったね。で、何? 久しぶりに顔見て茶化したくなった?」
「もうお前いじっても面白くねえしな。必死に弁解してた姿見れねんだもんな。お前の叩きだす結果って、姉ちゃんの完全な下位互換だったもんな」
姉の下位互換、その言葉が出た瞬間、メーヴィスの表情が明らかに怒りに変化するのを横目で感じた。
「話し途中でごめんだけど、今は私と一緒の時間を過ごしてるから、思い出話は今度にしてもらいたいな」
「んあ、なんだ、メーヴィスの連れだったんだな。こんな落ちこぼれの付き合うなんて、物好きだな」
「落ちこぼれ……?」
「こいつ、ほとんど誰でも入れる騎士養成学校に行ったんだろ。この国じゃ、騎士養成学校行く奴は大体は滑り止め受験で入っているような落ちこぼればっかだしな。努力しても成績上がらないんじゃ、姉さんみたいに魔導学校なんか行けねえよな」
細かな事情は分からなかったが、少なくとも小学部の時のメーヴィスに、色々とあったのだろうと言うことは分かった。そして、メーヴィスの反応を見るに、明らかに触れてほしくない話題であることも分かった。
「君も、そいつに付き合ってると自分の勉強だとか、社会的地位も何もかもが落ちぶれちまうぜ」
「……黙れよ餓鬼」
「んあ?」
メーヴィスの怒りに満ちた声が聞こえた瞬間、肩に重い何かがのしかかったような感覚があり、重さに耐えきれずに膝を付く。3人の男たちも同じく膝を付いていた。その重さは徐々に強くなり、膝で立っているのもやっとで、痛みが増していく。
「メ、メーヴィス……」
声をかけてもメーヴィスには届いていないようで、彼女の握りこぶしは強く握られ、男たちを睨んでいた。これは恐らく、メーヴィスの重力魔法だろう。それは彼女の怒りに呼応し、その強さを増していく。魔法にかけられた私たちはもう声を上げることも出来なくなっていく。
「落ち着いて!」
その時、前の方から女性の声が響いた。かろうじて動かせる頭を少し向けてみると、そこには、有名な高校の制服を着た、穏やかな目をした女性が、そこに立っていた。