プロローグ
空は快晴。澄んだ青は果てのない旅を予感させる。私はいつものように箒に座り、自由気ままな旅を続けていた。下は平たんな道が続き、道も整備され、空から流れる風に草原は揺れる。
(今日のような心地よい日に限って、何かが起きるんだよね)
そんな風に何となく考えていると、地上から悲鳴が響いた。地上を見ると、学生服を着た5人の生徒が、同じく5人の長剣を持った男たち5人に追われていた。生徒たちは魔法で応戦しているが、扱い上がまだ慣れていないのか、発動される魔法はか弱く、男たちに届く前に離散し、届いても男たちにかき消されてしまっている。
(まあ見てしまった以上、無視するのは良くないよね)
私はそう思い、降下しながらスピードを速め、生徒たちを追う。彼女たちにはすぐに追いつき、逃げる彼女たちは私に気づいて驚いた。
「見るからに助けが必要な感じだよね」
「そ、そうです! お願い出来るのなら助けてください! あのバカな男が怒らせたせいで、私たちの命の危機なんです!」
「いや、発端はお前だろ班長! わざわざ首つっこまなきゃこんなことになってねえよ!」
「子供が泣いてるのに無視しろって? そんなこと出来るわけないでしょうに!」
「何だとこのやろう!」
「何よ!」
「えっと、じゃあ、助けるから、もう少し頑張って走っててね」
いろいろと気になるところはあったが、今は気にせず、追撃者たちを追い払うことに集中する。私はスピードを落とし、同時に風魔法を発動してシンプルな突風を巻き起こした。風に押された追撃者たちは足を止めて風に飛ばされないように踏ん張る。そうして、追撃者たちは止まり、私も止まって箒から降りた。ちらりと後ろを見ると、生徒たちも何故か止まって私の方を見ていた。
「よお姉ちゃんよ。痛い目に合いたくなかったら邪魔しない方が良いぜ」
「そうだぜ。俺たちはそこの餓鬼どもに用があんだよ。俺たちの仕事を邪魔した報いを受けてほしくてな」
「せっかく高値で売れそうな餓鬼が居たのに、逃がしやがって。俺たちだって金がなきゃ生きていけねえってのにな」
「もうちょっとマシな稼ぎ方の方が良いんじゃない? 人を売って返ってくるのは売られた恨みと汚い金だけなんだし」
「うるせえ! 楽に稼ぐには餓鬼をさらって売っ払うの手っ取り早いんだよ! あのガキどもも、裏市場じゃそれなりに金になるんだ。俺たちの邪魔をした報いは体で払ってもらうぜ!」
そういって、犯罪者たちは長剣を構えて突進してきた。私はふぅっと一息吐き、箒を構える。私は息を吸うように自然な感覚で魔力を操り、自身の天性属性を発動させる。すると、空の快晴は急激に悪化し、湿った風が強く吹いてくる。ゴロゴロと雷鳴もとどろき、数秒も経たずに空にはスーパーセルが形成された。それに合わせて気温もどんどんと低下していく。風に薄手のコートと三角帽子が揺れる。その刹那的な天候の変化に、犯罪者たちの脚は止まり、空を見上げて不安そうな顔をする。空という大いなる存在に恐れおののく犯罪者たちを私は気にせずに、大魔法を発動させる。
「空の雷槍、這い寄る闇を貫く光となり、その威光を指し示せ。『ランページピアース・ゼウス』」
祈るように魔力に話しかけ、大魔法を発動した。空から迸る雷光、放たれる複数の雷は三又の槍となり、一瞬にして犯罪者たちの手前に突き刺さった。激しい轟音と光がその場を支配し、次の瞬間には犯罪者たちは完全に腰を抜かして地面に尻を付けていた。まだ生きていることを自覚した犯罪者たちは、弱弱しい悲鳴を上げ、どたばたともがきながら、来た道を帰って行った。
「ふう……」
「す、すごい……」
「かっけえ……」
気づくと生徒たちはすぐそばまで近づいていた。そして、いつの間にか5人の生徒に囲まれて、質問攻めをされた。
「今の、今のは一体どんな魔法なんですか!」
「あなたっただの旅人じゃないでしょ! 絶対に騎士だった時あったでしょ!」
「俺にも教えてくれ! 頼む、強くなりたいんだ!」
覚えてるのはそのくらいで、後は生徒たちの気迫に押されて少し気が遠のいていた。再び気が付いたのは生徒たちの声が止んだ時だった。
「もう、みんなったら、お礼も言わずに失礼なんだから――あの、ありがとうございます、助けていただきまして。もうどうなることかと思いましたよ」
「あ、ああ。いや、うん、そんな大したことしてないよ。君たちが無事で良かった。君たちはこれから学校に戻るところだよね? 途中まで一緒に行くよ」
「それはとてもありがたいですね! でも私たちはまだ騎士養成学校には戻れないんです。今課外授業で、目的の物を探さないといけないんです」
「ふうん。騎士養成学校の生徒だったんだ。じゃあさっきの奴らも本当は追い払えたってことかな?」
「い、いえ、そこまでの実力は私たちにはないんです。まだ高校部の1年次なので。本当は追い払えれば良いんでしょうけど、まだ全然、武器も魔法も実践レベルでは扱えなくて」
「そっか。それじゃあ、騎士養成学校卒業生の私からアドバイス。そういうのは焦らずに在学中にやっていれば、いずれ実力はついてくるよ」
「は、はい! ありがとうございます。それでは、私たちはこれで失礼します。いつかちゃんと、お礼をさせてくださいね! なので、名前を聞かせてください!」
「私は、アルマリア。アルマリア・メラク」
最後に私は名前を告げ、満足した班長は生徒の皆を連れて歩いていった。彼女らの背中を見送り、私も箒に座って、今日の宿村に向かった。
夜も快晴。雲一つない空は優しい白藍の光をともし、村を照らす。森の中に隠れるように佇む村にたどり着き、湯浴びを終えて宿の屋上に腰掛ける。私が昼に発動した魔法の天候はすでに解け、元の快晴に戻っていた。
(騎士養成学校、ね。懐かしいな)
私は昼に出会った騎士養成学校の生徒たちに会い、自身の養成学校時代を思い出す。小学部から高学部までを駆け抜けた青空とは少し違う色の青春。あの時もあの時でとても忙しく、楽しく、辛いことが多かった。私は目をつむり、そして騎士養成学校の思い出の空に、私は意識を落して行った。