29話 下準備
学校ではすでに文化祭の準備が始まっている。半分ぐらいの授業時間が準備時間として割り振られていた。
教室では、男子がトンカチをつかい、トントントン、と木材を組み立てている。
「わたくしたちはおどろおどろしい飾り付けをしましょう」
ゾーイとともに教室での飾り付けを行う。イタムの脱皮した皮で作った、蛇に見えるもの。目玉のようなものを水晶でつくる。血の色に配合した絵の具を粘土で作った手のひらに塗りたくった。
「かわいいですね! 興奮が抑えられません!」
ゾーイに言うと、あはは、とごまかすように苦笑いした。
あれ? ゾーイにはかわいく見えないですか。イタムも目玉も、赤い血みどろの手のひらも。こんなにも品に満ちあふれていますよ。はて。
「イザベラさん。これに闇魔法でかなーり恐めに加工してくれない?」
「はぁ? 私は魔法の便利屋じゃないんだぞ……。ったく。貸して。ほらっ」
イザベラが頼んできたクラスメイトをにらみながら、魔法でお面の造形を整えていく。どことなく、切れ長の目がイザベラに似ていた。
「わぁ。すっごい怖くなった。さっすがイザベラさん。またお願いね」
「……朝はあんま調子よくないんだ。……やるなら夕方持ってきてよ」
すっかりクラスに溶け込んでいるイザベラを見つめると、イザベラがゆっくり近づいてきた。
「いまは、は、……はなしかけて……いいのか? 悪いのか? どっちなんだ」
イザベラはわたくしを思いっきりにらんだ。なぜか目が泳いでいる。
「あら。わたくしが言ったことを覚えてくださっているなんて、光栄至極にございます。どうぞ、お話しください。イザベラ」
わたくしがしなを作ると、ゾーイが吹き出した。
「おばけ役さ。おまえにどうしても、なんとしてもやってくれってお願いされたから、まぁ、しかたなく? やるっていったけどさ。いいのか? 私が本気だしたら、両親呼び出されるレベルだぞ……」
イザベラは嫌がっていると言うわりには嬉しさが隠しきれていない。もしかして、頼られて嬉しいとか? あまり笑ったことがないからか、頬が硬直している。笑いの筋肉不足? まだまだ鍛え方が足りませんね!
わたくしはイザベラにささやく。
「絶対にやります。おばけ屋敷とは、合法的にどれだけ脅かしても大丈夫な装置。ミラーさんとウィレムスさんはわたくしではなく、ゾーイに手を出したのです。それは絶対にダメなことだと教えなくてはなりません」
「ああ……フェイトさん。一生ついていきます、ね。私」
わたくしのひそひそ声を聞き取ったゾーイが、恍惚とした表情でわたくしを見つめます。
ドン、と固い音が響く。ゾーイが急にわたくしのところに倒れてきた。
「きゃあっ」
ゾーイの背中を抱きとめる。
「っっフェイトさん……いつも、助けてもらっちゃっ、て」
ゾーイが後ろを向いた。耳と頬が真っ赤。びっくりしたのですね。ケガがなくてよかった。
「あらあら~。ごめんなさいね。わざとではないのです。私には重すぎて運べなくて~。お久しぶりではなくて? お元気でしたか。アシュフォードさん、ゾーイさん。あら、イザベラさんはそちらに寝返ったと考えてよろしくて? まぁ~。変わり身のはやいこと、はやいこと」
ミラーがゾーイに木箱を持ってぶつかったのだ。
「いたっ……なにするんです、か。フェイトさんにケガがあったらどうするのです!」
ミラーに向かっていくゾーイをわたくしは制する。
「まぁまぁ。ゾーイさん。わざとではないと言っています。ほんと、気をつけてくださいね! ミラーさん」
わたくしは声を2トーンほど落として言った。
ウィレムスが甲高い声で笑う。
「やっぱり良いところの公爵令嬢は違うよね。この前の勢いはどうしたの? 急に良い子ぶって。また罵倒してみなさいよ!」
わたくしは首を振る。
「いえいえ。罵倒だなんて。あのときは、急に天から悪役令嬢が降ってきて、わたくしに乗り移ったのです! 自分でも制御ができなかった……。謹んで、お詫び申しあげます。大変申し訳ありませんでした」
あたまを下げると、フンッ、と鼻を鳴らされた。
「なにいってんのか全然わからない。前から蛇飼ってる変な令嬢だったけど、いまはまえにも増してヤバイよ。あんた」
ウィレムスが顔を近づけてにらむ。わたくしはにぃ、と頬に力を込めます。
「フェイトさん。こんな人たちにあたま下げる必要なん、て、ない」
ゾーイがなおも食らいつこうとするので、強く袖をにぎった。
「なんでも、いいですけれど。文化祭のくだらないお化け屋敷でしたっけ。アシュフォードさんがやりたいみたいなので、後は全部貴方がやっておいてくれないかしら~。私たち、パーティにいかなくてはなりませんの。貴方みたいに婚約破棄されない、素敵な殿方を見つけませんと~。おほほほほほほ」
ミラーとウィレムスは教室から出て行った。
「あいつら、どんどん増長していくよな。パーティーってパリピかよっ。いいのか? フェイト。やられっぱなしで?」
アメジストのようなきれいな紫の瞳で、するどくミラー達をにらんでいたイザベラが言った。
「パリピってなんでしょうか?」
わたくしが聞くと、イザベラが得意げにすごい早口でまくしたてた。
「そーんなことも知らないのか。パリピってのはあれだよ。パーティーに行きまくる陽気なやつって意味だ! フェイトや私……とは、無縁だな。パーティなんて……出たくない。暗い部屋にずっといたい……」
得意げに言った後、なぜか落ち込むイザベラ。
「ミラーさんたちといま言い争っても、中途半端に終わります。そうしたら、いつまでもわたくしたちに嫌がらせをし続けるでしょう。やるのなら、徹底的です。お客様を脅かすことが第一目標の、お化け屋敷という舞台でやる必要がある。そこで力を貸して欲しいのです。イザベラ」
イザベラはもうすこし、感情を隠すことを学んだ方がいいと思います。可愛いらしいですけれど。しかめっ面でものすごく尻尾を振っている犬のようです。
「私の力が必要? えっ? 私の力が必要っていま、フェイト、言ったのか? ……。そうなのか。し、しょうがないな。私じゃなきゃダメなのだろう。で、なにをするつもりなんだ?」
イザベラにごにょごにょと計画を話します。
「マジか。おまえ、怖っっ!!! もしさ、今も私がミラーたちと一緒に、フェイトに絡んでいたらどうしてた?」
わたくしは扇子を取り出し、悪役令嬢ポーズを決めた。
「もちろん。徹底的にやってやります。わたくしの大切なゾーイさんに手を出したのなら」
「フェイトさん、私、生涯添い遂げることを、ちかいま、す」
ゾーイがあいだに入ってくる。
「怖いな。敵に回さなくてよかった」
「イザベラとわたくしのあいだに手加減など無用でしょう。わたくしたちは……ライバルなのですから」
なぜか、強烈な恥ずかしさとむずがゆさが胸を突き上げてきたので、ぷぃ、と後ろを向いた。
「え? …… ななな、いま、なんて? ららら、ライ? おい。もう1回、言ってくれ!!!!」
わたくしは踵を返した。
「もう忘れましたよ。ふふ。文化祭の件、お願いしますね。イザベラ」




