34話 照覧の魔女の騎士
バルクシュタインとのダンスの帰り。少しだけ辺りが暗くなったが、残照はまだ残っている。馬車止めへと歩いた。
騎士のジェイコブが馬車に寄りかかっていた。ブルーサファイアとアメジストをまぜたような、ショートの青紫色の髪が風になびく。レザー・アーマーを着て、剣を携えていた。
帰り際の女子生徒たちがジェイコブをちらちらと見て、騒いでいる。彼は自分では気づいていないだろうが、2メートルはある身長に、強面で傷はあるものの、端正な顔立ちなので女性から人気がある。怖がらない令嬢限定だが。
「おつかれさま。本当にいくのか」
「ええ。もちろんです。ちょっと寄り道しますけれど。危険はないので、わざわざジェイコブがついてこなくてもいいのですよ」
「いきます。それが……俺の仕事だからな」
「ありがとうございます。では警護をお願いしますね」
馬車にふたりで乗り込み、行き先を告げた。
ジェイコブはイタムが苦手なので、外には出せない。
わたくしは眠くなって、船を漕ぎはじめた。朝から文化祭の準備や、ブラッド殿下との壁ドン修行……間違えた! 剣の修行に、バルクシュタインとのダンス練習と大変だった。
「疲れたろう。寝ていてください。ついたら起こします」
「すみません……では……失礼をして」
わたくしはすぐに意識を失った。
「ついたぞ」
目を開けると、ジェイコブが腕を組んで座っていた。アシュフォード家の馬車は広々として快適だが、ジェイコブは背が高いので窮屈そうだ。
「ありがとう。すぐ終わりますので待っていてくださいね」
馬車の扉を開けると、マルクールの城下町が広がる。夕日の黄色い光に照らされていた。市場は仕事帰りに買い物する人であふれていた。そこの一角に、白い建物のオリバー診療所があった。わたくしに余命宣告をしなくてはならなかった気の毒な先生です。
扉を開けると、待ち合い席に患者はいない。もう閉まる時間なのか、受付の女性が床を掃いていた。
「ごきげんよう。オリバー先生はいらっしゃいますか?」
「ごきげんよう。アシュフォード様。なかへどうぞ」
女性に案内され、先生の診察室へ入る。
診察の用紙をみていた先生は、居住まいを正した。
「ごきげんよう。先生」
わたくしはカーテシーをする。
「これはフェイトお嬢様。こちらから出向かなくてはいけないのに、ご足労いただき、ありがとうございます」
先生はわざわざ立ち上がり、あたまをさげた。本日伺うと事前に手紙を送っておいたが、先生はばつが悪そうな顔をした。なにかよくないことが判明したのだろうか。
女性が去ったのを確認して、先生は小声で話す。
「その後、おからだの具合はいかがでしょうか」
「いまのところ、健康といって差し支えありませんね。どこかが痛むことも、体力が劇的に落ちたということもございません」
「よかった、です」
先生は我が事のようにほっと、胸をなでおろしていた。
「先生、わたくしからのお送りした手紙とお金は届いておりましたか?」
「ええ。滞りなく処置しました。でも、ほんとうによかったのでしょうか? 貴方様の病気の原因究明にお金を使っていればもしかしたら……」
わたくしはほほえむ。
「わたくしよりも、困っているひとが優先です。それにわたくしの病気はお金を積んでどうにかなるものではないでしょう」
「はは。そうですな。フェイトお嬢様はほんとうに心が清らかな方。だからこそ、ご病気にかかってしまったことが残念でなりません。じつはその件でお話しすべきか、迷っていることがありまして……」
わたくしはニコニコと笑い、悲壮感など、すこしも感じさせないように気をつけた。
「あら、なにかわかりましたか。ぜひ、教えてください」
心の準備をした。最悪を想定して動かなくてはならない。寿命がさらに短くなることも考えられるし、下手すれば、今日にでも異変が起きるかも知れない。
「フェイトお嬢様から採取した血を魔法分解器にかけ、病気の究明に全力であたっておったのですが……それが……うーん。……その……なんといいますか……」
歯切れが悪い! もったいつけられると余計に悪い想像をしてしまうのはわたくしだけでしょうか。
「はっきりおっしゃっていただいて結構です。覚悟はできています」
すこし顔がぴくぴくしているかもしれないのは愛嬌。鉄壁の笑顔は崩しません。
「いや。いや。ほんと、すみませんな。ちゃんとわかってからお伝えします。あと一週間もかからず結果がでるでしょう。その際は、すぐにお知らせにあがります」
――き、気になります! すこしでも教えてくださらないかしら。でも、しっかりとした結果になってから伝えたいという気持ちはわかった。
「……承知しました。今日は病気の進捗とお手紙の件を確認に伺っただけです。また、ご報告お待ちしています」
「フェイトお嬢様! 申し訳ありませんが、一週間経ったいまの状態の血も採取させていただけませんか」
「かまいません。是非お願いします」
馬車にもどると、ジェイコブが町を見ていた。子どもたちがお母さんと楽しそうに買い物をして、野菜売りの男性と話していた。屋台ではおじさんが声を張って売り込んでいた。
「おかえり」
「もどりました。この時間の市場や町は活気があっていいですね」
ジェイコブはなびく髪を手で押さえつけた。
「俺は、この国が……好きだ。小さくて、兵もすくない。有力な魔法使いもすくないが、ここにはちいさな平和が息づいている。俺が、国の騎士になろうと決めたのは、この国を守りたいと思ったのも、おおきな理由だ」
わたくしはジェイコブを見上げた。彼は町を見て、ほんのすこし笑みを漏らしていた。
「アシュフォード家からまた国の騎士にもどりたかったら、わたくし、いつでも土下座してお願いにあがりますから、その時はおっしゃってください」
わたくしが片目をおおきく開けて、おどけると、ジェイコブは首を振った。
「そういうことがいいたいんじゃない……。平和が守られているのは、まちがいなくアシュフォード嬢がいるおかげだ。ひとりの騎士の力では、だれかひとりを守るのも精一杯だ。この国のほんとうの騎士はアシュフォード嬢ということだ。俺は……アシュ……照覧の魔女様を守ることで、初めて国の騎士となれる」
目を細め、わたくしをにらんでいるように見えた。でも、違う。それは彼が、大好きな犬や猫に向ける慈しむ表情なのをわたくしは知っている。
「か……買いかぶりすぎです。わたくしはただの16歳の小娘ですからね!」
「そうだ。それでいい。ただ、アシュフォード嬢がいるだけでいいんだ。1日でも長生きしてくれ。それまでは俺が命がけで守ろう」
わたくしは泣きそうになるのを必死で我慢した。声がふるえないよう、気をつけた。
「まぁ、頼もしい。わたくしは長生きして、この国を照らす、立派な魔女にならなくてはね」
ふたりの笑い声が町にとけた。この平和がいつまでも続きますように。




