30話 魔女因子
午前中の文化祭の準備が終わって、食堂にきた。
マデリンが一緒にいきたいと言ってきたので、連れて行く。
ゾーイは先生に呼ばれたので、今回はいない。
マデリンの巨大車椅子は食堂のテーブルにはとても収まらない。窓際の席の端に座る。マデリンと車椅子を見たことがない生徒たちが、二度見していた。
マデリンは車椅子の手置きに銀食器を置いて食べはじめた。
見えないからしょうがないが、皿や口もとがよごれはじめた。
「ひとりで食べられますか」
「難儀だ。助けてくれるか」
甘~い猫なで声を出すマデリン。
「はい。あーんして」
「むむっ。なんとも甘美よ。耽美小説のようじゃな」
マデリンの咀嚼が終わるまでに、わたくしは1.5倍増しの武闘派令嬢になるための食事を食べ、イタムに食事も与えた。大忙し。
「マデリンはどうして急に2年次で転校してきたのですか」
「ああー。妾は照覧の魔女と黒闇の魔女の娘っ子に会いにきたのじゃ」
わたくしは気づかれないように身がまえた。わたくしも無能力とはいえ、魔女の娘。利用されることも、謀られることもあるでしょう。
「左様でしたか……。どういったご用件で?」
「ははっ。そう警戒するでないぞ。妾の特技は魔力探知でな。特技を使って、魔法や魔女を研究している者。目も見えない、歩くこともできない妾が生き残るには、魔法を極めないと道はないからの……」
マデリンは陽気に答える。笑うとより幼く見え、小学生に見えた。
「すみません。やはり魔女と言われてしまうと、身がまえてしまって」
「……」
ん? しばらく待つも、応答がない。
「もし、マデリン?」
「……おっおお。すまんな。惰眠がはかどる季節となり、妾の活動限界時間も日に日に短くなっておる。難儀なことこの上ない」
はは、と笑うマデリン。まだ食べている途中なのに寝るなんて。よほど眠いのですね。眠れない病気にでもかかっているのだろうか。
「フェイトは魔女のこと、どこまで知っておる?」
「お母さまにも特に聞かされておらず、正直、ほとんど存じ上げません。個人的に気になって調べたぐらいで」
マデリンがあーんと口を開けたので、そこにトマトを入れると、マデリンが暴れ出した。
「いかんぞ! フェイト! トマトは有害指定物じゃ。妾とトマトの間には決して渡ることはできない大海が横たわっておる」
「あら。それは申し訳ないことをしました」
口をナプキンでぬぐってあげる。わたくしはトマト、大好きですよ。
2人とも食事を食べ終わった。
「よい。次から気をつけてくれ。トマトとは袂をわかっておる間柄でな。7つの魔女には二種類ある。陰と陽の性質にわかれる。ほとんどの魔女が陰に傾いている。陽は照覧と煌明の魔女だけじゃな。煌明の魔女は雨量が多い東のガルバニア国で雨を晴らしておる。最近は疑似太陽を作りだす魔法を研究しているとか。ほんとうにすごい力だ」
わたくしはため息をもらす。
「煌明の魔女、ほんとうにすごい方です。だれもが、彼女に感謝するでしょう」
それに比べ、わたくしはなんというお飾り魔女なのでしょうね。
「魔女だけが魔法を使えるわけではない。人の8割以上がなんらかの魔法が使える。では、魔女と一般人を隔てるものはなにか、それが魔女因子。魔女の魔力は何世代にもわたって、願い、愛、希望、呪い、穢れ、闇、憎悪、嫉妬、様々な感情を魔力に練り込み高めてきた。とても一代では築くことのできない巨塔だ」
わたくしはうなずく。魔女因子の話はわたくしも知っている。だから血筋が大事なのだ。
「魔女の力は因子を通して継承する。しかし、その継承のしかたが特殊だ。現存する魔女がこの世から喪失した際に、子に魔女因子が完全に受け継がれるという話じゃ。だから黒闇の魔女の娘イザベラも、魔力量は16歳のなかでは天才クラスだが、黒闇の魔女には遠く及ばない。まさに桁が違う。この話は知っていたか?」
わたくしはマデリンの車椅子をつかんで、ぶんぶん、揺らした。
「いいえ! まっっっっっったく! 存じ上げませんでした。 魔女因子が継承するのは周知の事実。しかし、現存する魔女が亡くならないと完全に力は継承されないのですね。それは秘匿された情報では? わたくしにお話しくださって良かったのですか?」
そう言ってから、わたくしの脳裏に、閃くものがあった。
――もしかして、お母さまはいまもどこかで生きている。だから、わたくしは無能なのではないか、と。




