81話 茨の魔女の正体
墓石の階段を降りると、真っ暗でなにも見えない。
カビのようないやな匂いが鼻についた。
ジェイコブが先にランタンに火を灯しておいてくれた。ぽわっ、と明かりが広がり、すこし安心した。
天井はそれなりに高い。人が3人歩けるぐらいの幅がある。数日、数ヶ月の突貫で作れるような通路ではない。
足下や壁を注意深く照らしながら進む。蜘蛛の巣や、虫が異様にいない。
「ここは、どういう目的で作られたのでしょう。茨の魔女が作ったにしては、手が込みすぎていませんか」
「ここは城の近くなのだろう? だったら、ここは、王族が逃げる為に作られた脱出用の隠し通路だと思うぞ。いかがかな? 騎士殿」
マデリンがうつら、うつらとしながら言った。
「たしかに。聞いたことがあります。脱出用の秘密通路がどこかにあると」
まっすぐにのびた道を進む。先に入っていった男の気配はすでにない。急がないと、逃げられてしまうかもしれない。
しばらく歩くと、道が3つに分かれた。ただ、同じように見える通路がのびているだけだ。
「こっちだ。妾に続け」
マデリンは小声で言って、左側の通路を指さした。
「魔力を感じるのですか!」
返答はなかった。緊張しているか、はたまた、敵が近く、しゃべりたくないのか。
違う! わたくしはなにもわかってはいない。いつ、いかなる時も、マデリンは、寝る! それが、マデリン!!
足下になにかの気配を感じた。
「ひぃっ!」
思わず声が出てしまう。ジェイコブが明かりを照らすと、ちいさなネズミが逃げるようにわたくしたちを走りぬけていった。
「すみません。声を出してしまって」
「いや。敵には我々が来ていることはわかっている。いまさら声を出したところでそんなに状況は変わらんだろう」
しばらく進んだところで、後ろから、なにかを引きずる、重い音が聞こえた。
「まずいな。俺たちを尾行してきたやつが墓石から入ってきたのかもしれない」
「はさみうちってことでしょうか」
「かまわぬ。敵は茨の魔女のみ。どうせ妾たちは誘い込まれておる。ならば、進むのみ」
勇ましく言ったマデリンを見つめるも、すぐに首ががくん、と下がった。
わたくしとジェイコブは互いにため息をつく。マデリンの召使いは終始仏頂面だ。
「大丈夫でしょうか……。頼りにしていますよ。マデリン」
後ろから迫ってくる気配は気になるが、前に進む。
急に明るい場所に出た。目が慣れるまでまぶしかった。ジェイコブがランタンの火を消した。
右手の壁が低くなって、腰よりすこし高いぐらいだった。そこから下に大きな広場がすこしだけ見える。なにかを煮ているような鼻につくにおい、人の気配がした。
嫌な予感は最高潮に達する。
前にも、同じような体験したような、不思議な気持ち。それでいて、とても嫌な感じ、だ。
マデリンが、口もとに指をたてて、声を出さないように合図した。
そのまま、まっすぐに歩いていけば、下の広場から、わたくしたちは見えてしまうだろう。
腰を屈め、背の低い壁に腹をつけて、下の様子をちらりとのぞき込む。
たくさんのろうそくに火が灯されている。そこには、10数人の武装した兵士と、魔術師の格好をした人が見える。
中央に、白いローブを着た人がいる。背が高いのでおそらく男性だ。男は大げさすぎるほど大きな鍋に火をくべて、かきまわしていた。緑色の薄気味悪い色だ。
わたくしの手は震えて、悪寒が止まらない。
それを感じ取ったのか、マデリンが手をにぎって、耳元で言った。
「もうしばらく我慢できるか。そうすればなにもかもわかるだろう」
かろうじて、うなずき、下の広場の様子を見つづけた。
白いローブの男がまがまがしい力を発露する。
それを、巨大な鍋に入れた。
鍋は悲鳴をあげるように、吹き出した。
「いま中央にいる奴が、茨の魔女だ」
マデリンは、言った。
わたくしの心臓はうるさくなって、苦しかった。
からだを壁に預け、首を振り、目を閉じた。
何度も、首を振った。
見なかったことにしたい。
叫びだして、すべて無かったことにしたい。
ジェイコブが心配そうにわたくしを見つめていた。
わたくしは、それによって、勇気をふるいだした。
呼吸を整えてから、もう一度、下の様子をうかがう。
わたくしは寒気がして、すぐにしゃがみこんだ。
白いローブの男がこちらを見ていた。
笑い声がする。
わたくしが、いつも聞いていた、笑い声。
間違いない。信じたくないと思っていても、現実としてそれはわたくしに選択をせまってきた。
「フェイト、待っていたよ。さあ、こっちにおいで」
白いローブの男が言った。
わたくしはゆっくりと立ち上がった。白いフードの男と視線があった。
震える手をにぎって、言った。
「ずいぶんと時間がかかってしまって申し訳ありません。ブラッド殿下。貴方が茨の魔女だったのですね」
白いフードをとった顔は間違いなく、ブラッド殿下だった。
その表情にはどんな感情も浮かんでいないように見えた。




