45話 文化祭⑥ シリル攻防戦
「はい、お姉さま、あーんしてください」
シリルは伏し目がちにわたくしを見つめる。ながいプラチナブロンドの睫毛がとても綺麗だ。
扇子を広げようとしたら、足下に落としてしまった。
「っっっっっっ。シリル。わたくしはそんな色仕掛けで惑わされるような柔なお姉様ではありませんよ……。せめて人前では控えた方がよいですよって……でえええええええええ!?」
シリルが照れています。白い陶器のようなさらさらの肌を桃のように染め、ただ、ひたすらに……羞恥に耐えている。
はっ!! 視線の先にさきほどのクールビューティーな男装女子が。彼女はこちらをみながら、なんと!!! お客の女子生徒にマカロンを食べさせているではないですか。女子生徒は「お姉さま、ありがとうございますぅぅぅぅぅ」と奇声を発し、倒れた。そして、男装女子はこちらを見て、勝ち誇った顔をする。
――シリル、さては、あの男装女子と戦っているのですね。人気を二分するふたりはきっと、なにか人にはいえない戦いを強いられているのですね。
わかりました……。姉として、わたくしがリードしなくては、ね。だってわたくしは悪役令嬢お姉さまなのですから!!!
ゆっくりと扇子を広げ、優雅に見えるように微笑した。
「シリル! なにを照れているのですか。さあ、来なさい! 姉のわたくしが受けとめて差し上げます!」
「うん、いくよ……いきます! お姉さま!!」
シリルは意を決して、なまめかしく、ほんのすこし口をあけ、わたくしにあーんを要求してくる!
「っっっっっっっっっっっ!!!」
シリルのほそくて、白い指が、じらしながら、マカロンを運んでくる。シリル! 顔は近づけなくていいのですよ!! この前、告白されてから、シリルをあまり直視できなくなった。
わたくしは動きそうになる眉毛と、口もとを必死に抑え込みながら、マカロンのことだけを考えた。マカロンは、丸い。イタムの瞳のよう。瞳は宝石。宝石といえば宝石箱。宝石箱といえば。
口先に、マカロンが到達した瞬間、ふんっっっ、とお腹に力を入れて、ぱくっと食べた。シリルは変な汗をかいて、その場で呼吸を整えた。
「まっっっっったく! ぜんっっっっぜん!! 動じませんでしたわ!! まだまだおとなの色気が足りませんね! シリル、出直していらっしゃいな!!!」
「うん。またチャレンジして、お姉さまをその気にさせる為に僕、頑張るね」
「いや……別に頑張らなくてもいいのですよ。……お手柔らかにお願いしますね」
急にシリルがわたくしの手をとる。
「ううん。頑張るよ。それでね、姉さん、後夜祭のファイアーストームの時、ダンスパーティーがあるでしょう。一緒に踊ってほしいんだ」
お化け屋敷に注力して、忘れていましたが、後夜祭で意中の相手をダンスを誘ってokならば、お付き合いをするイベントですね。
シリルはわたくしの瞳を蜂蜜色の澄んだ瞳でまっすぐに見つめてきます。
「っっっっっっっっっ。すこし……考えさせてください」
「うん。前向きに考えてね。僕はいつまでも待っているから」
なかなか手をはなしてくれないシリルに、イザベラがひやかしの口笛を吹く。
「私、一冊本がかけそうなほど、インスピレーションをもらいました。ごちそうさま、です」
「ダンスパーティーかあ、楽しみですね」
騒いでいるとマデリンがようやく目を覚ました。
「妾のマカロン! フェイト、妾の口に放り込んでくれんか」
「では、お姉さま。後夜祭でまたお会いしましょう」
シリルは別の席に呼ばれ、行ってしまった。
ああ! そういうことですか! わたくしははたと気がついた。
後夜祭のダンスパーティー。今日という日に備え、バルクシュタインはわたくしにダンスを習ったのですね。
わたくしは頑張ってという意味を込めて、バルクシュタインに笑いかけると、彼女は首をかしげた。伝わらなくてもいい。アラン殿下をよろしく頼みますね。
「ご挨拶がまだでしたね。マデリン様。リリー・バルクシュタインと申します」
バルクシュタインが挨拶をする。
「よいよい。そんなにかしこまらんで。マデリン・シャルロアじゃ。たいした家柄でもない。デカいのは車椅子だけ」
「あたし、シャルロア家の長女、アメリア様とはよくドレスや宝飾具で懇意にさせていただいていて。ただ、妹君がいらっしゃるとは一度も聞いたことがないのです。屋敷にも出向きましたが、一度も貴方様を見たことがありません」
バルクシュタインは笑みを浮かべてはいたが、その蒼き澄んだ空のような瞳はじっと、マデリンを見据えていた。
「それはそうじゃ。妾は目も見えず、こんな体だ。シャルロワ家で妾はいないことになっておる。政略結婚の道具にも使えぬ、能なしとは妾のことよ」
マデリンは一切の悲壮感なく、胸を張って言った。
バルクシュタインはすぐに頭をさげた。
「知らなかったとはいえ、とんだご無礼を。申し訳ございません」
「よい。妾はおかげで好きに生きておる。フェイト、イザベラをはじめとした、魔女の家系に生まれたものにはその者達にしかわからない苦しみがあろう。名門貴族の家に生まれたら、その苦しみがあろう。妾はこうして、好きなものを食べ、こんなにも友人ができた。妾はいま、とっても幸せじゃ。いつも重たい車椅子を押してくれてフェイト……ありが……」
寝てますね! すっごい大きな鼻提灯! まぁ、よだれも。 鼻提灯よだれ令嬢なんて、世界で無二のマデリンだけの称号です!
「さて、そろそろもどりましょうか」
「だな。お化け屋敷にもどらないとな」
会計を済ませ、店を出ると。
「お帰りなさいませ!! お坊ちゃま、お嬢様」
シルクハットにめがね、髭をキレイに剃った男性と、つばの広い帽子を被り、町娘がよく来ていそうな装飾の少ないドレスを着た女性が入ってきた。
「ごきげんよう、お父さまとエマではないですか。シリルは奥で給仕をしておりますよ」
ふたりは途端に挙動不審になった。
「こここ……これは……どなたかと間違えているのではないかな。はははははは。俺……私たちは……通りすがりの……夫婦だよ」
「そうです。そうです。そういうことです」
おほほほほ、とエマが言って、うつむきがちに入っていった。
「そうでしたか。大変失礼しました。ああ、お化け屋敷にはこないでくださいね。お父さま、エマ」
わたくしが去り際に言うと、びくっと背中をゆらしながら、お父さまが何度もこちらをふりかえる。
「やはりあれはするどいな」
いえいえ、骨格、背丈はどうやっても変装できませんよ。お父さま。




