第14話 既視感
翌日、晴れ渡る空の下、私は少し曇り空の心を抱えてオステンドルフ騎士養成学校へと登校した。教室に入り、視線を感じながら自分の席に着き、ため息をついて机に突っ伏す。
昨日帰宅した後、起きた出来ごとを整理するために天井に上がって夜空を見上げていたが、当然時間は足らなかった。
「来てたのか、アルマリア」
ふと顔を上げると、ジークがすでに来ており、腕を組んで私を見下ろしていた。いつもは澄ました顔をしているが、今日は少し元気がなさそうだ。
「おはよ、ジーク。お疲れ様」
「そっちもな。――エルヴィラは今日は来ていない。多分、休みだろう」
「無理もないよ。昨日は大事だったんだからさ」
「そして、わたしたちの無力さを実感した出来事でもありましたね」
ふいにオズマンドの声が聞こえる。見ると、メーヴィスと一緒に私の方へと来ていた。彼らも表情は暗い。
「アルマリアのあの魔法が無かったら、マジでどうなっていたことやら。あのオリヴィンさんも、妹が人質だと下手に動けなかっただろうしさ」
「ええ、そうですね。アルマリアのおかげで助かりましたよ。正直、あの魔法についてアルマリアに色々と聞いてみたい好奇心はありますが……」
「その、ごめん、今はあまり、あの魔法について話したくないんだ。色々と、ね」
「もちろん無理に聞くつもりないですよ。わたしも、好奇心があるだけで、今は反省に集中したいんです……」
「あたしも、何も出来なくて、ショックで、出来ることを増やさないとって……」
メーヴィスは似合わないくらい表情で目線を下に落とす。
皆、昨日の出来事が相当心に衝撃を受けている様子だ。無理もない話しだ。魔法の扱いにまだ慣れていない中学生が、友人の誘拐現場を目撃して、実際に戦ったけれどまったく歯が立たなかった。
それほどにショックの大きい出来事に遭遇したのだ。最もショックを受けているのは、被害を直接受けたエルヴィラだ。今日学校に来ていないのがそれを証明している。
「なんだ、今日はあのストヤノフの女はいないのか」
私たちが暗い雰囲気で話している時、場に合わない呑気なことを言いながら、こちらに近づく人影があった。見ると、入学式の日にエルヴィラに突っかかってきた男子が、今回は一人で、灰色の髪を揺らしながらこちらに来ていた。黄土色の瞳と、私の視線が重なり合う。
「アーネスト・シュプリンガーか」
ジークが彼をそう呼んだ。自己紹介の時にボーっとしていたので、全く気付かなかった。
彼は私たちを見下すようにしてこちらを見ながら、話しを続ける。
「知ってるぞ。昨日、誘拐されかけたんだろ。うちの情報網でそんな情報が来たんだ。全く、この国の伝統に仇名そうとするから、こうなるのさ。大人しく純潔一族の伝統に従っていれば、反感を買わずに済んだのに。特にあいつの兄はな。純潔同士で結婚するのは純潔一族の使命だってのに」
彼は一人で勝手にそう話している。私はその男子の話しよりも、背丈がどこかで見たことがあるように感じて、その男子のことを見ていた。その時、1限目の授業開始前の予鈴がなった。
「アーネスト。そろそろ授業、始まるぞ。早く自分の席に戻れよ」
ジークがアーネストにそう言葉を吐き捨てる。アーネストはジークの態度が気に食わなかったのか、急に小魔法で手のひらから岩のナイフを作り出し、ジークに向ける。
「純潔の俺に、そんな口の利き方は許されない。ただの歴史が長いだけの劣等一族が」
「純潔とか関係なく、授業が始まる時に席に着くのが普通だが。アーネストのナイフが邪魔で俺が席に着けない」
「……ふん。シュプリンガー一族の信用が世間的に良くないから、見下してるんだろう。だからそんな言い方が出来るんだ。くそ! 見てろよ。絶対にストヤノフ一族を失脚させてやるからな」
そんな恨みを吐き捨て、アーネストは自身の席に戻って行った。その後ろ姿、歩き方も、どこかで見たことがあるような感覚があった。
「……ふう、やっぱり純潔は苦手です。歴史があるわたしたちのことを目の敵にしてくるので、話しにくいんですよ」
オズマンドはそう言いながら、メーヴィスを連れて自身の席に戻って行く。彼らがカフェで言っていたことは、恐らくこういうことなのだろうと実感する。
「アルマリア。あいつには気を付けろよ。この教室の純潔一族の中で、どうやらエルヴィラと、俺やオズマンド達のような一族を特に毛嫌いして、かつ、変に積極的に絡んできてるからな」
ジークはそう忠告を残し、席についた。そして、本鈴がなり、1時限目の先生が教室に入ってきて、授業が始まった。その授業中でも、先ほどの既視感について、記憶をたどったが、結局、授業が終わるまでに思い出すことはなかったのだった。