第11話 氷牙の貴公子
エルヴィラは口と手足を縛られてベンチの傍に寝かされている。その前に立ちふさがる男は一人。傍でエルヴィラの様子を見ている男が2人。どいつも体格が大きく、一度でも掴まれたら振り切るのは難しいかもしれない。
「お、おい、こいつら、俺たちを追って来たんだぜ! さっさと殺しちまおう!」
エルヴィラの傍にいた一人の男が喚く。
「おいおい、ただの餓鬼どもだぜ。俺たちの仕事は誘拐であって、殺しじゃない」
私たちの前にいる男はそう答え、私たちの方に話しかけた。
「よう少年少女たち。わりいな、お友達を誘拐しちまってよ」
「悪いと思っているならさっさと返してほしいんだが?」
「残念だがそれは出来ねえのさ。俺たちは仕事でやってるだけだからな。心が痛むと言っても、仕事を放棄する気はない。子供にはまだ早い話しだがな。だからよ、さっさと家に帰んな。この街の騎士団に言ってもらってもいいがよ。騎士団が来るときにはもう街を出てるからな」
「一体何の目的でその子を誘拐したんですか? お金目的ですか?」
「おいおい、そんなこと簡単に話すと思ってるのか? インテリに見えて君は実におバカな餓鬼だ」
オズマンドの問いかけには簡単には乗らない。これ以上質問しても何も答えないという姿勢を男は見せ、私たちを視線から外さない。
私は風の小魔法を手のひらで発動させ、いつでも発射できる状態を整える。横目でジークを見ると、ジークも同じことを考えているようで、右手を背中に回し、炎の小魔法を準備していた。
私は男に話しかける。
「ねえ、あなたたち」
「お、どうした。帰り道でも分からなくなったか?」
「私たちは確かにまだ中学部の餓鬼だよ。でもね――」
私は右手を開く。
「私たちはこの魔導の国ベラン王国の学生なんだよ」
その言葉を発したと同時に、私は風魔法を発動させた。魔法の発動を見た男は驚く顔で身構える。
「ジーク!」
「分かってる!」
ジークも炎魔法を発動させ、その炎は男に向けて放射される。その炎に合わせ、私は風魔法を炎魔法に向けて発射し、炎の規模を増幅させた。小魔法とは思えない規模の火炎放射が男に向けて向かい、そして男を包み込んだ。
「メーヴィス。重力魔法でエルヴィラを引き寄せてください」
「やってるってもう! 炎が邪魔だけど!」
すぐ後ろでオズマンドがメーヴィスに指示を出す。メーヴィスが魔法を発動し、エルヴィラが居た場所へと手を向ける。しかし、手を向けた瞬間、私とジークが発動した火炎放射が一瞬にしてかき消された。炎に包まれたはずの男が、無傷のまま私たちに不気味な笑みを送っている。
「いや流石だ。魔導の国とはよく言ったもんだ。餓鬼がここまでの芸当を披露してくれるとはな。アンチマジックアイテムを準備しといて正解だったぜ」
男の方をよく見ると、右腕にはめられた腕輪が光を放ち、男を囲んでいた。恐らくあれば男の言うアンチマジックアイテムというものだろう。私たちの魔法は荒れにかき消されたのだ。この様子だと、メーヴィスの重力魔法も併せてかき消されているのかもしれない。
「お前たち程度の威力じゃ俺に魔法を当てるのは不可能さ。諦めて帰んな。それかお前たち全員、その少女と一緒に連れて行ってやろうか。奴隷商に売れば金になるからな。人はいつでも金になる」
「くっ……」
男はそう言って私の方へと歩いてくる。ジーク、オズマンド、メーヴィスは絶えず魔法を発動させるが、男の持っているアンチマジックアイテムの効力によって全く意味をなさずに消えていく。私たちは捕まらないように後方へと後ずさる。このままでは何もできずにエルヴィラが連れていかれてしまう。怒りと悔しさでどうしようもない感情に支配される私は、ただ唇をかむことしか出来なかった。
「『フリジッド・フェンリル』」
その時、どこからか魔法を発動する声が聞こえた。刹那、私たちを追い詰めていた男が何か獣のような存在に襲われ、急激に凍結した。一瞬の出来事で何がを来たのか、理解が追い付く前に、その事象を引き起こした人物が私たちの前に現れる。その人物にいち早く反応したのは、ジークだった。
「お、オリヴィンさん……」
そこにいたのは、先ほどまで街頭演説をしていたエルヴィラの兄、オリヴィン・ストヤノフだった。