61話 すれちがい 行き違い かけ違い
ジョシュア殿下のお付きの騎士が彼を抱え、立たせた。まだ笑っていて、足ががくがくとしていた。
細身のスーツに豪華な金ボタンが庭の照明に当たって、光る。金の刺繍も施してあり、上品な出で立ちだ。
ジョシュア殿下はしわくちゃになった顔から、眉間に強く力を入れ、一瞬で真面目な表情をつくった。
「文化祭の時はアシュフォード嬢のことを考えもせず、強引に迫ってしまい申し訳ありませんでした。まずは私とデートしてお互いのことを知り、よかったら、結婚の話を進めるということでいかがでしょうか」
アラン殿下がちょっと――と言いかけてやめた。ジョシュア殿下が思っているよりまともなことを言ってきたから、止めるのをやめたということでしょうか。
「フェイトさん。僕を忘れてもらったら困るよ。僕も手順を間違えていた。すまない。婚約する前に、僕を知ってもらわないといけないね。幼い頃から一緒だったから、あせってしまったよ。必ず僕を選ばせてみせるよ」
ブラッド殿下が言った。白いスーツがよく似合っています。学校の制服というイメージが強いからか、ギャップにやられそうです。
「僕だけ場違いもはなはだしい! だけど、姉さんを思う気持ちだけはだれにも負ける気はしない! 僕には姉さんがいないとダメなんだ!」
まぁ……。シリルの強い思いはもちろん伝わります。わたくしは赤くなった頬をごまかすように扇子を広げる。
「す……すまない……俺とは会いたくないとは思うが、お邪魔しています」
アラン殿下が申し訳なさそうに言った。
会釈だけ返した。
わたくしに妙案がうかんだ。
「わざわざご足労いただき、誠にありがとうございます。皆様がおっしゃるとおり、わたくしのことも知っていただかないといけません。ともに長い期間を添いとげるのですから、互いの相性をデートとやらで、判断いただけませんか。また、わたくしは茨の魔女を探しています。わたくしと会わせてください。その後、お互いによければ、茨の魔女を探してくださった方と前向きにお話しを進めたく思います」
わたくしはさりげなく、ジョシュア殿下の反応を見るが、無表情だ。ただ、笑い上戸なだけで、食えない方の可能性が高いですね。
「アシュフォード嬢!」
アラン殿下が咎める。
アラン殿下は魔女関連の事情を知っていると判断した。
わたくしは首を振った。
「ジョシュア殿下ならおそらく事情をご存じでしょうし、皆様にも手伝っていただけたら助かります。なにせ、相手は魔女。わたくし1人では簡単に出し抜かれてしまうでしょう」
「唐突だなぁ。なぜ、フェイトさんは茨の魔女と会いたいんだ? ゴルゴーンにいる魔女だったよね? たしか」
ブラッド殿下が首をかしげて、言った。
「いいえ。茨の魔女はマルクールにいる可能性が高いです!」
ジョシュア殿下を見るが、やはり、無表情だった。
ブラッド殿下は素直に驚いている。
「姉さん、なんで茨の魔女はマルクールにいるの? もしかして、姉さんが危ないってこと?」
「ええ。命を狙われております。皆様のお力添えをお願いしたいです」
あたまを下げる。息巻いていた男性陣は、神妙な面持ちになった。
そんな雰囲気のなか、皆様とデートの約束を交わす。それぞれ、帰っていった。
「大変なことになったね。でも、大丈夫! 姉さんは僕が守るよ。ジェイコブに剣を教えてもらっているんだ」
シリルが素振りをして、甘い表情で笑った。
「頼りにしていますよ」
「アシュフォード嬢、ちょっといいか?」
「わあっっ!」
家に入ろうと思っていたら、急にアラン殿下に声をかけられた。シリルがわたくしをかばう。
「いまさら姉さんにつきまとうのは辞めていただけませんか。さきほどはジョシュア殿下を止める為にいらっしゃったとおっしゃっていたので、見逃しましたが、姉さんは貴方に婚約破棄され……。お願いですから、放っておいていただけないでしょうか」
「よいのです。シリル。殿下と話をさせてください」
「だけど――」
「お願い、シリル!」
シリルは渋々と家に入っていく。
「すまない。俺と話すのも嫌だろうが――」
「魔女の話、ですね。要件だけ手短にお願いします」
わたくしはぴしゃりと言った。殿下がうなずく。
「茨の魔女の件、どこまで知っている?」
わたくしはロレーヌ様から聞いた内容を話した。
「わたくしは茨の魔女を探しだし、マルクールに来た目的を聞かねばなりません。国を守る魔女としての責務です」
「こんなことを言えた義理ではないが、茨の魔女の件は俺に任せてくれないか。危険すぎる」
いまの殿下は、わたくしを見守ってくださっていた、むかしの優しい顔にもどられている。
「なぜ、殿下はバルクシュタインと婚約破棄をされたのですか。また、文化祭で助けてくださったのでしょうか」
殿下への違和感は最初からあった。なぜ、急に婚約を破棄されたのか。バルクシュタインと接するうちに、彼女に惹かれたのだろうと自分を納得させた。しかし、殿下とバルクシュタインとの関係に常に? があたまに浮かぶ。なぜか、わたくしを命がけで助けた。そうして、バルクシュタインとの婚約破棄。バルクシュタインに理由を聞いても、はぐらかされてしまうし。もしかして、なにか訳があったのではないか、と思ってしまう。
殿下は困ったように口をぱくぱくとさせ、うつむいた。そして、顔を上げる。わたくしを侮蔑するように口角を上げた。
「利用価値があるおまえに死んでもらっては困るからな。照覧の魔女であるアシュフォード嬢を、この国の為に守っただけだ。バルクシュタインも最初はいい女だと思ったが、じゃじゃ馬が過ぎたので捨てた。女など、いくらでも見繕える。また、プラチナブロンドの女を――」
庭に乾いた音が響いた。
わたくしは殿下を思いっきり、引っぱたいた。
「これは、わたくしと全女性の分でございます。謹んでお受け取りくださいませ。あともうひとつ!」
ぱんっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっ!!!
「これは、バルクシュタインの分!! 友達を、悪く言うのはやめてください!!!」
「いくらでも殴ってくれて構わない! ただ、茨の魔女は俺に任せてくれ! 頼む!!」
殿下があたまを下げた。
殿下をにらみつけた。
「わたくしを生かし、国益とするためでしょう。大丈夫。わたくしに危険などありません。茨の魔女を見つけ次第、頬を張って、マルクールから出て行くように怒鳴りつけて差し上げます。殿下と同じようにね。さあ、用が済んだら、出ていってくださいな」
「なぜ、危険がないと言い切れる? まさか、すでに茨の魔女になにかされたわけではあるまいな?」
「ジェイコブ!! 殿下がお帰りです。馬車まで送って差し上げて!!」
「待て! アシュフォード嬢。話は終わっていないぞ」
ジェイコブが申し訳なさそうに、馬車まで引っぱっていった。
わたくしは家の扉を閉めて、しばらくドアを背に立っていた。
入り口にだれもいないことを確認した。
とめどなく、涙があふれた。うずくまり、しばらくそのままでいた。
イタムが出てきて、涙をなめとってくれる。
「ごめんね……。イタム……」
胸の痙攣がおさまるまで待った。
頬に力を込めて。
口角をぐぃっと上げた。
イタムに笑いかける。イタムはうなずくように、首をさげた。
「わたくし、笑えている? うん、行きましょうか」
「ただいま、帰りました」
わたくしは大きな声で言った。




