第16話 事情
このオステンドルフ騎士養成学校の屋上はお昼時間と放課後の少しの時間だけ開放される仕組みだった。ただ、落下防止で柵が私の3人分ほどの高さまで設置されており、景色は良くなく、ここを使う学生はあまりいない。ここよりも1階下のフリースペースからの方が景色良いので、そちらに集中するので、今日も屋上には人がいなかった。
「やっぱり、ここの屋上は景色が悪いから人が少ないね。空はこんなにきれいに見れるのに」
「なんだ、お前はここ、初めてじゃないのか」
「小学部からここでお昼を取ってたからね。そのせいで午後の授業は遅れることが多かったんだけどさ」
「……そっか、小学部から来てる奴だったんだな」
私はいつものベンチに腰掛ける。アーネストも同じベンチの端に座り、先ほど買ったサンドイッチを小さな一口で食べ始める。その姿は、高貴なる純潔一族とは思えないほどに小さく丸まっていた。今にも千切れそうな薄い雲のよう。
「それで、なんで昼飯に誘ったんだ。俺が純潔一族だからか?」
「いや、純潔だからとか関係ないよ。ただ、なんか誘おうかなってふいに思っただけ。取り巻きの子たちもいない様子だったし、なんか、寂しそうに見えたから、つい口に出ただけだよ」
「無名の一族風情が余計なことを考えるな。本来ならそんな無名な一族から慈悲を受けるなんて、純潔一族の恥なんだ。……本来ならな」
アーネストは最初こそ勢いよく話していたが、最後には弱弱しく力が抜け、俯いた。
「なんか、大変だね。私は特に他意はないんだけど。なんか自由がない感じがする」
「別に大変じゃない。俺は、純潔一族であることに誇りを持っているんだ。古代文明から続く血筋で、この国を一から作った一族であることにな。……世間はもうそうじゃないみたいだけどな」
「アーネストの言葉を聞いていると、今は色々と事情が違う感じがするんだよね。私はそういうの疎いんだけど、一体何が起きてるのか、気になるんだよね」
「ふん、そうだな。サンドイッチのこともあるし、恩はしっかり返さないといけないから、特別に教えてやる。俺の一族は今、純潔の中で最も信頼を失った一族になってるのさ。そのせいで、両親は仕事場でも立場が悪くなって収入が激減した。世間の目も冷ややかな目になってる。敬う人たちも今は少数になった。だから、今は両親は仕事を増やして家に基本的に帰ってこない。兄弟姉妹は従属の一族に散って行った。今の家にいるのは、俺と、姉だけなんだ」
アーネストは淡々と事情を話してくれた。彼の表情は悲観に暮れている。一気に話したせいか、アーネストは再びサンドイッチの残りを頬張り始め、沈黙が訪れたのだった。