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【完結】 悪役令嬢が死ぬまでにしたい10のこと  作者: 淡麗 マナ
最終章 最期にわたくしがしたいこと

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92話 婚約破棄のやりなおし

 急に、意識をとりもどすと、呼吸ができなかった。うずくまり、心臓をおさえた。

 右目が燃えるような熱と痛みを持っているが、どうなっているのか自分ではわからない。

「フェイト! どうしたんだ!」

 からだを抱きかかえられた。すこしずつ、呼吸ができるようになり、まわりの風景がぼんやりと見えるようになった。



 目の前には、アラン殿下がいた。

 心から、安心する。

 黒い光沢があるタキシードを着て、ドレスアップしていた。

 素敵だった。ため息がもれ、わたくしは、自分の背筋がすこしのびるのを感じた。




 ここはマルクール王城のパーティ会場だ。立食パーティがおこなわれている。

 わたくしがアラン殿下に婚約破棄をされる2週間前だ。



 呼吸もできるし、心臓も痛くはない。つまりは、毒を盛られる前にもどれたということ。

「やりましたわ。わたくし、もどってくることができたのです!」

「なにが、やった、なのだ? それより、どうした、フェイト、その目は!!」

 アラン殿下が蜂蜜色の目をほそめた。



「どうしました? ああ、もしかして、わたくしの右目が蒼くなっているのではありませんか」

「そうだ! どうしてだ? 痛みはないのか」

 アラン殿下がいやに優しくするので、すこし手で押した。


「なんだか今日はとてもなれなれしいですね。殿下、わたくしは大丈夫ですので」

 そっぽを向くと、アラン殿下はわたくしの手をとってくる。

「なれなれしくてすまないが、心配なんだ。目に異常はないのか?」

 高い鼻と、整ったお顔立ちにせまられ、頬の熱を隠すようにわたくしはさらに顔をそむけた。


 そうでした。婚約破棄前のアラン殿下は、優しく、わたくしを気遣ってくださる方でした。色々、ほんとうに色々なことが、その後にありましたものね。


「ええ。ご心配にはおよびません。とても、清涼にあふれた心持ちゆえに、蒼き瞳へと生まれかわりました。思春期にはよくある出来事のひとつにすぎません」

「そ、そういうものなのか。よかった。具合が悪そうだが、今日はもう帰るか? 無理にいる必要はないぞ」



 婚約破棄後、人が変わったように冷酷に見えたアラン殿下は、眉根をよせて、わたくしを心から心配してくださっている。それだけではなく、わたくしを守るためにご自分に辛い嘘がつける方。そんな、貴方だからこそ、わたくしは……。



 わたくしは。おなじように、貴方様を手放します。

 それがいちばん、殿下の為、ですよね。




 わたくしは着ているドレスをさぐる。そうだった。この頃のわたくしは、扇子を持ってはいなかった。


 手が震え、口が動くも、言葉をつむぐことができない。


 震えは全身につたわり、立っていられなくて、近くのテーブルに手をつく。


「全然大丈夫じゃないな。家まで送ろう」

 殿下が甲斐甲斐しく介抱してくださる。



 給仕が、殿下の近くのテーブルの横にワインのグラスを置いた。


「殿下に、お持ちしました」

 給仕が告げ、あたまを下げる。

 まがまがしい、嫌な予感がする。

 おそらく、これが毒入りワインだ。



「さ……さわらないで!!!!」

 殿下の手をはねのけた。パーティに参加している貴族のざわつきが止み、静かにこちらの様子をうかがっていた。


「ど……どうした、フェイト? 具合が悪いのだろう。さあ、帰るぞ」



 困惑する殿下を無視し、わたくしはパーティで浮かれたように軽薄な顔をつくりあげた。

「いえいえ。帰りません。わたくしはやるべきことがあって、ここに来たのです。ちょうどよい、みなさま!!!! お耳を拝借いたします! どうか、今後一切の会場にある飲み物は飲まないでください! 我がアシュフォード家のとれたてのワインを皆様に味わっていただきたいので、いま準備をしておりますので、しばしお待ちくださいませ。いいですか。絶対になにも飲まないでください」


 貴族から、お礼やアシュフォード家を称える見えすいた賞賛の声があがる。

 わたくしはわざとらしく、挨拶(カーテシー)をして、アラン殿下にむきなおる。





「アラン殿下、ワインは絶対に絶対に、飲まないでくださいね」

 わたくしはうすく笑って、アラン殿下に用意されたグラスをとった。



「具合が悪いのに、これ以上飲もうとするな。酒は強くはないだろう」

「あらっ。偉そうですね。じつに、偉そうです。このままでしたら、わたくしは殿下と結婚することになるでしょう。そんな決められた運命のようなものに、わたくしはただ、首を縦にふるだけで、はたして、よいのかどうか」

 歌うように、すらすらと言葉がでてきた。


 殿下は真顔になり、その場に立ち尽くした。

「なにがあった? フェイト。すまない。気にさわることがあったのなら謝る。どうか……」


「いやあ、わたくし、気がついてしまいました。それが、まだ、間にあってよかったです。わたくしは殿下のことを……殿下のことを……」

 さっきまでスムーズだったのに、肝心な場面で、言葉を奪われたように話せなくなった。


「フェイト、すまない。なにか誤解があったのかもしれない。どうか、今日は家に帰って落ちついて、また話そう。もちろん、全面的に悪いのは俺だろう」

 いつもの威厳はどこへやら。アラン殿下はうろたえ、顔じゅうに悲壮感を漂わせている。


 わたくしは、とても、殿下のお顔を直接みることができない。

 目をそらし、殿下の肩の位置を見ながら、できるだけ冷酷に、軽薄に見えるように死力を尽くした。




 わたくしの頬を熱いものがつたっていく。

 いく筋も、いく筋も、あごから垂れ、こぼれていく。


 それどころではない時に限って、わたくしの感情は、あふれ出していく。



「フェイト、なぜ、泣いている? ほんとうに、どうしたんだ?」


 悲痛な殿下の叫びをかき消すように、早口に言った。


「わたくしは、アラン殿下のことが嫌いになってしまいました。どうか、婚約を破棄してくださいますよう、お願い申しあげます」



 アラン殿下は悲鳴のような声を一瞬漏らし、信じられないように、わたくしの顔をのぞきこんだ。



 そんな顔をなさるのですね。みずからが毒に犯され、わたくしの為を思って婚約破棄を突きつける時はいかほどの思いだったのでしょう。いまのわたくしには殿下の気持ちが痛いほどわかるつもりです。




 ――しあわせになってね、アラン。




 涙を指でふいて、ワインを掲げ、にらみつけた。


「さあ、運命よ、乾杯といきましょうか! アナタの思いどおりにはさせない!!!!」



 深呼吸をして、グラスを一気にあおった――。




 はずだった。




 わたくしの手から、グラスが消えている!!!!





 えっっっっっっっ!?



 毒はどこへいった?



 これも、運命のなせる技で、まえに決定した運命どおり、アラン殿下にもわたくしにも毒を飲ませようとしているのか。





 ――そんなこと、わたくしが絶対に許さない。




 顔に影ができた。後ろにすごく背の高い殿方でも立っているのかと思った。




 振り返ると、見慣れた、巨大な車椅子が玉座のように鎮座していた。



「……貴方は?」



 聞いておきながら、マデリンだとわかった。白髪の巨漢の召使いとともにこれでもかと存在感を主張している。この立食パーティにいたのですね。前回は挨拶をしていないはずだから、知らないふりをしないと。



「初めまして。マデリン・シャルロワと申します。アラン殿下、それに、フェイト・アシュフォード公爵令嬢とお見受けいたします。ぜひ、一度ご挨拶をと思いまして」

 巨大な車椅子から立って会釈をすると、貴族たちが見上げ、呆気にとられている。



 中等生の低学年にしか見えないマデリンが、しっかりと敬語をしゃべるので違和感をおぼえる。いつもの不遜な話し方はどこへ? そうでした。マデリンも最初は無理して丁寧に話したり、話し方がぎくしゃくしていたのでした。懐かしい気持ちになる。ほかの貴族がわたくしと殿下の修羅場を戦々恐々と見ているなか、このタイミングで入ってくるとはさすがですね。



 挨拶を返そうとする時、巨大車椅子のひじ掛けにワイングラスがあることに気がついた。



「マデリン様はじめまして。フェイト・アシュフォードです。ところで、そのワイングラスは、どう、しました?」

 嫌な予感がして、置かれたワイングラスをとれるように、近くに移動した。


「初めまして。アシュフォード公爵令嬢。これはもともと、アラン殿下に渡されたワインですね。妾はワインに目がなくて、王族がどんな甘美な高級ワインを飲んでいるのか、興味がありまして――」


 そう言っている途中で、マデリンはグラスをとった。


「ちょっとととととととと!!!!!!! まったああああああああああああ!!!!!!!!!!!!」


 まさかのフライング? わたくしが一瞬遅れて、グラスのつかみ合いになった。


「……失礼ですが、意地汚いですよ。アシュフォード公爵令嬢。自宅にいくらでも高級ワインがあるでしょう。妾は、いま、このワインが飲みたくて飲みたくて、しょうがないのです。邪魔なさらないで」

 マデリンがわたくしの頬をグーの手でおしのける。

 わたくしはマデリンのグラスを持った手を何度もはたく。



「マデリン。……悪ふざけが……すぎます! そのワインはだめです。それよりも最上のものをいま、ご用意しています……。そのワインだけは飲まないでくださいね……絶対に」

「ほほう……。それほどにこのワインは良いものなのですね。これをあとでひとりでお楽しみになるつもりか。妾はどうしてもこのワインを飲まないといけない思い……いいえ、使命にかられております。どんな手を使ってでも、このワインを飲む!!!!!」



 マデリンに競り負け、マデリンは一気にワインをあおった。


「まあ!!!!! マデリン!!!!!! なんてこと!!!!!! 吐き出しなさい!!!!」


 わたくしは車椅子に飛びのった。車椅子が派手に前後にゆれた。

 マデリンののどに指を突っこもうとしたが、すごい力で押さえられる。


 ちいさなからだのどこにこんな力が!


 マデリンは得意げな視線をわたくしに送ったあと、口のはしを満足そうに舌でなぞった。


「なんて……ことでしょう……」

「ふーむ。アシュフォード公爵令嬢が大騒ぎするほどでもないか。思ったより、普通のワイン――」

 言い終わるまえに、もともと白い顔をまっ青にして、マデリンは苦しみだした。車椅子のうえを転げまわった。

「マデリン!!!!!」


 車椅子が派手に動いたあと、床に落ちて、したたかに倒れた。


「ぐうううううううううううううう、ああああああああああああ」

 獣のような咆哮をだして、マデリンが苦しみながら、床を転がった。

 悲鳴があがり、貴族達がおびえ、パーティー会場から数名が去っていった。



 どうして? 過去ではこのような展開ではなかった。


 まさか、過去が運命とやらによって改変されようとしているの? わたくしが変えようとする反動として?


 マデリンをも犠牲にしようとしているのですか。



 ――絶対に、絶対に、そんなの、わたくしが許しません!



 ――そうか、わたくしがもう1回死んで、もどることができれば――。

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