36話 恥ずか死にます……
ジョージ護身術道場に行くため、丘を走って行くと、道場着を着た男の子たちがこちらに歩いてきた。
「急に医者の先生がきたと思ったら、薬を配ってくれて。この前見かけた綺麗な魔女のお姉さんが手配してくれたらしいよ」
「うわー。マジー。おまえ、キレイって……。あの魔女さんのこと好きなの? うわー好きなんだ! うわー。恋しちゃったんだ」
「ち、違うよ! あんな……ブ、ブス、好きじゃないよ! 目が変だったから、気になっただけで」
「たしかに目がすごいよな。両目の色が違うっていかにも魔女って感じ。……わりとかっこいいよな」
「お、おまえも、好きなのか! 魔女お姉さんのこと!!!! 僕が先に見つけたんだぞ!」
「ち、ちが……。そんなんじゃねーよ。話は変わるけど、今日もジョージ先生、月謝受け取ってくれなかったな。俺たちからはもらわないってスタンス。かっこいい! 一生ついて行くぜ!」
全部聞こえてますよ……。わたくしはジェイコブの背に隠れ、顔を背け、すれ違う。
「おつかれー。全部お姉ちゃんに聞かれているよ。いっとくけど僕はお姉ちゃんにハンカチをプレゼントされているから。そういう仲なんで、僕たち」
ジョージの子どもは、男の子たちに向かって飛び出していった。
「おわ、ジュニアいたのか!」
男の子たちが驚く。そして、わたくしを見て、しまったという顔をしたあと、無邪気に笑う。わたくしは会釈をした。
ジョージの子どもはジョージ・ジュニアなのですね。
「お姉ちゃん、暗くて怖いから、ほら」
ジュニアは急に、わたくしに手を差し出す。あら、たしかに丘は木が茂っていて、暗い。怖いですよね。
わたくしはジュニアの手をにぎる。
「ほら、これでお姉ちゃんは僕のものだよ。手を出すなよ」
ジュニアは小走りで帰る男の子たちの背中に言った後、なぜかジェイコブにもにらみをきかせた。
「騎士はもてるんだろう。顔は……すごく怖いけど、まぁ、うん。男らしい顔をしてる。お姉ちゃんは僕のだから、立場をわきまえてね、騎士さん」
ジュニアはわたくしの手をぶんぶん振りまわしながら歩く。
ジェイコブはランタンを持って、ジュニアに顔を近づけた。彫りの深いジェイコブの顔に黒い影がうつる。
「アシュフォード嬢はだれのものでもない、国を守る照覧の魔女様だ」
「ひぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!」
丘にジュニアの悲鳴がこだました。
「大人げないですね。ジェイコブ」
ジェイコブと距離をとり、わたくしにしがみつくジュニアのあたまをなでた。
「すまない。冗談のつもりだったのだが、自分の顔が怖すぎるのを忘れていた」
道場に入り、挨拶をした。
「たのみぃぃぃぃぃぃぃぃ、ますわあああああああああ!!!!!!!!!!!!!」
「うるさい!!!!!! 遅い!!!!」
ジョージとジュニアが耳を塞ぐ。
ジョージがわたくしを射貫く目でにらみつけます。
「道場にはこない! 来るのも遅い! 嬢ちゃん、やる気あんのか? ねぇなら、帰れ、やめろ! やめてしまえ! ほんとうに1ヶ月で仕上げるつもりはあるのかよ?」
わたくしは正座させられ、壁際で激詰めの仕打ちをうけます。木刀を床にぺちぺちと打ちつけるジョージは病的な感じさえ漂わせてまいりました。ここ数日はゾーイのワインの件で動いていて、道場に通えないと手紙を送っていたのですが。
「やる気はまったく衰えておりません。今日は休んだ分を取りもどす為、思いっきりしごいてください。必ず1ヶ月でジョージの技を受け継ぎます」
「……。よし。目は死んでねぇな。安心したぜ」
「おい。ジョージとやら。アシュフォード嬢はおまえと違って忙しいんだ。数日稽古にこられなかっただけで、ピーピーとわめくな。事情を察しろ」
ジェイコブがジョージを、ほとんど目をつぶった状態でにらみつけた。それ、にらみきかせられていますか?
「だれだ、おまえは。出ていけ」
「ジェイコブ、だ! 出ていかない。アシュフォード嬢の騎士だからな」
「マジか! 嬢ちゃん、こいつに守ってもらえばいいじゃねーか。俺の稽古も今日で終わりだ」
「ダメなのです! ジェイコブに守られているだけでは。もしも、ジェイコブがいない時に暴漢に襲われた時、生き残れる自分でいたいのです。……1日でも長生きするために!」
「アシュフォード嬢……」
「おまえは女にしとくにはもったいない奴だ……。いまのは……褒めたんだ」
ジョージはカールした金髪の髪をのばしながら、目をそらした。
「時間がねぇんだろ。さっさと準備しろ!」
木刀を床に打ちつけるジョージに背中がびくっとなる。
「はぁ……はぁ……」
運動着に着替え、イタムをジュニアに預かってもらった。ジュニアはイタムを怖がらない。イタムもジュニアを気に入ったようで、肩にのって、頬を舐めていた。
「あと、30周。ペースは維持しろ」
「さ、30!!!! が……頑張ります……」
ずっと道場のなかを走らされていた。すでに20周ぐらいはしただろうか、最初から何周走るのか、教えてくれたらよかったのに。
「おい! いま、最初から何周走らせるのか教えておけよ、この、クソ髪もじゃもじゃ野郎、死ねっ! って思っただろう!」
「ひぃぃぃぃぃ! 思っていませんよ! ……そこまでひどくは……」
心が読まれた? 新手の魔女ですか!
「実戦では、相手がいつ襲ってくるかなんてわからない。体力がなくなった方から先に死ぬんだ。基本は走り込み。せめて、1時間は剣を持って走り続けられるようになれ。あと、嬢ちゃんは馬車に乗っているだろう。売ってしまえ! 走れ! 若いんだから、とにかく走れ。走ることは絶対におのれを裏切らない」
「は、はひ……!」
やはりジョージ護身術になると世界観が揺らぎます。どこの熱血少年冒険小説の世界観ですか。ここは。
「おい! アシュフォード嬢は公爵令嬢で、照覧の魔女様だぞ。そんな男でも音をあげるメニューではなく、ちゃんとご令嬢に合わせたメニューにするべきだ」
見かねたジェイコブが大声を出す。
「よぃのでしゅ……。ジェイ……コブ」
もう喋ることもままならない、わたくしです。念のため。
「出ていけ! デカイの! まだ、自分が邪魔をしているのに気づいていないのか?」
「なんだ、その言い方は。俺は、当たり前のことを言っているだけだろう」
中央でわたくしをにらみつけていたジョージは、ジェイコブのいる入り口側まですさまじいはやさで飛んだ? ように見えたが、わからない。わたくしでは動きが追えない。あっという間にジョージとジェイコブはにらみ合っていた。
ジョージは170センチぐらいなので、ジェイコブを見上げた。
「デカイの、おまえ相当な剣の腕前だな。人に教えたことは?」
「ある。だから、正直……アシュフォード嬢がどうしてもというなら、俺が剣を教えてもよいと思っている」
ああ。だからジェイコブはわたくしが護身術を習っていると言った時、嫌な顔をしたのですね。
「おまえなら、嬢ちゃんをどうやって教える? まずなにをさせるか言ってみろ」
互いにふれそうな距離で言い合う男同士。熱い展開ですね。わたくしは、それどころではなく、ずっと走り込みを続けていますよ。
「そうだな……。まず実際に剣をもたせて、素振りからだ」
「まったく。おまえはどうせ、国の騎士養成所とかの出だろう。それは最初から筋肉がある男向けのメニューなんだよ」
ジョージが早口にまくしたてた。
「まずは体力、筋力を作るところからだ。ご令嬢様は木の棒すら、メイドが持つから非力なんだろ。いきなり剣なんか持たせるやつがあるか。次に汚ぇことも上等で、相手の裏をかく技術をたたき込みつつ、剣をにぎって1時間走りきれる力をつける。それに、嬢ちゃんはダンスが得意だ。それを生かした戦い方を構築する。どうだ、ここまで考えていたか」
ジェイコブはジョージに顔を近づける。ジョージは当然ながら、彼の強面は通じない。
「むぅ……。そこまでは……」
ジョージは目を見ひらく。
「じゃあ、邪魔すんじゃねーよ。嬢ちゃんは別に宣伝もしてねー、貧民街の汚えウチの道場をわざわざ選んで、たったひとりで来たんだぞ。それだけの覚悟をもってやってきたんだ。てめぇこそ。察しろ。なんか事情があるに決まってんじゃねーか。しかも、弱音ひとつ吐きゃしない。じゃあ、俺は? 嬢ちゃんにお願いされた俺はどうすんだよ? 俺がそれに応えるしかねーだろうが!! こんなに強くなりたいと思っている真剣な令嬢に水をさすクソがおまえだよ。嬢ちゃんはマルクール1の女剣士に俺がさせるんだよ。わかったら出ていけ!」
――っっっっっっっっ。こ、これは。またレベルの高すぎる恥辱が全身を巡ります。痛みや、疼きを感じる恥辱ははじめてです。これは、耐えられそうもありません。すごい破壊力です。膝が笑ってまいりました。走りすぎたのもありますが、高度な辱めによる影響を膝に受けました。
あと、最後のあたり、うまく聞き取れなかったのですが、マルクール1の剣士にさせるとかいいませんでした? もちろん、聞き間違いですよね。そんなことわたくし言っていませんし。そうですよね。
ジョージはあたまをかいて、カールの毛先をのばした。
「……すまねぇ。その……言い過ぎた。いまのは無かったことにしてくれ」
「いや。こちらこそすまなかった。アシュフォード嬢は素晴らしい先生を見つけたようだ。今後ともよろしく頼む」
ジェイコブは照れくささを隠せずに、手を差し出した。
「ふんっ。わかりゃいいんだよ。邪魔すんじゃねーぞ。嬢ちゃんに失礼だ」
2人はがっちりと握手をした。
おお! 男の友情、いいですね。
ところで……わたくし、いつまで走ればいいですか? もう30周は頑張ってまわりましたよ。まさか、見てなかったから、あと30周とか……いいませんよね? そうですよね?




