第19話 純潔のプライド
広い校庭の端にある芝生、そこに設置されているベンチにエルヴィラは座る。ジーク達はベンチに座らず、近くに立ってエルヴィラの話しを聴くようだ。私はエルヴィラの隣に座り、話し始める。
「その、色々と大丈夫だった? あんなことがあった後で、みんな心配してたんだ」
「うん、今のところは大丈夫だよ! 登校はしばらく一人じゃなくて家の誰かが付き添うようになったけどね!」
「そっか。まあでも、その方が良いよね。また襲撃されたら大変だもんね」
エルヴィラはいつもしているような笑顔を私に向けるが、その笑顔は少し影を感じる。
「それで、結局襲撃をしてきた人たちについては親から何か言われたのか?」
「うん、言われたよ、ジーク。やっぱり、私たちの一族に対して攻撃的になっている組織の一派が実行した誘拐だったみたい。私は脅しの材料にされるところだったんだ」
「まあだろうな。なんで小学部の時じゃなくて、中学部に上がってからだったのかは分からないが、これでもうエルヴィラも標的にされていくことが分かったな」
「そう、だね。それに、多分、あの人たちは、両親に対して、というより、お兄様に対してのヘイトで私を狙ったんだと思う。お兄様の影響力は、絶大だから……」
エルヴィラの兄オリヴィン。彼の演説内容は、自由恋愛について謡っているものだった。だが、身内に危険が迫った今、その主張は続けていくのだろうか。メーヴィスは同じ疑問を想っているようで、エルヴィラに質問する。
「ねえ、妹があんな目にあったから、お兄さんも自由恋愛の主張についてはしなくなるよね。だって、誘拐が未遂に終わったけど、演説している時に妹を誘拐するって、要は、その主張するとこうなるぞって言ってるようなもんだもんね?」
その質問に、エルヴィラは、首を横に振る。
「ううん、絶対に主張は止めないと思う。お兄様には多分、自由な恋愛を社会的に認められるようにして、何かをしたい強い目的があるんだよ」
エルヴィラは似合わないくらい顔をして目線を落し、声を上げる。
「お母様とお父様は、特にお父様は一族に結婚について全く話しをしないで、急に結婚を発表したんだ。その時は、この街、ううん。この国が揺れ動いたんだって。それこそ襲撃も何度もあったって。でも、二人は折れずに国に貢献してきた。今もまだストヤノフ一族の滅亡を望んでいる人たちは多くて、お母様とお父様、それにお兄様はそれに抗ってるんだ。むしろ、古き伝統に改革を与えようとしている。それは私としてはすごいことだと思ってる。でもね、お兄様は、特に純潔一族感の自由恋愛に関しては、なんだか、その活動を本格的に始めてから、ちょっと怖くて……」
エルヴィラが浮かない表情をしている理由の一つはそこにあったらしい。兄オリヴィンに対して、何かしらの恐怖を感じているのだ。
「前の襲撃のこともあるし、正直、このままお兄様が活動したら、本格的な抗争が起きちゃうんじゃないかって、怖いんだ……」
「そっか……そう考えると確かに、エルヴィラは不安が募るよね……。確か、純潔一族同士で血をつなぐことが、強い一族を維持する方法だって、そういう考えが大元にあるんだっけ?」
私の疑問には、オズマンドが答えてくれる。
「ええ、そうですよ。この国は今の魔法文化を広げた者たちが生まれ育った場所で、滅亡しないように強くあるため、強い者同士で血をつなぎ、その者たちが今の純潔一族と呼ばれるようになった。それがいつしか伝統になり、今でも純潔一族たちはベラン王国だけじゃなく、世界でも絶大な力を持つ魔術師たちとして尊敬を集めています。その歴史の途中でこの土地に入ってきたりした者たちが、わたしたちとなりますね」
「そそ。だから、純潔一族の人たちって、基本的にはこの国を育てて、魔法を生活レベルに取り入れたっていう、世界にも貢献した血が流れているっていう高いプライドを持つようになったわけよ。だから、他人を見下すんだよね~。もちろん、エルヴィラの一族は除くけど!」
この話しで、私は改めて、エルヴィラが襲撃されたことの重大さを実感した。この国を変えようとする一族に対する容赦のなさについて、恐怖すら感じた。変化を望む声を、力によってねじ伏せようとする社会の闇を、中学生ながらに感じたのだった。
「ありがと、メーヴィス……。だから、私は、怖いだけじゃなくて、お兄様が心配なんだよね……」
「エルヴィラ……」
「ごめん、みんな! しっとりしちゃったね! もう帰らないといけないから、もう帰るね……明日から登校出来るから、またよろしくね……」
そう言って、エルヴィラは兄が待っている校門の方へと歩いていく。その背中は、悲哀に満ちて影が落ちているように見えた。