33話 どうしても踊りたいひとができました
「たのみますわ!!!!!!!!!!!!!!」
「こちらこそ、おたのみいたします。アシュフォード様!」
バルクシュタインがお辞儀をして出むかえてくれた。
ブラッド殿下との剣の稽古があったため、ダンスの時間を後ろにずらしてもらっていた。
イタムを出して、机の上で自由にすると、バルクシュタインが走り込んでくる。
「今日もなんというかわいさかしら。イタム。貴方は宝石よりも価値がある」
イタムを腕で覆うようにして、頬をこすりつけるバルクシュタインの顔は、見ていられないほどに崩れている。イタムも嬉しそうに頬を舐めた。
わたくしは扇子を取り出す。
「さあ、時間がありません。さっさと踊りなさい! わたくしが認めたら、イタムと遊ぶ時間を設けてあげます! ダメだったら、お預けです!!!」
「そ……そんなぁ……」
「だから、頑張って踊りなさい!」
バルクシュタインはイタムのからだをなでてから、名残惜しそうに踊った。
「はぁっはぁ……はぁ……。すみません。肩で息を……して……」
「……いいのです。ほんとうはダンスが終わっても、優雅にお茶を飲む淑女の嗜みが欲しいところですが、踊りが終わるまで我慢できていたので……及第点です。まぁ、なかなか、踊れるようになりましたね」
「やったぁ。アシュフォード様に褒められました」
驚いた。ここ数日見ていないだけで格段の進歩だ。動きのキレ、手先の美しき所作、どれほど練習すれば、あのデクノボー令嬢からここまでになれるのか。
しかし、足運びのスムーズさがもうすこしほしいところ。
「汗をふきなさい。風邪をひきます。あと、すこし塩を入れた水をお飲みなさい。これだけ汗をかいているのですから。今日はたまたま、持ってきておりましたので、差し上げます。あと、家からケーキをなぜか持ってきていましたので、すこし、休憩しましょう」
バスケットからいちごのショートケーキをふたつ出して、皿とフォークも出した。
「おいしそう! アシュフォード様はあたしがこんなに失礼でも、優しさがあふれ出していますよね」
わたくしは顔をぷいっ、と背け、イタムに潰したイチゴをすこしあげた。
「わたくしをどれほどの悪役令嬢だと思っているのですか。容赦などするわけないでしょう……。ただ、バルクシュタインさんがどれほど踊れるようになりたいか、見ていたらわかります。その気持ちにすこしほだされただけですよ。それで、ちょっと。見せてご覧なさい」
「わっ……。だめだよ。アシュフォード様……。汚い、から」
バルクシュタインのヒール型のダンスシューズを脱がして、足の甲とかかとを見せてもらった。
やはり。まめが潰れて、出血していた後がある。
「やっぱり。足にまめができていたのですね……。まめは固くなって、やがて貴方を守ってくれる。転んでもただでは起きない所は人とそっくり。もうすこし我慢すれば大丈夫です」
「あたしもそうなりたいものです……」
イタムがおいしそうにイチゴを平らげた。
「イタムってなんでも食べるのですか? このサイズの蛇はネズミを食べるのですよね」
「そうなのです。雑食で、なんでも食べます。羊、牛、鶏肉なども食べますね。わたくしが知らないあいだに自分でネズミやカエル、トカゲなどをとって食べているのかもしれません」
「ふむふむ。イタムっていま何歳ですか」
「多分、100歳は超えているでしょうね。おばあさまとお母さまが飼っていたのをわたくしが引き継ぎました」
バルクシュタインはケーキを口に入れて、頬を膨らませて、うなずく。
「それは長生きですね……って! ひ、100歳! 普通10年とか15年ぐらいしか生きられないですよね。白蛇で目がオッド・アイで100歳以上生きる蛇、色々と規格外ですね。そもそも、魔女にはそれぞれ眷属がいて、強大な魔力の影響を受けるから、通常の生態系とはおおきく異なるとか」
「よくご存じですね。特に黒闇の魔女の黒猫がかわいらしいと有名ですよね」
「いいなぁ。あたしもイタムのような蛇がほしいです。飼ってみようかな……」
「ちょっっっっっっと! まっっっっったぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!」
わたくしは立ち上がり、両手を出した。
「へっ?」
バルクシュタインの瞳孔がひらいた。
「いいですか。生き物を飼うのは、大変なことなのです。やーめた、ではすみません。つまり、なにが言いたいかといいますと、よかったら、イタムと1日一緒に過ごしてみてくれませんか。蛇を飼うことができるのかお試しください。イタムは大分貴方のことを好いているようです」
「ほんとうですか? 光栄です。いつにしましょうか。あたしはいつでも大丈夫です!」
肩に手を置かれ、ぶんぶんと振りまわされるわたくし。
「また、追って伝えますね。そういえば、なぜ、わたくしにダンスの先生を頼んだのか、まだ聞いていませんでしたね」
興奮気味に椅子に座ったバルクシュタインは、うなずき、天井を見上げた。
「あたし、3週間前のマルクール王城のパーティーに参列していたのです。それでアラン殿下とアシュフォード様が踊っていらっしゃいました」
「ああ。お恥ずかしい。見苦しい物を見せてしまいました」
あの時はまだ、殿下と仲がよかった。皆様に見られながらのダンスは緊張したけれど、互いに見事に調和したダンスができた。二週間後、こんな素敵な方と婚約することになるなんてと思っていたら、余命宣告に婚約破棄と、人生はわからないものです。
「あんなに息がぴったりのふたりを見て、あたしは感動したのです。あんなに綺麗な踊りを初めてみました」
目を閉じ、その情景を思い出しているようだ。
「あたし、全然踊りに興味がなくて。だってどうでもいい人と手をつないで、踊るって意味が分からないなって思っていて。ダンスの授業も逃げ出すくらい嫌いだったんです。でも、どうしても踊りたいひとができました」
ああ。アラン殿下のことですね。バルクシュタインと殿下との関係性は首をかしげる部分も多いですが、かわいらしい部分もあるじゃないですか。そうですよね。殿下のダンスは一流です。バルクシュタインとなら、だれもが見惚れるカップルとなるでしょう。
「さて、話はこのぐらいにしましょう。わたくし、俄然やる気が出て参りました。さらなる鬼コーチとなって、必ずやアラン殿下に一流の踊り手を提供して差し上げます。さぁ、踊りましょう!」
「はい。よろしくお願いします」
一生懸命踊るバルクシュタインを見て、わたくしの分も、がんばってくださいね、とちいさく言った。
バルクシュタインはもう、わたくしを見ていない。みずからの指先をしっかりと見つめていた。
汗が床にこぼれる。ほそい首筋、揺れる、プラチナブロンドの髪。生命の魅力にあふれていた。一生懸命に打ち込み、流す汗に息をのむ。
なんて美しい女性なんだ。わたくしは死ぬまでに彼女ほど頑張ることができるでしょうか。わたくしはなぜか泣きそうになった。
それを誤魔化すように必死にリズムをとった。
そうよ。踊って、バルクシュタイン。貴方はだれよりも美しいわ。




