83話 あの時の男!
金糸の刺繍をあしらった白い軍服にマントを羽織って、優雅に階段を下りてきた。
蜂蜜色の瞳には怒りや困惑を感じ取ることができた。
堂々と闊歩する。その威厳ある佇まいを見つめた。
薄暗い墓地の地下であっても、そのプラチナブロンドはまばゆく輝いていた。
「アラン第1王子である! 剣を捨てよ!!!!!」
手を伸ばし、敵兵を威圧した。
しかし、武器を捨てず、戦闘のかまえを解かない。
「この方たちはおそらくプラッド殿下に操られています」
わたくしが伝えると、殿下はうなずいた。
「つくづく俺は、決まらない男だな」
自虐っぽく笑い、剣を抜いた。
敵は兵士、魔術師含め、20人ぐらいいる。
「アシュフォード嬢、よくやってくれた。茨の魔女は我々で押さえる。いますぐ引き返して、助けを呼んでくれ。我々だけでは心許ない」
「ブラッド殿下はどうなります?」
「とらえたいが、できない場合はしょうがないだろう。さあ、はやく!」
やはり、そうなりますね。
「わたくしも様々な方から剣術を学んでおります。もはや、戦力の要と言っても差し支えないかと! お供致します」
わたくしは胸に手を当てて、必死にアピールした。
アラン殿下は大げさにため息をついた。優しい目で、さとすように言った。
「気持ちは嬉しいが頼む、助けを呼びに行ってくれ。俺たちの為に」
「そうですか。残念です」
わたくしはうなずき、ゆっくりと階段に向かって歩く。
「ああっ! えええ!!! あれはなんでしょう!!!!」
わたくしは階段の上を指さした。
「どうした? 敵か?」
「なんじゃ、騒がしいの」
敵、味方含め、みんなが一様に見上げる。
わたくしはその隙をついて、敵の兵士を突っ切り、ブラッド殿下が入っていった扉を開いた。
「とてつもなくどうしようもなく、しごかれたわたくしはもはや、誰よりもはやい足を手に入れました! ブラッド殿下と話し合って解決してまいりますので、ご安心ください!!」
「無茶苦茶がすぎるぞ!! 待つんだ! アシュフォード嬢!!」
「待ちません! 待っていても、運命に押しつぶされるだけ! ならば、自らつかまえに行くまでです!」
扉を閉めた。
なかは人が3人ぐらい通れる幅の広い1本道だった。
全力で走ったせいか、心臓が痛む。胸を押さえ、壁に手をついて歩く。
脂汗が背中を伝う。
ブラッド殿下と話すまでからだが保てばよい。からだがもとに戻る確証などなかったが、自分に言い聞かせた。
奥の方に人影が見える。
「ブラッド殿下……」
わたくしはつぶやく。
しかし、ブラッド殿下ではない。
尾行していた顔に傷のある男だった。
わたくしの赤い右目が熱を持つ。
「つっっっっっっ」
痛みで、声が出る。
男はフードを脱ぎ捨てた。胸に金属の鎧を着ていた。
わたくしは男の顔を見た。
――この男だ。
わたくしが【死ぬまでにしたい10のこと】を決めようとしていたとき、右目にうつる映像のようなものを見た。
――この男に刺された。間違いない。
本当にわたくしの目の前にあらわれた。
わたくしはとっさにあたまを切り替えた。
壁から手をはなし、耳をすませた。
金属音や爆発音がする。アラン殿下たちが戦ってくださっている。
「イタム! 出なさい! 早く」
床に下りたイタムは不満げな表情をわたくしに向けて、端に逃げた。
「居心地が悪かったでしょう。ごめんね」
男は鍵をわざとらしく見せて、首にぶらさげた。
奥の扉に鍵穴があった。
鍵を奪わないと、さきにはすすめないということですね。
わたくしはゆっくりと後ずさりする。通路の奥行はそんなにない。すぐに、入ってきた扉に行き当たる。
急に、男に刺される恐怖が全身に回った。
手足の震えが、とまらない。
男が見下した。
筋肉質で、ジェイコブほどではないが、背も高い。
わたくしを威圧し、剣を抜いた。
後ずさるわたくしに、容赦なく距離を詰める。
「は,話し合えませんか? わたくし、争いごととは無縁の生活をおくってまいりました。武力で屈伏させるのも、男性的にはよいかもしれませんが、わたくしは女。とても、貴方のような屈強な男性に戦って勝てるとは思えません。是非、お慈悲をください」
あたまを下げてみたが、男の目はうつろで、わたくしを見ているのか、その奥を見ているのかわからない。
「いや……怖い! こんなところで死にたくない! どなたか助けてください!!」
誰も助けには来てくれない。
わたくしの叫びはむなしく響いた。
急に間合いを詰めてくる男に心臓がどきり、とした。
剣の先がするどく光る。
わたくしのドレスに穴があき、脇腹を突き抜けるような衝撃が襲ってきた。
「ぐうっ……」
わたくしは体勢を崩し、四つん這いになった。
脂汗が床に落ちた。男をにらみつける。
男はニヤリと笑った。
「いま、油断、しましたわね?」
わたくしは前転して、男のふところに飛びこんだ。
首の下をつかみ、肘のそでを下に思いっきりひっぱった。
体重を乗せると同時に、相手の足を蹴り上げて投げ飛ばした。
ドゴッと鈍い音がした。
男は気を失い、動かなくなった。
「……ジョージ護身術で習っていたのは、剣だけではありません。やはり、照覧の魔女の魔法の正体は、予知……でしたのね。おかげで助かりました」
脇腹を触って、ドレスの下に仕込んだチェイン・メイルの様子を見た。鍛冶屋のスミスさんから紹介してもらった武器屋で買っておいた。一部破損しているようだ。打撲ぐらいしているかもしれないが、大きな痛みはない。
予知の結果自体は変えられないようだ。つまり、刺さるという結果が見えたのなら、それは変えられない。なんとなくだが、直感がそう教えてくれた。
「イタム、行きますよ。ジョージにはここまでしごきます? ってぐらいに散々やられましたが、おかげでなんとかなりました。後でお礼にいきませんと」
わたくしはジョージ護身術での教え、汗、そして、わたくしをしごきすぎる師範への恨みを思い出した。
『おまえが戦う相手だと想定しているのは、自分よりデカくて、強い奴なんだろう。だったら、おまえの武器であるダンスの足の強さや体幹を使って、投げ技でもなんでもいい。とにかく油断させて、一気に決めろ。よし、あと、500回投げ技の練習をするぞ!』
『なんですってぇぇぇぇぇぇ!? あと、500回って冗談ですわよね!?』
『やるんだ! その先に、世界が、おまえを待っている。つかむんだ!! 世界を!!!!!』
あの時は本当に恨みましたけれど、まさか、感謝できる日がくるとは。あの辛い日々も無駄ではなかったのですね。
イタムを手に乗せて、奥に行こうとすると、男がうめきながら立ち上がり、わたくしの行く手を塞いだ。
わたくしはイタムを床に置いて、ドレスに仕込んでいた剣を抜いた。
「貴方がわたくしの邪魔をする運命ならば、乗り越えていく! さあ、来なさい!!!!」
わたくしはドレスの裾を剣で切り裂いた。これですこしは動きやすくなるだろう。




