69話 いつかした良いことが、思わぬ形で還ってくることがある。
マルクールで薬草を扱っている店は城下町で1店舗しかない。
店に入ると、むっとするにおいがした。
店員が巨大な寸胴なべに薬草を混ぜて、かき回している。濃い緑色の液体が煮えていた。
「すみません。この薬草は、こちらのお店の商品でしょうか」
わたくしがたずねると、年かさの店員はわたくしを一瞥する。
「見せてもらえますでしょうか」
店員はおじきをして、犬が食んで、ちぎれた薬草を触った。
「はい。これは当店で販売していたネコイガ草だと思います。根元にすこし赤みがあるのが上物の証なのです」
「この薬草はどのような効果があるのでしょうか」
「そうですね。人体への毒を中和したり、血行促進、それと魔法を増強する効果もあります」
どうやらマデリンが言ったとおり、当たりのようですね。
「この薬草を購入された方に心当たりはありますか?」
わたくしはなんでもない様に聞いた。
「その……。薬草というのは、個人のデリケートなこともわかってしまいます。ですので、べらべらとお客様のことをお話しするわけにもいかないのです」
店員は申し訳なさそうに、あたまを下げた。
「それは……配慮が足らず申し訳ありませんでした」
がっかりした様子が顔に出てしまっていたのか、店員があわてた。
「あの……。失礼ですが、アシュフォード家のご令嬢様でいらっしゃいますね。よければなぜ、薬草の購入者を探しているのか、訳を聞かせていただけませんか」
わたくしは事情を話した。
「そうですか……。薬草の購入主をたどれば、敵対する魔女に行き着くかも知れない、と。このままではマルクールも危ないのですね」
店員は頬に手をあて、考え込んだ。
「すこしでも情報を教えてはいただけないでしょうか」
わたくしはあたまを下げた。
「あたまを上げてください。お礼をするのはこちらの方です。孫の命を救ってくださってありがとうございました」
「えっ?」
店員は不器用に笑った。
「孫は貧民街で死にかけていました。薬はとても高くて、私たちの稼ぎでは到底手が届かなかった。真綿で首を絞められているようでした。金策しても、断られ、嘆願書はいつになったら受理されるのか、無視されているのかもわからない、そんな日々でした」
「そういうことでしたか。それは、お辛かったですね」
「いつかした良いことが、思わぬ形で還ってくることがある。私もそんな思いで店をやってきました。貴方様には感謝してもしきれません。ありがとうございます」
店員にあたまを下げられ、恐縮してしまう。
店員は決意したように、わたくしの目を見つめた。
「実は薬草は1人の方がすべてお買い上げになりました。顔を隠しておいででしたが、頬に切り傷がある男性です。次も買いにくると思います」
男性……か。別に茨の魔女が直接買いにくる必要などないか。従者か、魔法で人を操って、買いにこさせたパターンも考えられる。
「教えて頂いてありがとうございます。次の薬草の入荷日はいつでしょうか」
「それが未定となっています。こつこつと自分の足や商店から仕入れていた薬草をすべて購入されたものですから。しばらく店を閉めて、集めにいこうかと思っていたところなのです」
店員は申し訳なさそうに言った。
「いいえ。重要な情報をありがとうございます。ひとつ薬草の仕入れさきに心当たりがあるので、また寄らせていただきます。あと、お孫さん、間に合ってよかったです。1つ、自分のやったことに対して、自信が持てました」
店を出た。
日は落ち、町の明かりを頼りに歩く。
お孫さんは間に合ってよかった。
嫌でも考えてしまう。自分の残り時間のすくなさを。あと二ヶ月もない。
だが、焦りは禁物だ。茨の魔女まであとすこしのはず。
わたくしはもう一軒、近くにある鍛冶屋へと入った。
顔が熱い。灼熱の窯がカウンターの近くにあった。
いかにも頑固そうな中年の職人と目があった。
「……なにか用ですかい」
いかにもな令嬢のドレスを着ていたからか、胡散臭そうにわたくしをジロジロと見た。
「実は……失礼なお願いに当たると思うのですが、聞くだけ聞いてはいただけませんか」
手をあわせ、びくびくしながら、言った。怒られるとすっごく、怖そうだった。
職人は驚いたように目を見張った。
「驚いたな……俺ぁ……貴族のご令嬢様に、こんな丁寧な口調で聞かれたことなんざねぇよ。そもそも、ご令嬢はこんなむさっ苦しいところにはこねぇわなぁ。ちなみに腕はたしかだぜ。王城にも物をおろしている。どんなものでも作れるし、鍛えるし、修理だっておまかせさぁ」
職人は険しい顔を破顔させて、自慢の剣や、盾などを見せてくれた。たしかに、素晴らしい品々だった。
「素晴らしい腕です。こちらの商品が買える武器屋を教えてください。それと、わたくしがお願いするのは、まさに、逆のこと。職業としての叛逆。許されざることだと思います」
歯を食いしばり、決死の覚悟で願いを告げた。
職人の破顔した笑顔が、一瞬で岩となった。いや、岩ではない、皺だ。皺が顔の中央によって、憤怒の表情となった。
「なにを馬鹿なことを!!!! そんなふざけたことを、この俺に、やらせんのか!!!! よりによって鍛冶屋に? 気はたしかか!」
職人はカウンターで見せてくれた剣をとって、わたくしに向けた。切っ先が首をかすめそうです……。
「ひぃぃぃぃぃぃ。すみません。すみません。これには深いわけがあるのです。理由を聞いてください」
理由を話すと、職人は剣をカウンターに置いた。
「あんた、アシュフォード家のご令嬢だろう」
「ご存じでしたか」
職人は目を閉じた。
「俺はスミスってんだ。マルクールであんたを知らない奴なんかいねぇよ。高くてなかなか買うことはできねぇが、アシュフォード家のワインは最高だ。あれは、職人にしか作れないものだ。その娘が、失礼を承知で俺にわざわざ家臣をつかわず、直接お願いしにくる。それはマルクールを救う為ときた」
「そうなのです」
職人は険しい顔をすこしだけゆるめて、ちょっと笑った。
「わかったよ。やったことはないが、完璧な仕事をしてやる。それでいいな」
「無理なお願いを聞き入れてくださり、誠にありがとうございます。スミスさん」
あたまを下げた。
「よせやぃ。照れるぜ。それと、武器屋はここを出て、左にまっすぐ10軒目だ」
お礼を言って店を後にした。




