40話 文化祭編① 世界一安全で、とっても健全なお化け屋敷さ。全然怖くないよ!
「よくも、イネスを殺したな。アシュフォード!!!!!」
ミラーの声は、お化け屋敷じゅうに響き渡った。
ミラーの足下には、ウィレムスの死体があった。
◇◇◇◇◇
30分前。
文化祭当日。天気は晴れ。素晴らしい文化祭日和だ。
結局教室に入りきれなくなったので、長大な体育館を貸し切って行うことになった。
体育館の扉に暗幕がかかっている。ここが入り口だ。
「え~。私たちがお化け屋敷の最初の客になれ、ですって~!?」
ミラーが驚く。
「ふたりはお化け屋敷の内容、全然知らないだろう。だから、是非感想を聞かせてほしいんだ。頼むよ」
クラスで1、2を争うイケメンのイーサンは白い歯を見せて、笑った。
ミラーがまんざらでも無い様子で言った。
「し、しかたありませんね~。イーサンの頼みでしたら、無下にはできません」
不器用に笑って、珊瑚色の髪を見せつけるようにかき上げたミラー。イーサンはにこやかに笑う。ああ、この方も、私の婚約者候補にいれなくては、とミラーは思った。
「マジで……。私は怖いの苦手だから、やだなぁ」
「とんでもない! 全然怖くないことを保証する! 世界一安全で、とっても健全なお化け屋敷さ。さあ、このなかから好きな魔除けのブレスレットを選んで」
ミラーは、白い宝石がはめてあるブレスレット。ウィレムスは、三色の豪華な宝石が入っているブレスレットを選んだ。
イーサンは暗幕を持ち上げた。彼女たちをなかに入れ、ハンドベルを鳴らした。カラン、という音がなる。
暗幕のなかはとても狭い。ミラーとウィレムスは一本道を歩いて行く。
「いつ暗くなるの? ずっと明るいまま? これなら全然怖くない。ほんと子どもだましだよね」
「アシュフォードさん達に大したものなんて作れるわけないですよ」
「こんなおおきな体育館貸し切っちゃって、見かけだおしだよね」
「もし、怖いお化けが来ても、ミラー侯爵家の権力を使った私の方が恐ろしいことを思い知らせてやりましょうね」
ふたりで笑う。
1本道から、部屋が見えた。
だだっ広い部屋だ。中央に天蓋付きの豪奢なベッドが置かれ、うさぎのぬいぐるみ、少女用の白のドレス、キャンディが上に置かれている。さながら、かわいらしいものが好きな貴族の少女の部屋みたいだ。
「おめでとう。貴方たちは、生け贄に選ばれました」
奥から、制服の女の子が出てきた。胸ぐらいのロングヘア。髪を下ろしていて、顔が見えない。
「生け贄? ぷぷぷっ」
「でた~。ベッタベタの展開ですね~」
「ここはね。悪役令嬢を召喚する少女の部屋。その子をテーマにしたお化け屋敷だよ」
女の子はゆっくりとミラーたちに近づいてくる。
「なにいってんのか、全然わからない」
「悪役令嬢? ああ、流行の小説ね。くだらない~」
ミラーは鼻で笑う。
女の子はミラーたちに近づき、髪をかき上げた。
「ひっっっっっっっ」
「わああああ」
彼女の顔は、血だらけで、頬がえぐれていた。こちらをにらんでいた。
「わたし、友達が……ほしくて、ほしくて……ねぇ。友達になってよ……」
女の子は、ミラーたちにむかってくる。
「ぎゃああああああああああ」
「くるくるくるくる! 足はええええええ!!! どこぞのご令嬢様の足のはやさじゃねぇぇぇぇぇ」
急いで、入り口にもどろうとする。
通ってきた一本道にだれかがいるのがわかった。うごめく無数の人の姿。ゆらゆらと揺れている。
無数の人のようなものが、ミラーたちを見ているのに気がついた。
息が、とまりそうになる。
「ぐおおおおおおおおおおお」
「ううううううう。と……とも……だ……ち」
一斉にこちらを向いた。目玉がとびでて、全身血だらけだった。
ミラーとウィレムスは震えて顔を見合わせた。
「「ぎゃああああああああああむりむりむりむりこわいこわい家かえるマジで」」
後ろを振り向くと、さきほどの血だらけの女の子がすぐそこに来ていた。
――その時、すべての明かりが、消えた。
「なになになになに」
急に真っ暗になり、声を押し殺すふたり。
「見えないおいつかれる殺されるよ」
ミラーはうわごとのように暗闇に手をのばし、逃れようとする。
「イネス? イネス? どこ?」
小声でミラーが言うが、応答がない。
ごそごそという音が遠くから聞こえる。
「イネス!!! 返事して!!!」
たまらずおおきな声になる。近くでなにかが動く気配がする。
「くるな! こないで!! なんなのよ!!! 私はミラー侯爵令嬢よ! 手を出したらお父さまに言いつけるわよ!!」
辺りが静まりかえり、気配が消えた。
「ふっ。やはりお化けなどよりミラー家の方が怖いですよね。なにせ、莫大な財産を持っているのですから。あっはははは」
ミラーが高笑いする。
すこしだけ、明かりがもどり、薄暗いが、ちょっとだけまわりが見えるようになってきた。
背筋がぞっ、とした。
足下にだれかが、倒れている。
女の子だ。
うつ伏せで倒れ、床に血のようなどすぐろい液体があふれだしていた。
死体……?
茶色の髪、制服。
そして、ブレスレット。
三色のキレイな宝石のブレスレットが腕にはめられていた。
「イネス!!!!!」
ミラーはウィレムスを抱きかかえようとしゃがむと――。
どこかから、女の子の声が聞こえた。
『これは、悪役令嬢に魅入られた、臆病な女の子の物語。
少女は、友達と仲良くなりたかった。しかし、彼女は自分に自信がなく、友達に話しかけることさえできない。ある時、少女はある本と出会う。
その本には臆病な女の子が、強気な悪役令嬢を演じることで友達がたくさんできたと書かれていた。それでも、少女は自分を変える勇気がない。だったら、悪役令嬢を召喚し、自らにとりつかせたらいいのではないか。それには、生け贄が必要だ……。そうだ、生け贄は私に意地悪をした、あの子がいいな……』
不気味な女の子の笑い声が反響して聞こえる。
「ははははは。ようこそいらっしゃいました。ミラー。さあ、悪役令嬢召喚の儀式をはじめましょうか」
フェイトが、高くなっている場所から、玉座のようなおおげさな椅子に座って、ミラーを見下ろしていた。
白蛇を肩に乗せ、オッド・アイの目をあやしく輝かせる。
「イネスを……殺したの!? ここまでやるか!!!!! アシュフォード!!!!」
ミラーの恫喝にフェイトはにやりと笑って、扇子をとりだした。
「あははははは。わたくしはどこまでもやります。なにせ、わたくしのかわいいゾーイに手をだしたのだから。ここから生きて帰れるなんて、思わない事ね。ミラー」
フェイトがゆっくりと玉座から立ち上がった。




