第9話 狙われた純潔
3階の建物の屋上に立つエルヴィラの兄は、見上げる通行人に向けて演説を続ける。
「この国は古代に活躍した、偉大な魔術師たちの一族が多く存在しています。それゆえに、伝統的なしきたりが多いです。その中でも、僕が疑問を提示したいことは、恋愛です。今までは限られた一族同士でしか男女のかかわりを許さずに発展してきました。確かに、決められた純潔同士で結婚し、より強い遺伝子を残そうとする考えは否定しません。ですが、そのような伝統は古代当時の環境に適応しようと生まれた流れなのです。正直、この伝統はもう現代には必要ないと、僕は考えているのです。我々ストヤノフ一族は、この問題にもいち早くから着目し、そして僕の父は、その伝統は初めて破りました。その結果、僕という存在が生まれました。自分で言うのはとても恥ずべきことだと理解していますが、中学部に在籍中に、あらゆる実績を認められ、国王殿下より直々に名誉勲章をいただきました。この勲章も血の偉大さではなく、両親の力あっての結果なのです。この結果から、特に僕は、もはや誰と恋をして、愛をはぐくみ、結婚していくのか、伝統という縛りだけで継続していくことに疑問を持っているのです。恋愛は自由であるべきだと、僕は強く主張します」
そう言い切った瞬間、大通りで足を止めて話を聞いていた通行人たちの数人から拍手が上がる。運決一族の伝統を尊重する世間体から考えると、伝統から外れる言葉に表立って賛同する姿が見れるだけでも相当な支持があるのだと、中学生の私でも理解できた。
エルヴィラの兄の演説姿をみて、小学部にあった時の静かで知的なイメージから打って変わり、今の彼は、その冷静の上に情熱が乗っているような、そんな力強い声で革新的内容を話していた。
静かに兄を見つめるエルヴィラに、オズマンドとメーヴィスは話しかける。
「流石はストヤノフ一族で暫定最強と言われる、オリヴィン・ストヤノフさんだね。実力のある人が言うとなんか説得力というか、賛同せざる負えない何かを感じるよ」
「あたしは伝統とかそういうの興味も理解もないけど、でもなんかエルヴィラの兄さんが言ってることはすごいって感じはめっちゃ分かるわ。自慢のお兄さんじゃんね」
「――うん、お兄様は、本当にすごいと思う。わたしなんか、到底追い付けないくらいにね」
エルヴィラは静かに言う。彼女は嬉しそうな、誇らしそうな笑顔を兄に向ける。しかし、その目は、あまり喜んではいない様子がある。エルヴィラが本当にうれしいときは、目を大きく開くが、今は逆に細めていた。
ジークが私の後ろから続ける。
「オリヴィン兄貴の存在が、今までの伝統を否定してるようなもんだよな。純潔同士の血なら強い魔術師が生まれるって言われていたけど、オリヴィン兄貴が中学部で多くの分野で結果残してるからな。戦闘もそうだし、勉強も、正義も、何もかもが完璧だ。多方面で結果出してるから、そりゃ国王様も頷くよな」
「も、もうみんな、お兄様のことをほめ過ぎ! ほら、もう行こ? こんな演説、私たちには関係ないんだし」
そう言ってエルヴィラは足早に歩き出した。その足取りは、早く遊びたいというわけでなく、一刻も早く兄の見える空間から離れたいような、そんな足取りに見えたのは考え過ぎだろうか。私たちは顔を見合い、苦笑いをしてエルヴィラの後を追うように歩き出す。
しかし、私たちが彼女に追いつくことはなかった。なぜなら、彼女の体は大きい図体をした男の腕に抱かれて消えたからだ。一瞬の出来事で私はすぐに反応出来なかった。
「皆さん、奴らを追いましょう!」
オズマンドの声に私はやっと状況を理解した。
エルヴィラは、誘拐されたのだと。