47話 文化祭⑧ 後夜祭です。さあ、踊りましょう!!
文化祭で使った木材もくべられ、火が灯された。燃え上がる炎が生徒たちを照らす。
わたくしとゾーイは校庭に座り、それを見ていた。
ゾーイが手をつないできた。
「フェイトさん。私、2年生になった時、こんな風にクラスのみんなと仲良くなれるとは思っていませんでし、た。もちろん、ふたりだけなのもすごく、よかったですけど。来年も一緒のクラスになって、文化祭をしたい、です」
わたくしは一瞬、言葉に詰まって。でも、笑顔を作った。
「ええ。来年も一緒に楽しい文化祭の催しを考えなくてはいけませんね」
まわりの生徒たちがそわそわとしている。そろそろダンスパーティーがはじまる頃だろうか。
「それでは、後夜祭のメインイベント・ダンスパーティーを行います。踊りたい方をお誘いのうえ、中央のファイヤーストーム近くへお集まりください」
生徒会役員が声をはった。
「失礼します。ゾーイ。わたくし、ちょっとその……トイレへ」
「私も一緒に、行きます」
ゾーイは不安げな表情で、わたくしを見つめる。エメラルド色の瞳に炎が映り込んでいた。
「い、いえ。結構です。ちょっと体調もよくなくて、このまま、帰るかもしれません」
「大丈夫ですか、保健室、いきましょう」
ゾーイが食い下がってきたので、会場から逃げ出すことができない。シリルと、ジョシュア殿下から踊りの誘いを受けています。その踊った先になにがあるのか、わたくしにだってわかります。そして、その未来に、わたくしがいないのだけは決まっている。
「勘違いだったらすみません。最近のフェイトさん、なんか、変です。妙によそよそしい、時があるし、かと思うと、過剰に距離を詰めてくる。大変、失礼なのですが、ここ数週間の笑顔が、なんか嘘くさかった!! なにか、あったんですよね」
「はは、ゾーイには見抜かれていましたか……」
わたくしは苦笑いした。
「実は、ふたりの殿方からダンスの誘いを受けていまして。わたくしは優柔不断なので、このまま逃げてしまおうかと」
「まあ。そういうことでした、か」
ゾーイは顔を赤らめた。もしくは炎の揺らめきによってそう見えるだけなのかも知れない。
「これまで、フェイトさんは、猛獣イザベラさん、ミラーさんと和解して、私のこと、我がモーガン家の窮地も救ってくださいました。ミラーから借りたお金を返すだけだったのに、それをワイン輸出事業までにやってのけた。フェイトさんは、ルールそのものを、書きかえてきた。次はダンスのルールを変えてしまったら、いいのです」
ゾーイが笑う、とても、嬉しそうに。
「えっ! どういうことですか」
「私に任せて、ください」
ゾーイは形のいい眉をきりり、と立てた。
「えっ!?」
わたくしは目を疑った。わたくしの後ろにずらりと人が並んでいる。
「アシュフォード嬢、ジョシュアですよ。貴方のことはすこし調べさせてもらいました。貧民街に薬を配ったり、交渉、商売にもたけ、執務も天才的だとか。我が妃としてアルトメイアに来て頂きたい。さあ、私の手をとって。踊りましょう」
「ジョシュア殿下。性急すぎます。まず、マルクールを通していただかないと困ります。それにアシュフォード嬢の気持ちを無視なさらないでください」
なぜかジョシュア殿下とアラン殿下と言い争っている。
「フェイトさん。僕と踊ろう」
ブラッド殿下!
「姉さん、踊ろう! 好きって気持ちはだれにも負けるつもりはない!」
シリル! 貴方!
「俺も、アシュフォード嬢と踊りたい。いままではとても近寄りがたかったが、最近はみんなに本音を話してくれる素敵な女性だ。お近づきになりたい!」
「どけっ! 俺が先だ! このまえ、木材運んでいたら、ありがとうって俺に向かって言ってくれたんだぞ。両思いだろ、これは!」
「僕だって目があったんだ。しかも、2回も。アシュフォード嬢は僕のことが好きに決まっている」
クラスメイトやそれ以外も男子生徒が押し寄せてきます。
「はーい。みなさーん。まず、三列に並んでくださーい。主賓の、フェイト・アシュフォードより、お話しがありますので、静粛に、お願いします!」
ゾーイが会場整理をしてくれた。
わたくしは扇子をゆっくりと取り出し、それを広げた。
「みなさま、お集まりいただきありがとうございます。50~60名ぐらいですか。大変盛況で驚いております。しかし、わたくしは1人、腕は2本しかございません。どなたか、腕やわたくし自身を増やす魔法を使える方はいらっしゃいますか? その方と特別に踊りたく存じます」
男子生徒から笑いが漏れる。
「アシュフォード嬢、貴方が望む物はなんでしょう? お金? 豪華な屋敷? 惰眠をむさぼること? 綺麗なドレス? 私はなんでも用意できる。さあ、言ってごらんなさい」
ジョシュア殿下が手を差し伸べてきた。
わたくしは、その手を扇子でぺちん、と叩いた。
「お手付きはいけません。わたくしが欲しいものは、わたくし自身を増やして、皆様と踊ること。そーんなことも出来ずに、わたくしを妻にむかえようなどと、とんだ甘い考えでございますよ。殿下」
ジョシュア殿下は目をまるくする。
気に障りましたか。
嫌って頂いたほうが助かります。
「なんと! アシュフォード嬢は気の強いお方なのだな。まったくそういう風に見えないお顔立ちなのに、実にお転婆! 燃えるな。是非我が物にしたい。いやはや失礼! アシュフォード嬢は素敵な女性なのであって、物ではない……。いけない。物だなんて、なんて失礼なことを!」
ご自分の膝を何度も叩いて、なかなか笑いやまないジョシュア殿下……。
「貴方様のアルトメイアには魔女がお二人いらっしゃいます。わたくしと会わせていただけませんか」
「申し訳ない。それは国の定めにより出来かねる。だが、それ以外の私の出来ることなら、なんでも用意しよう」
やはり、魔女は秘匿対象ですね。自分でなんとかするとしましょう。
「ウィンストン学園のダンスパーティーは意中の方を誘い、okなら、一緒に踊る。そうでしたね」
みんなが食いつき気味にうなずいたり、そうだ、と声を出す。
「では、その前提から、覆したいと思います――」
「ちょっっっっっっっと!!!!!! 待ったあああああああああああああ!!!!」
ドレス姿の女性がこちらに向かって走ってくる。
男子生徒たちを押しのけ、息もきれぎれ、わたくしの前にやってきた。
「アシュフォード様、あたしと踊って、いただけませんか?」
ドレスの裾をつまみ、挨拶をした。
「バルクシュタイン、貴方……」
白いウェディングドレスだ。デコルテが綺麗に見えるように、胸元が上品にカットされている。スカート部分がおおきく膨らんでいた。左の肩に蒼い宝石、右の肩に赤い宝石が埋め込まれている。
それは、わたくしの瞳の色とまったく同じだった。
そのドレスを見て、わたくしはすべてを悟った。
「貴方は、わたくしと踊るため……に? 踊りを習ったの?」
「君、ここは将来をも決める、神聖な場だ。女性はご遠慮願おう」
ジョシュア殿下がバルクシュタインを手で制した。
「ごきげんよう。ジョシュア殿下。アルトメイアでは、女性同士のダンスは禁じられています。女性同士だと子が成せない。でも、マルクールにはそんな決めごとはありません!」
バルクシュタインがジョシュア殿下に食ってかかった。
「いいえ!」
わたくしは静かに、言った。
二人が振り返る。
「ここでは、わたくしがルールです。なぜなら、あなた方は、この、フェイト・アシュフォードと踊りたいのでしょう。では、国も法律も関係ありません。さあ、バルクシュタイン、わたくしと踊りましょう!!」
「なんだ。女も踊っていいのかよ。だったら私も一緒に踊るぜ! フェイト」
「妾もじゃ、もしや足が動かぬ娘とは踊れぬとはいわぬよなぁ?」
「フェイトさん、私も、踊りたいに決まってます」
「アシュフォード様! 私もご一緒したいです」「私も」「私も!!」
イザベラ達どころか、クラス中の女の子が押し寄せてきた。
「いいでしょう! 全員まとめて、わたくしと踊りましょう!!」




