第12話 想い乗せる風
「ジーク、アルマリア。大丈夫か?」
「え、ええ、私たちは大丈夫です」
エルヴィラの兄オリヴィンの素っ気ない言葉に私は応える。彼はちらりと私たちの方を見るが、すぐに視線を戻した。
「流石の男だな、氷牙の貴公子ってのはよ」
オリヴィンの氷魔法によって氷漬けにされたはずの男が、溶けていく氷から這い出てくる。男がしているアンチマジックアイテムの腕輪はずっと光っていた。
「……あんたのそのアイテム、相当優秀な様子だな。随分金がかかっただろう」
「そうだな。君のような貴族がもらう小遣い程度にはかかったさ。そのおかげで命拾いしたがな。まさか貴公子の氷魔法にも効力を発揮してくれると思ってなかったぜ」
「だが、一時的にも氷漬けになったんだ。なんならあんたが降参するまで氷漬けにし続けるさ」
「悪いがもう君に主導権を渡すことはない。状況をよく考えな」
男がそう言うと、部下の方に目線を向ける。そこには、エルヴィラを立たせ、首元に短剣を押し当てる男の部下がいた。
「変な動きをすると、こいつの首に短剣が突き刺さるぞ!」
「まあ見ての通りだ。友人たちには悪いがお遊びはここまで。そこで俺たちが逃げるのを見ていてくれよ」
「……やっぱり、裏の人間たちは屑ばかり」
オリヴィンが言葉を吐き捨てるように言い、動きを止める。私たちが動きを止めたことを確認した男たちはこちらに視線を外さず、何かしらのアイテムの準備をしていた。空く逃亡用のアイテムか何かなのだろう。
(このまま何もせずにこんなやばい奴らにエルヴィラが誘拐されるのを見ているだけなんて、自分自身が情けない……こいつらを弾き飛ばせるほどの力が、力が欲しい……)
心の底から湧き上がる怒りと悔しさが今の私を支配する。感情に任せて力を使いたくなる。私は強く拳を握り、届かない願いを心の中に吐露した。両親から言われていた教えを裏切ることになろうとも、私は願った。
(制御できなくても良い。今のこの場を切り抜ける力を)
その時、風が私の髪を撫でた。それは人が息をするのと同じような、自然に吹いた風。私以外の人たちはその風の意味を全く理解していないだろう。
しかし、私はその風がどんな結果を生むかを理解していた。次第に風は強くなり、私はタイミングを待つ。
そして、その風が音を立てるほどに強さを増し、リーダー格の男が状況の変化に気づいて私を見た時、同時に私も魔法を発動した。
その魔法は自然に吹いていた風を利用した巨大な弾丸となり、撃ち出される。凄まじい風力で激しい轟音を鳴らしながら、その弾丸はリーダー格の男のとエルヴィラを人質に取っている部下の、短剣を持っている腕へと飛来する。
アンチマジックアイテムで防ごうと腕輪を前に掲げるリーダー格の男は弾き飛ばされ、その部下は腕を撃ち抜かれて弾き飛ばされる。自由になったエルヴィラは力なくその場に倒れそうになるが、兄のオリヴィンの氷魔法で受け止める。
「――なるほどな。もしかするとってことかよ全く」
弾き飛ばされたリーダー格の男は立ち上がり、何かを察したような感じを醸し出しながら、明確に私に問いかけた。
「そこの兄ちゃんと同じか、それとも他に理由があるのか。どっちにしても、君は友人を助けるためにその存在を表に出したわけなんだろ。見ろよ。アンチマジックアイテムの腕輪が粉々だ。ほんと、高かったんだぜ。まあいいさ。君の想いは強かった。それに免じて俺たちは友人を返そう。そんで、俺たちはおさらばだ。良いもん見れたぜ。じゃあな」
そして誘拐犯の男たちは煙玉を使って姿をくらませる。オリヴィンがすぐに煙の中に入ったが、男たちはすでに逃げた後だったらしく、そこにはもう誰もいなかった。
極度の緊張が抜け、私は地面に座り込む。後ろを見ると、同じように緊張が解けたのか、皆地面に座り込んでいた。私が一息ついた時、私の体に何かが突っ込んできた。見ると、解放されたエルヴィラだった。私は何も言わず、彼女の頭を撫でたのだった。