82話 君と僕がいれば、それが世界だ
王城の道場でブラッド殿下に、お母さまは毒を盛られたという話を聞いた。
わたくしはその足で、王妃さまとアラン殿下に面会を求めた。
王妃さまとアラン殿下は急なお願いにも嫌な顔をせずに時間を作ってくださった。
王妃さまとは久しぶりに対面したが、豊かなプラチナブロンドの髪とふっくらとした唇は健在で、年齢を感じさせない華やかさをまとっていた。
「この度はお約束もなく、謁見賜ることができ恐悦至極に存じます。また、手土産ひとつも持参せず、申し訳ありません」
「久しぶりね。手土産なんていらないわ。私は誰からも、どんな贈り物でも受け取らない主義なの。それはそうとして――」
違和感を覚えた。贈り物を受け取らない? わたくしは王妃さまの誕生日やイベントごとに度々贈り物をしていた。喜んで受け取ってくれていたように思ったが。
顔に出さないようにしていると、王妃さまがなんと、わたくしの前で床に手をついて、あたまを下げようとしている。
「えっ? どうなさったのですか? おやめください!」
「いいえ。謝らせて! 同じ女として、気持ちは痛いほどわかります。バカ息子が婚約破棄をしてしまって、本当に申し訳なかったわ」
また、マルクール名物の土下座ですか。辟易しながら、王妃さまの土下座をやめさせた。
王妃さまはアラン殿下のあたまをむんずとつかみ、地面にトマトをぶちまけるように叩きつけた。
「ああ……。殿下には何度も土下座をしてもらっておりまして。もう十分、間に合っております。それよりも、いまは急ぎお話ししたいことがあります!」
応接室の豪華な椅子に座り直し、単刀直入に聞いた。
「ブラッド殿下のお母さまがお二人に毒を盛られ、結果亡くなったという話を伺いました。失礼ですが、それはほんとうなのでしょうか。なんでも、お母さまが亡くなった後、おふたりが毒を盛ったと、笑って話していたのを耳にしたそうです」
ふたりは驚愕し、顔を見合わせた。
「まさか、ブラッドに聞かれていたなんて、ね」
王妃さまがつぶやくように言った。
◇◇◇◇
ジェイコブはわたくしの顔を弾かれたように見た。
「なにを言っている? ブラッド殿下が茨の魔女のわけはないだろう。あの方は魔法が使えない。だからこそ、剣聖まで登りつめた方だ。そもそも、ずっとマルクールで育ったではないか。茨の魔女はもともとゴルゴーン王国にいたのだろう?」
「推測ですが、ブラッド殿下のお母さまはゴルゴーン王国から逃げてきた、茨の魔女だったのです。殿下はうまれた時、ほんとうに魔力がなかった。しかし、お母さまが亡くなられた時、魔女の力が継承された。違いますか?」
わたくしは離れたブラッド殿下にも聞こえるように声を張った。
「そのとおりだよ。フェイト。いつから僕が茨の魔女だと気がついていたのかな」
ブラッド殿下は、別人のような無表情で、わたくしをただ、見ていた。
「最近、自己嫌悪におちいってしまうほどの酷い嘘をついておりましてね。それに真っ向から否定したのが、殿下だったのですよ。わたくしはその瞬間、心臓が止まるかと思いました。完全に嘘だと見抜けるのは、茨の魔女しかいないのです」
ジェイコブとマデリンを見ないようにして言った。
「そうか。僕はこうなる前に君に提案をした。残念ながら、こういう結末になってしまったのは、僕の魅力不足だね。あとは力尽くでフェイトを連れ去るしかないわけだ」
「話し合うことはできませんか? まだ、間に合います。殿下がなぜ、わたくしにこのようなことをしたのか、わかっておりません。互いに誤解があるのなら、それを解きたい」
笑い声は徐々におおきくなって、反響した。
「まわりくどい。さっきから、フェイトは核心的なことはなにも喋らない。ジェイコブとマデリン嬢に知られるわけにはいかないものね。ずっと誰にも言わずにひとりで抱えてきたんだろう。辛かったね。ほんとうに――」
「だまりなさい! いますぐに!!!」
わたくしは大声でさえぎった。ジェイコブが困惑した顔を向けてきたが、見ないことにする。
「もう時間がないんだよ。誰にでも優しいフェイトはさ、特になんの感情ももたない人からしたら、好ましく見えるんだろうね。僕は違う。憎いんだよ。僕以外に優しくし、気遣うフェイトなんてみたくはない。ずっと僕の物でいないと、だめじゃないか」
「いえいえ。いえいえいえいえ」
わたくしは首を何度も、何度もふった。
「わたくしは、照覧の魔女、フェイト・アシュフォードです。重荷で仕方なかったこの名も、いまはからだになじみました。貴方を止めて見せます!」
「それでこそ、みんなの味方、フェイトだ。それでは、君が壊れてしまう。あまりにも重圧だ。そんなものは僕がすべて壊してあげよう。君と僕がいれば、それが世界だ」
ブラッド殿下は腕を伸ばした。
殿下の近くにいて、微動だにしなかった、兵や魔術師が動き出す。
「フェイトをとらえて、僕のもとへ連れてこい」
そう言って、ブラッド殿下は奥の扉を開いて、出ていった。
「この狭い場所で戦いたくない。下で迎え撃とう」
ジェイコブが急ぎ皆をつれて、螺旋階段を駆けおりる。
下の広場で兵士と魔術師が立ちはだかった。
ふらふらとして、目が据わっている。
「待て!!!」
上から声が聞こえる。
「まずいぞ。最悪の状況での挟撃だ」
ジェイコブがうめき声をあげて、剣を構えた。
「マデリン、頼りにしていますよ」
わたくしが揺すると、その動きに逆らわず、ぐらんぐらん、とした。
嫌な予感がして、さらに揺する。
階段を降りてくる足音がせまる。
念の為、いつもより多めに揺すっておいた。
「どうしましょう……。こんな状態でも寝るなんて……ちょっと、ちょっと!! 起きてください!!! マデリンーーーーーーー!!! きんきゅーーーーーーー!!! じたい!!!!! ですよーーーーー!!!!」
首をかくかくとして、一向に起きないマデリン。ここでもいつものマイペースが維持されても困ります!!!!
足音はどんどん近づいてきて、螺旋階段の見える場所にとうとう、靴が見えた。
「くるぞ、アシュフォード嬢」
階段から降りてくる人影にジェイコブは剣を向けた。




