41話 文化祭編② 運命が人生の主役であるのなら、それに立ち向かう存在として、わたくしは悪役令嬢であろうと思うのです。
足下で血を流しているウィレムスが痙攣し始めた。
「え……ええ、ええええ!?」
ミラーはわけがわからなくてパニックになりそうになる。
「私の魔力で悪役令嬢を召喚し、フェイトに憑依させよう」
急に後ろから黒いローブを被り、杖を持った人があらわれた。
ミラーには聞き覚えのある女の声だ。
「イ、ザベラ?」
ミラーには聞き取れないはやさでイザベラが呪文を唱えていく。
白蛇はイザベラに牙をむき、心配そうにフェイトの様子をうかがっている。
フェイトもからだじゅうが痙攣し、首が、がくり、とたれる。白蛇はフェイトを心配そうに舐めた。
急に、フェイトが目を開いた。
その瞳は白にうすく緑をまぜたような、にごった色になった。
眉毛がつりあがり、切れ長のイザベラのような目の形となる。
「あっははははははは。妾は生まれ変わった気分ぞ。これが、悪役令嬢召喚、か。素晴らしい。だが、まだ足らぬ。生け贄が、な!!」
フェイトはニタリ、と笑みをはりつけたまま、白蛇のあたまをつかむ。
「すまぬな、イタム。そう噛むな。おとなしくせい」
後ろを向き、首をかたむけ、白蛇になにかをしている。肩や首がおおきくうごいた。
ばり、ぼりと、総毛立つ音をたて、ぶちっという決定的な音が、した。
ミラーはショックで口を手で覆った。
――白蛇を、食べている!――
「ずっとイタムとこうなりたかった。妾とはしょせん、別の生き物。さびしゅうて、さびしゅうてな。だから、食った。これで永遠にイタムと妾は添い遂げる。さあ、次は……」
フェイトがミラーになにかを投げつけた。血がべっとりとついた、白蛇だったものだ。あたまが食いちぎられている。
「きゃあああああああああああああああああ」
フェイトが口からあふれた血を舌で満足そうになめとる。
「次はおまえだ! ミラー!!!!!!!」
「たすけて! たすけて! 洒落にならないって! くんなくんなくるな!!!」
「よいぞ、よい反応だ。おまえはどんな味がするのか楽しみだ……」
フェイトはすさまじい速度で走ってくる。
「ご令嬢様の足のはやさじゃないだろう! はやすぎるんだって」
ミラーは入り口に突っ走る。
さっきまでなかった、巨大な車椅子が道を塞いでいた。
車椅子は高さがあり、段々になっていて、のぞき込まないと、奥は見えない。
ミラーがのぞき込むと――。
「ばあああああああああああ!!!!!」
「はぎゃああああああああああ」
隠れていたマデリンが立ち上がり、ミラーに覆い被さるように手をのばした。
腰を抜かし、壁に手をついて震えるミラー。
「まったく。なんと楽しき宴よ。くかかかか」
マデリンは、片方の目玉が飛び出していた。
「でかしたぞ。マデリン」
フェイトが言った。
「ミラー!!!」
「ひぃぃぃ!」
腰が抜けているミラーにフェイトが駆け寄る。
「私にふれるな!!!! お父さまに言いつけてやる!!!」
ミラーはしゃくり上げた。涙がぽた、ぽたと流れる。
地べたを這いずり回り、逃げようとする。
「謝罪なさい! わたくしがいちばん許せないことは、ゾーイに手をだしたこと。今後、わたくしの友人に手をだしたら、こんなものではすまさない! わかりましたか?」
「私、ぜったい。あやまら……ない」
フェイトは毎日練習した、凶悪な悪役令嬢顔をお披露目した。見下し、跳ねさせた眉を寄せ、にたり、と笑った。
ミラーはなに、その顔? といわんばかりにキョトンとした。
(おかしい。自分でも震え上がるほど怖い顔でしたのに。もうちょっとあごを立てないとだめかしら)
「自分のしたことを悪いと思っていないのですか? あきれました……。アラン殿下といい、わたくしのまわりにはこういう方ばかり……」
「悪いな、とは思っていた。でもあやまらない。あやまったら、負けるから……」
「勝ち負けなど、ほんっっっっとに、、どうでもよい! なぜ、わたくしを目の敵にするのですか? わたくしがミラーになにか、しましたか?」
ミラーは唇を噛んで、フェイトをにらみつけた。
「悔しかった……。うまれた時から魔女の家系で公爵令嬢、みーんな、私よりも上」
「えっ……」
ミラーは涙をこぼしながら、話す。
「憧れのアラン様と……最初から婚約が決まっていた。みんなからちやほやされて、学業だって、貴方に一度も勝てなかった。アラン様に手が届かないのなら、ブラッド様と婚約したかった。でもあの方は、私のことなどまったく見ない……。いつも、貴方のことばかり見ていた。うらやましくて、うらやましくて、たまらなかった」
「ミ、ミラー……」
「貴方は天才ではない……。魔法だって使えない。貴方はだれよりも努力し、様々なものを習得してきた。私が努力すれば貴方に追いつける。それでも私は、貴方の圧倒的な努力を超えられない。それがわかってしまった。私はその時、アシュフォードへの憎悪で自分がおかしくなりそうだった……」
ミラーは涙をふいて、フェイトに立ち向かおうとしてきた。
「ミラーには、わたくしがそのように見えていたのですね……」
フェイトが屈むと、ミラーが怯えた。
「くるな! 私は絶対あやまらないわよ!!!」
「わたくしへの謝罪など必要ない! ゾーイに謝り、二度と手をださないと誓いなさい! 嫌がらせしたいなら、わたくしだけを狙いなさい!!!!」
「あんたは強いからそう思うよね。でもね、私は弱くて卑怯者なの! 直接立ち向かうことなんてできない。それは強い人が押しつける理屈だわ!!!!」
ミラーが叫んだ。
フェイトはおだやかな表情になった。
「わたくしは弱くて、泣き虫で、死におびえ、嫉妬深いのを知っていましたか?」
「冗談でしょう。とてもそんな弱みを持っているようには見えない」
「わたくしは弱い人間です。わたくしとミラーの違いは2つだけ。悪役令嬢の心をその身に宿しているかと、死を忘れることなかれ。この2つのおかげでずいぶん強くなることができました」
フェイトはミラーに手をのばす。ミラーは怯えた。
「ミラー、わたくしと友達になってください」
「はあ? 私と? 本気で言ってるの」
「貴方は素晴らしい才能を持っています。なにせ、わたくしの弱点や嫌なところばかりを攻撃していた。貴方は世界に誇れる極悪令嬢です。しかし、悪役令嬢っぷりはじつに惜しい。悪役令嬢は、文字通り、悪役を演じる令嬢。そうせざるをえない、理由をかかえている者。なにかに敵対する存在。悪役令嬢にあって、極悪令嬢にないものは、演じること。弱さも脆さもぜんぶ受けとめたうえで、ただ、演じるのです。もしくは自分のなかに悪役を召喚すると思えばよい。そうすれば、わたくしごときに嫉妬しないですみます。それはいつか、本当の貴方になる時が来るでしょう」
フェイトの言葉に、ミラーは目を見ひらく。
「アシュフォードさんは……どうして悪役令嬢なんてやっているの?」
フェイトはあごに手をあてて、考え込むように天井を見上げた。
「そうですね。わたくしは寿命、病気、運命。そういったものが人生の主役であるのなら、甘んじて受けなければならないと思っていました。でも、わたくしの大切な人の言葉や行動によって考えが変わりました。運命が主役であっても、絶対にそれに抵抗なく屈してはならない。運命に立ち向かう存在として、わたくしは悪役令嬢であろうと思うのです」
ミラーはにこやかに話すフェイトを見て、大げさに首をふった。とても敵う相手ではない。
「……ゾーイには謝罪するし、あんたに突っかかるのもやめる。アシュフォードさん。いじめの件、ゾーイの件、ほんとうにごめんなさい」
あたまを下げたミラーにフェイトはうなずいた。
「よかったら、わたくしが悪役令嬢のなんたるかを教えて差し上げます。なにせ、このお化け屋敷のテーマは、友達がほしい少女の願いです。ミラー、わたくしの手をとってください。まだ、間に合います」
「アシュフォード……さん」
フェイトたちは手をとる。
「もう、動いていいですか」
ウィレムスの死体から声がする。
「ぎゃひっっ!!」
ミラーはフェイトの後ろに隠れて、がたがたと震えている。
ウィレムスは腕を振るわせ、立ち上がった。ふらふらとした足取りで、歩いてきた。
「どうして、私を、助けてくれなかったの? ミラー!!!!」
「ぎゃあああああ。ごめんなさい!!」
「あはは。ゾーイですよ。部屋が暗くなった時に、すり替わったんです。ウィレムスは元気ですよ」
かつらをとって、ゾーイは長い髪をかきあげた。
へたり込んで、ミラーはつぶやいた。
「イネスがほんとうに殺されたって思ってた……よかった~」
ミラーは安堵のため息をもらす。
「ちょっとやり過ぎてしまいましたね。すみません。このぐらいはやらないとミラーが信じてくれないのではないかと思いまして。ただ、貴方のお気持ちがわかって、わたくしは嬉しかったです」
フェイトはミラーに、あたまを下げた。
「いいよ。私もゾーイとアシュフォードさんにはやりすぎたと自覚があったし……。ゾーイ。ごめんなさい」
ミラーはあたまを下げ、ゾーイは丁寧にお辞儀した。
本物のウィレムスが走ってくる。
「グレタ! 大丈夫!! 無事でよかった! ほんとすみませんでした。アシュフォード様、ゾーイ様、私は今後絶対に、あなた様には逆らいません。申し訳ありませんでした!!」
ウィレムスはミラーに抱きついた。
そして、彼女たちはフェイトに笑いかけた。




