第13話 静寂
張り詰めた空気が解け、大きく息を吐き出す。今回のエルヴィラの誘拐劇は、なんとか敵を撃退して奪還成功したことで幕を下ろした。私の胸に頭をこすりつけるエルヴィラは、力強く私の背中に手を回し、離さない。
「エルヴィラ。怖かったね。よく頑張ったよ」
「……私、何も出来なかったんだよ。あの一瞬で、私の世界が暗転して、抵抗することも出来なかったんだよ……」
「むしろそんなことが出来たらエルヴィラは最強の中学生だよ。とにかく怪我がなくてよかった」
「……ごめんなさい……」
エルヴィラの声が震える。そのごめんなさいが何に対してなのかは質問しない。未だに顔を上げないエルヴィラの頭を撫でながら、友人たちにも気を回す。
「皆は大丈夫?」
応えたのはジークとオズマンドだった。
「俺は大丈夫だ。マジで何も出来なかったからな」
「わたしとメーヴィスも大丈夫ですよ。気持ち的に落ち込んでいますがね」
「もう余計なこと言わないでよオズ。ほんとにさ……」
見ると、メーヴィスは地面に座り込んで足を放り投げ、空を見上げていた。何も出来なかった無力感に襲われているような、そんな哀愁が漂っている。
「エルヴィラ」
エルヴィラを呼ぶ声が聞こえ、私はその声の方を見る。その声はエルヴィラの兄オリヴィンが、すぐそばに来てしゃがむ。エルヴィラは兄の声に反応し、少しだけ目線を兄の方へと向けた。
「……お兄様」
「怪我がなくてよかったよ。これからは気を付けるんだ。良いね?」
エルヴィラはただ小さく頷くことしかしなかった。その姿を確認し、オリヴィンはエルヴィラに手を差し伸べる。
「今日は一緒に帰ろう。その方が安心だ。今日のことは父さんにも報告する」
エルヴィラは私の胸から顔を上げる。目元にはいまだに流れる涙が溜まっていた。
「かわいい顔が台無しだよ、エルヴィラ」
私はそう言って、手をかざし、水の小魔法を発動する。私が発動した水魔法は小さな塊になり、エルヴィラの目元に溜まっている涙を吸収し、吸収した水の塊を手のひらにしまった。
「マリア、ごめん。今日はお兄様とこのまま帰るね。……また明日、学校でね」
「うん、また明日」
そう言って、エルヴィラはオリヴィンの手を取って立ち上がり、ジーク達にも別れの挨拶をしてオリヴィンと一緒に帰って行った。
その後、少しの沈黙があった。恐らくその場にいた全員が、強い緊張に疲れ、そして何も出来なかったという無力感に絶望していたのだろう。私は数回深呼吸してから立ち上がる。
「さて、皆。私たちも今日は帰ろう。このまま遊ぶ気持ちにもなれないだろうしさ」
「そりゃそうだな。オズマンド、メーヴィス、今日は帰ろう。こんな空気の重い中で遊びに行けないだろ?」
「……そうする。なんか悔しいけどさ。オズ、後で相談に乗って」
「はいはい、分かりましたよメーヴィス。それでは行きましょうか」
全員が立ち上がり、帰路に就くとき、不意に視線を感じた。きょろきょろと周りを見ると、私たちが来た道とは別の路地に、以前遭遇した地魔法を使ってきた人と同じマントを羽織った人が、そこにいた。その人は私が視線を向けた瞬間、体を翻し、路地に消えていった。
今回はもはや後を追う気力もなく、帰り道にみんなと共有するだけに留め、私たちは帰路に着いたのだった。