31話 わたくしは生きているだけで価値がある
――お母さまはいまもどこかで生きている。だから、わたくしは無能なのではないか、と。
それなら、どれだけよかったか。わたくしは一生無能だと罵られても構わない。お母さまが生きているのなら。
お母さまはわたくしとエマが乗った馬車で、刺されて亡くなった。犯人は捕まっていない。世間では強盗に襲われたことになっている。詳細を思い出そうとすると、フラッシュバックのような状態になる。あたまと赤い右目が痛くなり、腹部への強烈な痛みを感じる。それは、婚約破棄後の【死ぬまでにしたい10のこと】リストを書いていたときに見えた、映像と酷似していた。
魔女因子の継承のことはわかった。しかし、当代が亡くなったら次に必ず継承されるわけではないのだろう。わたくしが良い例だ。
「なーに。挨拶がわりよ。いつもフェイトには車椅子を押してもらったり、世話になっておるしな。ちなみにここ1ヶ月以内にマルクール王国で大きな魔力反応を妾は検知した。なにか心当たりは?」
「いいえ。なにも」
マデリンはつるりとした頬をさわる。ほんとうに肌がきめ細かい。いったいどんな化粧品を使っているのでしょうか。
「ふーむ。そうか。話はかわるが、ご母堂が亡くなったあと、フェイトになにか変化はなかったか?」
「……いいえ。わたくしはまったく魔力を引き継げなかった魔女もどきです」
悲壮感がでないように柔らかく笑ったつもりだった。あ、マデリンは見えないから別に装う必要はなかった。マデリンは不思議だ。一緒にいるとすごく楽に感じる。
「そんなに卑下する必要などない。フェイトは照覧の魔女の歴史を知っておるか」
「歴史は他の魔女と比べると極端に短く、おばあさまがはじまりと聞いています。アルトメイア帝国の穢れの魔女の娘のなかで、いちばん魔力が低いハズレだったのが、おばあさまだったと自虐気味にうかがっています」
わたくしの家系は自虐因子も受け継いでいるようです。謹んでお断りですわ。
「はははは。そうじゃな。公式の歴史だとそうなっておる。とんだ古狸よ。フェイトの祖母、エヴァ・アシュフォードは。彼女はアルトメイアから逃げる為、無能を装った」
「無能を装ったですって!? そんな話は一切聞いたことがありません。続きをお聞かせください!」
マデリンの車椅子を揺さぶった。抑えることなどできない。この話のさきに、わたくしがなぜ無能なのかの答えがあるのではないか。
「落ち着け。目がまわる。エヴァは魔女のなかでも千年にひとりの逸材。魔女のだれもが、力を隠そうなどという発想に至らなかった。魔女としての強大な力を示すことが、畏怖、憧憬を集め、地位を向上させることになるのだからな。エヴァはそれを隠し抜き、80年前のアルトメイアの13代皇帝の時代の戦争時、将軍を人質にとったマルクールに魔女として人質交換に出されたのが、穢れの魔女の血筋であるエヴァだ。選ばれた理由はいちばん無能だったから。こいつならマルクールに引き渡しても問題ないだろうと思われたのだ」
「なぜ、そうする必要があったのですか」
椅子をマデリンの車椅子に近づけた。
「アルトメイアで魔女になると、兵器になってしまうから。魔女が兵器になるのに反対だったエヴァは他の国へ亡命する機会を狙っていた。穢れの魔女の家系の落ちこぼれから、一代で照覧の魔女へと覚醒した。己についた穢れを、すべて新しい魔力へと変換して」
「新しい魔力とは具体的になんなのです? 照覧の魔女の娘のわたくしでさえ、その秘密を知らないのです」
死ぬまでにしたいことを書いたときに見えた映像。照覧の魔女の能力とはオッド・アイを使った予知、ではないかと思っている。それは、すごい力だ。もし、その力を使えるのなら、残りの命、様々なことができるだろう。しかし、お母さまを見ていたが、未来が見えているようには思えなかった。なにか、能力を秘匿する必要があったということだろうか。
「わからない。照覧の魔女の能力は謎につつまれている。弱小のマルクール王国が侵略もされず、まだ現存しているのは照覧の魔女の力があってこそ」
わたくしは落ち込みを隠しきれなかった。どれほど照覧の魔女の秘密を欲していたか。
「結局わたくしがおばあさまとお母さまの与えられた才能を引き継げなかったということですね」
わたくしは頬を寄せ、強く笑った。マデリンには見えないが、そうしたい気分だった。
「妾は目が見えぬ。だからこそ、魔力のうねりがよく見える。フェイトは無能だと自分を卑下するが、すさまじい魔力だ。そうだな。それこそ、世界を変えるほどの魔力を秘めている」
「なっなんですっっっってぇぇぇ! ほんとうですか?」
マデリンはこくん、とうなずき、ニッと笑う。
「ほんとうだ。もしかしたらいまはそれが発露するのを待っている状態なのかも知れないな。魔女は感情に魔力を練り込み、力を高めていく。時間がかかるものなのだ」
わたくしは自分のてのひらを見つめた。
「自分は、神からあたえられし才能を無為にする、残念無能だとばかり思っていました」
「たしかにいまは力が使えぬのだろう。だが、照覧の魔女の名は伊達では無い。いくどもマルクールの危機を救ってきたのも、侵略されなかったのも、祖母、ご母堂、そして、フェイトのおかげじゃ」
首をかしげた。
「おばあさまとお母さまはすごい方でした。しかしなぜ、わたくしも入っているのです?」
「マルクール王国に照覧の魔女ありと恐れているからじゃ。いくらフェイトが魔力がないという情報が出回っていても、ただ、そこにいるだけで戦争の抑止力になる。ほんとうに能力がないのか、戦ってみないとわからないからだ。それほどに魔女とは戦況を覆す存在。お主が生きているそれだけで、価値があるのだ。フェイトよ。だから、誇ってよい。ふんぞり返って、堂々と生きて、存在を見せつければよいのじゃ」
わたくしは伏し目気味に立ち上がった。
「あの……ちょっと失礼します。すぐもどりますので」
「かまわぬぞ」
急いでトイレの個室に入った。
わたくしに、魔力があったなんて……。生きている価値があるなんて……。そんなことを言ってもらえるなんて……思っていなかった。
涙がとめどなく流れる。
わたくし、傷ついていたのですね。いままで生きてきたなかで、散々言われてきた言葉に。
――見た目がまんま魔女なのに、無能って、ある意味すごいよね。
それに様々なアレンジをくわえ、いろんな人が悪意のあるなしに関わらず、言葉を浴びせてきた。
どこかでわかっていた。自虐とは自分を守ることだと。自分から無能だと言うことで、人から無能だと言われないようにしていた。
それは、自分を自分で傷つけていることなのだ。
嗚咽を漏らし、胸の奥から出てくるまま、感情のままに任せた。
胸が痛い。肺が苦しい。横隔膜が痙攣し、抑えることができない。
こんなにも痛かったのに、見てみないふりをして、ごめんね。
わたくしは、魔力があり、生きているだけで価値がある。
もう、自分を無能だと罵ったりは、しない。
わたくしが泣いていたからか、イタムが無理矢理服からでてきて、わたくしの涙をなめ、あたまを頬にこすりつけた。
イタムのあたまやからだをなでる。いつもありがとう、イタム。また帰ったらいっぱい遊びましょうね。
涙を拭いて、頬を叩いた。頬をぐいっと寄せて、笑顔を無理矢理つくった。シリルと同じように、わたくしも笑うのです。
マデリンの元にもどった。
「もどりました。マデリン、貴重な話をありがとうございました。……マデリンの言葉はわたくしの生きる指針となりました。心からお礼申しあげます」
わたくしはカーテシーをする。
「よい。さて、魔女の生き方とはなにが正解なのか。黒闇も、穢れも、茨の魔女も使う魔法が軍事転用しやすく、国のために自らを犠牲にしておるようだ。片やエヴァは飄々とアルトメイアを捨て、自分のやりたいことを実現している。妾は考えてしまう。魔女としての正しい生き方とはなにかを」
お母さまがわたくしに言い聞かせてくれたことを思い出す。
「国って、分解して考えると、国民ひとりひとりになります。だから、もし、守りたいだれかがいるのなら、国を守りつつ、自分も大切にする。そうしないと、とても魔女なんて務まらないのではないでしょうか。お母さまの受け売りですけれど」
マデリンはちいさくてうすいくちびるを、ほんのすこしあけた。
「そうか。それがエヴァからご母堂のアニエス、フェイトへとつながる言葉か。ふふっ。話せてよかったのはこちらのほうぞ」
マデリンは車椅子に寝っ転がって、姿勢を崩した。
「フェイトとは友達じゃからな。妾の魔力探知が必要な時はいつでも呼べ。それとな、まだこの学園で行ったことがないところがたくさんあってな。案内してくれんか」
その時、マデリンの口が邪悪に歪んだ気がしたが、こんな良い方がそんな笑い方をするはずがないと、わたくしは笑顔で首を振る。気のせいよね。
わたくしは車椅子の後ろに立った。
「承知しました。わたくしはマデリンに一生ついていきます!」
「いつまでもついてくるがいい! では、参ろう! こんなに巨大な学園だと、車椅子でいくのも一苦労でな。いやー助かる。さすがフェイトじゃ」
――そのあと、わたくしはめちゃくちゃ、連れ回された。




