93話 必要以上にしゃべる奴は、だいたい悪い奴って相場が決まっているものですわ!
――そうか、わたくしがもう1回死んで、もどることができれば――。
ドレスのすそを持って、全速力で走る。
「フェイト、どこへ行くんだ!」
アラン殿下が言った。目のまえでマデリンが倒れ、婚約破棄すらされて、わけがわからなくなっている。
「殿下、女性が血相変えて走るとき、どこにいくべきか聞くべきではありませんよ。ぜひ、次に妃になられる方には気遣ってあげてくださいね!」
わたくしは殿下に笑いかけた。そして、血相を変えて、走る。
入り口ちかくに目的のものを見つけた。
「イタム! 出て!」
イタムはわたくしの胸元のすきまから出てきた。
「イタム、あと1回だけもどって、マデリンが毒を飲むのをやめさせたい」
「無理だ。フェイトの右目は魔力が切れて蒼くなっている。無駄死になってしまうよ」
イタムは当たり前のように、口を動かしてしゃべった。
警備の兵士が持つ剣を借りて、わたくしの首を切る。お母さまがやったように。
「そうだとしても、やります。すこしでも可能性があるのなら」
「フェイト……」
「フェイト、待て!」
幼い、子どもの声が会場に響いた。
振りかえると、床に転がっていたマデリンが車椅子にもどって横たわっていた。
不敵に笑って、首をだらしなく、てのひらに預けていた。
「すまぬな。ついつい、いたずら心が燃え上がってしまった。ははっ。じつに愉快。迫真の演技じゃったろう?」
マデリンは心底楽しそうに笑ったあと、首をこきこきとした。
演技と聞いた貴族たちは落ち着きをとりもどした。
わたくしは真顔になっていることに気がついて、うすら笑いを浮かべた。
「みなさま、アシュフォード家のワインは各お屋敷に直にお届けにあがります。申し訳ありませんが、パーティーはこれでお開きにさせていただきますね。すみやかにお帰りください。そうですよね、殿下?」
「あ、ああ。申し訳ありませんが、今日のパーティはこれで終わりです」
アラン殿下が貴族を帰してくれた。
わたくしはみなさまが帰るのをすこし待ってから、マデリンの車椅子に歩いていった。
「どういうことでしょう? マデリン。ワインになにか異物がはいっていませんでしたか」
「妾は無事じゃ。心配をかけてしまって申し訳なかった」
なんでもない顔をよそおった。
違和感しかない。嫌な予感はずっとわたくしの胸を叩いている。毒はどこへいった? 迫真の演技? 待って。過去ではわたくしと殿下は毒入りのワインを飲んだあとも平気だった。なぜ、マデリンはすぐに苦しんだの?
「おぬしの困惑する気持ちはわかる。こういう場合は、そもそもの前提から間違っていると考えるとよい。本題だ。妾はなんのために、フェイトに近づいたのかの」
不遜さを隠そうともしないマデリンをにらみつけた。
「わたくしはマデリンと一緒にいて楽しかったですよ。それは、自分勝手な人だと思ったこともありました。かと思えば、素晴らしい、はっとするような言葉を吐露することもあって。不遜でありながら、どこかに優しさを感じて。自分を貫く強さに惚れ惚れもしました。マデリンはいかがでしたか?」
「妾もじゃ。フェイトに甘え、フェイトの仲間とともに過ごした学園生活を一生忘れはせん。楽しい思い出しか、もはや思いだすことはできぬぞ。じゃが、トマトはいかん。妾はフェイトにトマトを食べさせられそうになったことをけっして、忘れはせんぞ」
天井のシャンデリアにむきながら、夢を見るように語るマデリン。
心臓が壊れるほどに高く、鳴った。わたくしが鎌をかけておきながら、マデリンはさも、未来を見てきたように話した。驚きを隠せない。
マデリンはイタムに顔を向け、邪悪な高笑いをした。
「エヴァ。惜しかったな。照覧の魔女をでっちあげ、新しい魔法を構築したところまでは素晴らしい。しかし、最後にとんだ愚策を打った。どうしてもフェイトを助けたかったのだろう。だから、妾に【黒闇の】城からの帰りの馬車で、照覧の魔法の正体を見せた。それは、妾にフェイトを助けるように、同じ魔法を構築させる為だな? すなわち、フェイトが飲むべき毒を妾に喰らわせようとした。エヴァ、いまのおまえは当代の照覧の魔女の死、絶望、秘密、悲しみのすべてを記憶する装置となった。ただ、装置となっておればよかったものを、感情を制御できなかった。むかしからおまえは優しかったからな。妾がおまえの姉で、フェイトが血縁関係にあるだけで、助けてもらえると望みをたくし、妾に絶対に秘匿すべき魔法を教えた。なあ、妾と別れて90年以上か? それとも、もっとか? 妾はむかしのままと思ったか? いったいどれだけの戦争があって、さまざまなことがあって、妾の尊厳が踏みにじられたかおまえにわかるか? すべてはフェイトを信じ切れなかった、そして、自分の感情を制御できなかったおまえがすべての崩壊をまねいた。だめじゃろうてエヴァ。アルトメイアの最強の魔女に、この魔法を与えては。もう、この世のすべての生命体のなかで、頂点にたってしまった。最強の魔法とは、独占によって最強たりえるのだから。なんて、愚かでかわいらしい、愛すべき妹であろうな」
マデリンがはじめて、目を見ひらく。その両目はまがまがしいほどに赤く、血でひたらせたようにどす黒い。ただし、目の焦点があっていない。目は見えず、照覧の魔女とおなじ、過去にもどるための装置のような役割なのだろうか。
イタムが首をへちょん、と折って、うなだれていた。
わたくしはそのからだをなでた。
「妾はエヴァに課した長きにわたる宿題をなんとしても回収したかった。その為にフェイトに近づいた。そして、100年以上ゴルゴーンに引きこもって接触できなかった茨の魔女が、アルトメイア側に寝返ったと聞いた時に、このシナリオを思いついた。妾が茨の魔女の毒を穢れとして、体内に取りこめば、その力をもって、エヴァの魔法を再現して自分のものとする。笑いが止まらぬ。もう妾は魔力だけ高い下等な魔女ですらない。そうだな。今日から魔王とでも名乗るとするか」
アラン殿下、わたくしとイタム、マデリンの召使い。遠くで片付けをする給仕ぐらいしか残っていない、だだっ広い会場で、マデリンの子どものような高い笑い声は、いやに響いた。




