50話 リリー・バルクシュタインの回想 アラン殿下との密約②
「実は、アシュフォード嬢……照覧の魔女を、隣国のアルトメイア帝国、第二皇子ジョシュア殿下の妃として、迎えたいという旨の書簡を受け取った」
あたしはふんぞり返っていた姿勢を正した。
「それってアラン殿下とアシュフォード様が婚約しているって……当然知って、ふざけたことを言ってきているってことですよね」
「ああ。我が国は弱小国だからな。見せかけだけの平和条約など、簡単に反故にできる。戦争を仕掛けると脅せば、婚約者を奪うことなど、造作もないこと。6年前、アシュフォード嬢の母上が命をかけて止めてくれたおかげで両国間の全面戦争は免れた。そこから、いままで、それなりにアルトメイアとマルクールは友好な関係を築いていなかったか?」
「たしかに。あたしにもそう、見えました」
殿下はうつむき、手袋をつけた手を開いたり、閉じたりした。
「リリー・バルクシュタイン。さっきは、なぜ、俺を殴った?」
「キモかったからです!」
あたしは一瞬の迷いもなく、即答した。
「そうか……。キモくて、悪かった……。それと、そこにアシュフォード嬢への思いがあったからではないのか?」
「アシュフォード様を髪の色だとか、くだらない理由で悲しませるなんて許せないって思ってぶっ叩きました。あと、強調しても、したりないのですが、キモかったですよ。ほんとに。どうしようもなく」
「そうだな……すまない。君を信用して、話をする」
「あたしのどこに信用する要素ありました? 大丈夫ですか? 医者いきます?」
殿下は指でピースサインを作った。ふざけているのか。もう一発、ぶっ叩こうと構えると、指を3本、立てた。
「おそらく、アルトメイアはもうひとり、魔女を手に入れたのだ」
「……」
あたしは中腰になったからだを、ソファーにしずめた。
予想外の話になってきた。どうしてここに来てしまったのだろう。あたしはこめかみをおさえる。
ただの商会の娘にどうこうできる話の規模ではなくなってきた。
「その話の確度はどのぐらいですか」
「どのぐらいだと思う? もし君が詳細を知っていて、そんなに上手に知らないフリができるのなら、大した役者だ」
あたしは立ち上がった。
「知りませんよ! そんな話!! あたしが苛立ってるのわかりません? もう一発食らわせましょうか? さっさと話を進めて!」
「ふざけてなどいない。俺は常にアルトメイアに注視してきた。アルトメイアは一枚岩ではないな? 【黒闇】と【穢れ】の魔女たちの統率はとれておらず、北のゴルゴーン王国とは一触即発の、いつ戦争が起こってもおかしくない緊迫した状態。ゴルゴーンには【茨の魔女】が一人しかおらず、アルトメイアと兵力はほぼ互角だが、不利だ。しかしゴルゴーンには自然の要塞があって、簡単には攻め入ることはできない。だから、ゴルゴーンとは策がなくては戦えない。ここまでは合っているか?」
「よく調べましたね。あたしの見解もおおむねそのとおりです」
「伊達に弱小国の王子などやっていない。情報がすべてだ。各地にスパイを配置させている。そんななか、いくら隣国とはいえ、脅威でもなんでもないマルクールに構っている暇などないはずのアルトメイアが、急にアシュフォード嬢、つまり照覧の魔女を引き渡すように要求してきた。それも、まだやんわりとだ。つまり、これらの情報をかき集めて、無理矢理仮説を立てるとすると、どうなる?」
殿下の蜂蜜色の瞳が光り、あたしを探るように見た。
「なるほど、ようやくわかりましたよ。あたしがなんでここに呼ばれたのか」
「察しがよくて助かる。ここから先は聡明な女性でないと、とても頼むことはできない。アシュフォード嬢に危険が及ぶからな」
「あたしにアルトメイアのスパイをやれっていうのですね。アルトメイア筆頭商会のあたしの家なら、アルトメイアへの卸した武器の情報からいろんなことがわかりますね」
しゃべりながら、あたまを回転させた。あたしは売上帳簿が大好きだから、全部見て、あたまに入っている。いまの殿下の話と合わせるとひとつの答えが導き出せた。
アラン殿下がほんのすこしだけ、笑った。
「素晴らしい。逸材だ。リリー・バルクシュタイン。是非君に協力を願いたい」
「あたしはそれでどんなメリットが? めちゃくちゃ危険ですよ。さらし首ですむかな」
「全力でアシュフォード嬢を守ると約束しよう」
「アシュフォード様に危険が迫っているのですか?」
あたしは殿下の胸ぐらをつかんで前後させていた。
「君が協力してくれるなら、アシュフォード嬢は安全だ。いまだ我々は、魔女の力に頼った戦い方しかできない。そして、魔女の攻撃はどうしたって魔女に向かう。魔女と戦えるのは結局魔女しかいないからだ」
「ああ、そういうことですか。結局国家間の戦争になるのなら、狙われるのはアシュフォード様ですものね」
あたしは足踏みをしながら、国家間の関係性をあたまに思い浮かべた。
「君がどうして、そんなにアシュフォード嬢に執着しているのか、ついぞわからなかった。よかったら教えてくれないか」
「キモッッ! 教えませんよ。乙女の秘密です。それで、あたしはなにをすればいいんですか」
あたしは腕を組んで、話をうながした。
「3つある。1つは商会の情報を俺に流してくれ。アルトメイアに卸した武器の情報、備品、なんでも知りたい。2つ、アシュフォード嬢と婚約破棄をするために俺と偽装婚約してくれ。3つ。俺を徹底的に情けなく、罵り、嘲って、権威を失墜させてほしい」
「役目多いなぁー。あの、アシュフォード様と殿下が婚約破棄しないで、なんとか、アルトメイアの件をはねのける方法はないのですか?」
「散々考えたが、アシュフォード嬢を王家と切り離すことが最善と判断した。ただの時間稼ぎにしかならないかも知れないがな。もちろんアルトメイアが本気をだしてきたら、従うフリをして、どこか安全な国に亡命させることも考えている」
あたしはアラン殿下のこめかみをアイアンクローして、持ち上げた。
「っっつ! おまえ……俺は、いちおう、殿下だぞ……やりたい放題だな」
「うるさい!! 弱小国のクソ王子殿下!!! あたしは、そんなことが聞きたいんじゃないんだよ!!!!!」
あたしは吠えた。
「ちゃんと答えろ!!!! クソ王子!!!! すました答えを言って、勝手に納得してんじゃねーぞ!!! アシュフォード様のこと、どう思っているんだ? 好きなのか、愛しているのか、だから、守るのか? それとも、ただの照覧の魔女様として、国の盾として利用するために守るのか。てめぇの気持ちを聞かせろっていってんだ!!!!!!!!! 物憂げに、しようがないみたいな顔して、自分勝手にアシュフォード様をあきらめてんじゃねーぞ!!!!!!!!!!!!!」
殿下はあたしの手をはねのけて、目の前のテーブルを思いっきり、ぶっ叩いた。
「黙れ!!!!! バルクシュタイン、貴様、俺がどんな思いで、どんなに考え、決断したかわかるか? 俺はフェイトを愛している!! 俺のすべてだった!! 彼女をずっと守っていきたかった……でも、あきらめなければならない!!!! 何通りも、何パターンも、さんざん考えたさ!!!!! でも、ダメだった。俺は国の為に、フェイトをあきらめる情けないクソ王子だ!!! わかったか、クソ女!!!!!!!!!!」
互いに肩で息をし、髪をふりみだし、にらみ続けた。
息が苦しい。あたしはソファーに倒れ込むように座った。殿下もわざと音をたてて、座った。
殿下が目元をぬぐったのを見逃さなかった。
「あたしは商人なので、組む相手がほんとうに価値がある奴なのか、見極めなきゃいけないんですよ」
前屈みになって、殿下をにらみつけた。
「いいでしょう……。むかつきますが、アシュフォード様を守る為、貴方の犬になりますよ。ただし、スパイになるって話だけですよ。アシュフォード様が大好きな健気な殿下殿……」
「くそっ。とんだじゃじゃ馬だな……。よろしく頼む……」
殿下と握手した。思いっきり、力を入れてにぎってやったら嫌な顔をされた。ざまあみろ、クソ殿下!




