1章【最終話】文化祭⑨ エピローグなのですから、静かな夜を期待します。
「皆様、その前に、わたくしがいちばん踊りたい方を指名しますね」
わたくしは、手を伸ばす。
「踊っていただけますか、レディ?」
わたくしは流し目で誘った。
「喜んで!」
バルクシュタインは挨拶をした。
手に触れたとき、彼女の肩が動いた。
「緊張しないで。わたくしがリードします」
わたくしは耳元でささやく。
「はい」
生徒会のピアノの伴奏がはじまる。
ファイアストームの炎がぱちぱち、と弾けた。
わたくしたちは踊る。手を振り、足を動かし、音楽にあわせ、互いを調和させた。
バルクシュタインは笑顔だ。
わたくしは彼女に最初に踊りを教えた頃を思い浮かべていた。
デクノボー令嬢だと罵り、アラン殿下に恥をかかせないため、厳しくした。
そこからわずか一週間とすこしで、ここまで踊れるようになるとは。
どれだけの努力が必要だったでしょうか。
さあ! わたくしはバルクシュタインの腰に手を添えて、彼女を支えた。
バルクシュタインはからだをわたくしに預け、からだを大きく反らせた。
大きな拍手が起こる。
そのまま、ふたり。川が流れるように、互いに回り、揺れ、足を動かした。
そして、手をつないだまま、ひざと肩をすこし、落とした。終わりの合図だ。
わたくしは胸元に手を当てる。彼女は腕をおおきく広げた。
座っていた生徒たちが立ち上がり、拍手喝采だった。
バルクシュタインを見ると、笑顔がみるみる崩れ、泣き出した。
「あたし、ずっとアシュフォード様と踊りたかった。夢が叶いました。今日、死ねば、あたしは幸せの絶頂で終わることができます」
「いえいえ、貴方は生きてくださいね」
自分の不注意な発言に、しまったと思いながら、笑ってごまかした。
「ずっと、恨まれていると思っていました。だって、婚約破棄をさせてしまったのは、あたしだから。今日も、断られると思っていました」
「人生とはほんとうに、色々な巡り合わせですね。婚約破棄がなければ、もっと悲しい結末にだってなっていたかもしれない。それに、あんなに踊れなかった貴方が、こんな素敵なドレスを着て、わたくしとこうして踊ることができた。貴方のことが知れて、わたくしはほんとうに嬉しいのです」
もし、婚約破棄がなければ、わたくしが逆にアラン殿下に婚約破棄を迫らなければならなかったのだから。結局、婚約破棄は、最初から決まっていたのです。そして、出会い方こそ違っていたら、バルクシュタインとわたくしはもっと仲良くなれていたでしょう。婚約破棄がきっかけだったとしても、貴方と知り合えて、わたくしはよかったです。
バルクシュタインはわたくしに抱きついてきた。わたくしはそのプラチナブロンドの美しい髪をなでる。
「うれしい……。アシュフォード様。今日、この瞬間、あたしは一生忘れません。ありがとうございます……」
「さあ、次だ! アシュフォード嬢、私と踊ってくれ」「俺も」「僕も」「私も」
あんなにはれ物扱いだったわたくしが、こんなに皆様に求められるようになるとは。人生とはまこと、わからないものです。
「わたくしと踊りたい方は一列に並んでください。わたくしと踊るだけで恋愛が成就するなど、とんだお笑い種にございます。わたくしを手中に収めたくば、バルクシュタインのように本気のドレスを着てくるなど、行動で見せないと! それぞれ、わたくしと一瞬だけ踊るチャンスを与えますので、どうぞ、存分にご自身をアピールしてください」
わたくしはみんなを円にして、一列に並ばせた。
「勝ち気なアシュフォード様、素敵……」
「尻に敷かれたほうが、領土の経営は上手くいくとお父上が、母上の尻に実際に敷かれながら、おっしゃっていた……」
「ああ……なんという正直な方なのでしょう。憧れます……」
生徒の黄色い声が聞こえてきます。
わたくしはすました顔をして、みんなと踊る。ただ、一度手をにぎり、すこしステップを刻むだけ。
それでも、わたくしは楽しかった。いまこの瞬間だけは、死を忘れる。ただ、ファイヤーストームの炎のなか、それぞれの方が、わたくしと踊ることを喜んでくれた。
――わたくし、こんなに多くの生徒と踊ったと、あの世に行ったとき、お母さまに自慢できますわ。
皆様と踊り終わり、ダンスパーティもまもなく終了の時間だ。
わたくしに影ができる。背の高いジョシュア殿下がやってきた。
「素晴らしいダンスパーティーでした。アシュフォード嬢の人柄がよくわかった。貴方の価値基準は常に皆に向かっているのですね。私は貴方と踊りたいとばかり主張してしまって、恥ずかしくて、恥ずかしくて、穴があったら入りたいのですが。こんなにおおきなからだだと、穴にも入れなくてですね……ずっと恥ずかしい……まま、なのですよ……」
ジョシュア殿下が、腹をおさえて、大笑いしている。
「まあ、有り体に言えば振られた、ということですね。急に迫りすぎて、外堀を埋めていませんでした。また、デートにお誘いにあがります。貴方がとても気に入りました。貴方は私のことが、気に入っていないでしょうけどね!」
「そうですね! 貴重な時間を割くことになるので、来ないでいただいたほうが、お互いにとってよいですね」
わたくしが笑うと、ジョシュア殿下は天を見上げた。
「実に面白い。ともに生きることができたら、笑いの絶えない家庭になるでしょう。だって、いま、こんなに私、笑いを抑えることが……できないの……ですから」
殿下は腰を折る。笑いすぎて、ひざをがくがくとさせているようだ。
まだ後ろでしゃべっているジョシュア殿下を放っておいて、踊っているみんなを見つめる。
ミラーが、ゾーイと踊り、イザベラがマデリンの車椅子を押し、バルクシュタインはアラン殿下と二人でいた。
それぞれが好きなように踊り、皆、リラックスしていた。よい雰囲気を作れたのなら、よかったです。
バルクシュタインとアラン殿下、関係性が謎でしたが、お二人の雰囲気を見ていると、上手くいっているようでよかったです。
あのようなドレスを着てきたので、アラン殿下と踊らないのかと思ってしまいました。
――そうそう。ふたり手をとって、仲良くやってくださいね。
バルクシュタインの手が、アラン殿下の手を……握らず、おおきく、振りかぶった??
パンっっっっっっっっっっっっっっっっっ!!! 、という突き抜ける音がして、みんながバルクシュタインとアラン殿下を振り返った。
「えええええええええええええ!?」
わたくしは衝撃的な展開をただ見ていた。
アラン殿下が尻餅をついて、頬を押さえている。バルクシュタインは肩で息をしながら、笑っていた。
「いいのが入った!!!!! アンタなんて、嫌いよ!!!!!! いますぐ婚約破棄してやるわ!!!!!!!」
バルクシュタインが怒声をあげた。
「でぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇ!?」
バルクシュタインがゆっくりとわたくしに向かってくる。
わたくしは怯え、ゆっくりと後ずさった。
「これでやっと、婚約破棄仲間ですね。アシュフォード様!!」
わたくしの手をにぎり、満面の笑みのバルクシュタイン。
「はああああああああああああああ!? なにがどうなっていますの??????」
手をぶんぶんと振りまわされる。
「フェイトお嬢様!」
オリバー先生が、白衣姿でやってきた。
「オリバー先生! こんな夜遅くに、もうダンスパーティーは終わってしまいましたよ」
「あいにく、あと20歳若ければ踊りたかったのですがね……。実はふたりでお話ししたいことがありまして……」
「バルクシュタイン。また後でお話ししましょう」
校庭の隅に行くと、先生は話しはじめた。
「実は、フェイトお嬢様は病気ではなかったのです!」
「えっ……それって?」
もしや、助かる見込みがあるということでしょうか。わたくしは自然と笑みがこぼれます。
「フェイトお嬢様は非常に高い魔法への耐性があります。だからこそ、重要なことがわかりました。微かな魔法反応が検知されました。つまり、魔法による毒攻撃が病気の真相です。フェイトお嬢様でなければ、魔法の痕跡さえ残らなかったでしょう。普通の国民では毒を盛られたこともわからず、証拠もでてきません。この攻撃がマルクール王国の住民に向けられると、1ヶ月もせず、国が滅びます。私たちはだれに攻撃されたのかもわからず。ただ、死ぬしかない。こんなことができるのは、7つの魔女の誰か……でしょう」
「なんですってぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇええええええええええ!!!!!!!」
わたくしの叫びに皆が振り返る。
なんということでしょう。魔女の攻撃ですって。
これを、あと2ヶ月とすこしで解決しろ、と?
※第2章へ続く。(第3章で完結となります)
ここまでお読みいただき、本当にありがとうございます。
次回より、2章に突入します。
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