28話 アラン殿下の罪と罰
【アラン殿下side 陛下に謁見】
――前日の夜。マルクール王城の王の間にて。
「父上、お呼びでしょうか」
俺は父上であるマルクール王にあたまを下げた。
父上は、プラチナブロンドの髪に同じ色の髭を生やしていた。玉座にだらりと座って、生気がない様子だった。
焦点があわないうつろな瞳を向け、俺に言った。
「おまえに任せた仕事が滞っているようだな」
「嘆願書関係でしょうか。滞りなくやっております」
アシュフォード嬢が手伝ってくれていた時はこんなに大変な仕事だとは思ってもいなかった。
いなくなってからはじめて気がつく。アシュフォード嬢は天才的な執務能力を持っていた。
「嘘をつけ! 様々なところからおまえの悪評を聞き及んでおるぞ。アシュフォード公爵令嬢と婚約破棄し、バルクシュタイン商会のご令嬢と婚約した話も聞いていない。よもや、そんなことが許されるとでも?」
「……申し訳ありません」
「なぜ、勝手に決める⁉ おまけに仕事も滞っている。これは、王位継承権をブラッドに渡す方がよいな。おまえの行動はあまりにも不可解で、国の王となる器ではない。平民として生きよ」
「数々の勝手な振る舞い、申し訳ありませんでした。ですが、嘆願書の執務の件が上手くいけば、お考えを改めてくださいませんか。平民で生きるなど、私には困難です……」
「去れ!」
「どうか! ご再考を!」
「うるさい! 去らぬか!!!」
「……失礼いたします」
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
「謹んで、お断り申しあげますわ!!!!!!!!!!」
アラン殿下はわたくしのジト目悪役令嬢ポーズを、だいぶ距離をとって見ていた。
「俺の願いを断る、と?」
アラン殿下の言動は怒気を含んでいた。
「アシュフォード嬢が仕事を投げ出したせいで、ブラッドに王位継承権がうつり、俺が平民になってしまうかもしれない。ただちに王城の執務にもどり、俺の信頼を取りもどせ」
わたくしはアラン殿下から出た言葉を理解するのに、相当な時間を要した。
……あきれてものも言えないとはこのことです。
その時、隣の馬車からブラッド殿下が降りてきた。
「ちょっと兄さん! このタイミングでフェイトさんを王城にもどして、仕事だけしてくれは違うんじゃない?」
ブラッド殿下、いけません! 階段を踏み外しそうに。目が開いてません。ブラウンダイヤモンドのような綺麗な髪がぱっさぱさで、いつも力強く動いているショートヘアはへちゃっ、としてます。
「うるさい! 出しゃばるな。いまはアシュフォード嬢と話している」
「なんでそんなに偉そうにできるの!? 王太子以前に、人としての人格を疑うよ! 自分がおかしいとは思わないの!!」
「そうです。アシュフォード様にお願いする前に、まず、婚約破棄の謝罪をしないと。許す、許されるじゃない、王家も関係ない! 自分のしたことをちゃんと謝りましょうよ」
バルクシュタインが口をはさんだ。
わたくしは悪役令嬢ポーズのまま、硬直しています。話がややこしくなってきた。
「どれだけフェイトさんが傷ついたか……。土下座しろ!! そのぐらいはすべきだ!!!」
ブラッド殿下はアラン殿下に詰めよった。
アラン殿下は鼻で笑って、ブラッド殿下をにらみつける。
「ふざけるな。どうして俺が、土下座などしなければならない? 王家の血筋だぞ?」
「まぁー。聞いてあきれる。婚約する相手を間違えたな。あたし、本当にいまの殿下、大っっ嫌いです。アシュフォード様に謝らないと、一生許しませんよ」
バルクシュタインが凍り付くような侮蔑の目を殿下に向けた。
立ち止まり、聞いていた男子生徒の1人が声をあげた。
「土下座すら手ぬるい! むち打ち刑ぐらい甘んじて受けろ!!」
ひとりが発した言葉が、皆に伝播し、アラン殿下を取り囲んだ。
「女をなんだと思っているんですか! アシュフォード公爵令嬢がかわいそうすぎます」
「ひどすぎる!! 悪魔の所業だ!!!」
「こんな奴と婚約しなくて、むしろ大正解だろう! アシュフォード公爵令嬢は!!」
アラン殿下は、まわりの生徒から罵られ、ショックを受けていた。
手袋をきつく握りしめ、眉間に強い皺ができ、歯噛みしてふるえている。
「お話しはすんだようなので、わたくしはこれで失礼いたします。ごきげんよう」
わたくしは足早にその場を立ち去った。
「待て、アシュフォード嬢!!」
アラン殿下は、わたくしをにらみつける。涼しげだった顔がずいぶんと醜く変わっている。
「くっっっ……。わかった!!!!」
多くの生徒が注目するなか、アラン殿下は膝を片足ずつ、ゆっくりと石畳につけ、正座の状態になった。
天をあおぎ、プラチナブロンドの髪を振り乱した。こめかみに青筋がでている。
眉間に皺をよせ、苦しそうな顔をしている。
ゆっくりと、地に手をつけて、屈辱的に歯をくいしばった。
地面に汗が垂れた。口がわなわなと震えている。
「ああっ」
やけくそになったかのような声を、殿下は出した。
アラン殿下は、地にあたまをゆっくりと伏せて、土下座をした。
「婚約破棄をしてしまって、大変申し訳なかった、アシュフォード嬢」
ざわついていた生徒達が静まりかえった。
アラン殿下が声にならないうめき声を漏らし、肩、手が震えていた。それほどに屈辱なのでしょう。
「そんなことをして、わたくしが喜ぶとでも? 平民になって生きるのもまた一興。王家の仕事もわたくしは部外者。できることなどありません。では、学校に遅れますので失礼いたします」
「助けてください。アシュフォード嬢!! もう貴方のお力を借りないと、どうしようもないところまで来ています。お願いします。力を貸してください」
振り返ると、アラン殿下は地面にあたまをこすりつけ、涙声になっていた。
多くの生徒達は固唾をのみ、わたくしと殿下を見据える。
わたくしは、おおきなため息をついた。
ゆっくりと扇子を広げ、時間をかけてから、言った。
「しかし、大変でございますね。殿下。わたくしごとき小娘がいなくなっただけで、ここまで大騒ぎなさるなんて。皆様、本日の学校は午前中はお休みにしましょう。嘆願書関係の引き継ぎをいまから一気に行います。さあ、わたくしとともに王城に参りましょう」
「アシュフォード嬢。感謝してもしきれません。ありがとうございます」
殿下は途切れそうな声で、なんとか言葉を紡いだ。
王城へ行き、アラン殿下とともに陛下と謁見した。
「なに。嘆願書の仕事が滞りなくすめば、アランの王位継承権をもどせ、と? 無理だ。寝ずに対応して、このていたらく。アシュフォード公爵令嬢とはいえ、どうこうできるとは思えぬ」
「ではわたくしが教示し、2時間で終わらせてみせます」
わたくしは言った。陛下とお会いしたのは1ヶ月ぶりだが、随分やつれたという印象を持った。アラン殿下の件などで心労がたまっているのだろうか。
陛下は玉座に背を預け、笑っていた。
「おもしろい。王位継承権1位は無理だが、見事やってのけたのなら、平民の件は白紙にしよう」
プラッド殿下、バルクシュタイン、文官数名に嘆願書等の処理のしかたを教える。
「まず30分、仕事を見せてください」
わたくしは砂時計を机に置いて、手を叩いた。
嘆願書の仕事は、まず、ブラッド殿下やバルクシュタインが内容を把握して、担当官がチェック、問題なければ、アラン殿下の押印という流れ。
ブラッド殿下の仕事を見る。
「殿下、そのまま提出せず、ご自身で文字や文章を整えてください。平民の方がきちんとした文字や文章を書くほうがまれです。担当官はよく文意がわからず、もどしているのでしょう」
「そ……それって大丈夫なのかな?」
「……たしかに褒められたことではないでしょう。しかし、内容自体を改ざんしてはいません。文を整え、スピーディーに皆様の思いを国に通しやすくしているだけです」
「なるほど! すごい! 細かなところに気がつくね。僕では全然気がつかなかったよ! 何度ももどってきて、時間がかかっていたんだ。これで2倍、いや4倍ははやく終わりそうだよ」
文官達がざわつく。
「さすが、アシュフォード公爵令嬢様だ。だからお一人で、この量をさばいていたのか、恐れ入る」
「アシュフォード様はこのように工夫してくださっていたとは。なぜ、こんなに差し戻しが激増したのか、不明だったが、そういうことか」
「バルクシュタインさん。メアリーが来ないのですが、彼女はどうしました」
「メアリーとはどなたですか」
「メアリーは届いた嘆願書を運ぶ女性です。まさか……夜遅くの帰り際に、大量の書類を置いていくだけになっていませんか」
「えっ? そのとおりです!! どうしてわかるのですか!?」
「彼女は寂しがり屋で、甘い紅茶が好きです。毎回来る度に紅茶を差し上げて、世間話をしてください。お孫さんを好いているので、お話を振ってみてください。きっと彼女から、こまめに足を運ぶことで、嘆願書が早く執務室に届くことになるでしょう」
バルクシュタインが驚く。
「さすがです。アシュフォード様! メアリーさんが夜遅くに大量に運んできて処理に困ってました!!!!」
おおよそ引き継ぎは終わった。大半の理由は手順やコツがわかっていないこと、コミュニケーション不足がおおきな原因だ。
「あともうすこしで終わります! 頑張ってくださいね」
皆さんが力をあわせ、1時間半をすこしすぎたあたりに、すべての書類が片付いた。
「やったあああああああああ。終わったぁ」
「アシュフォード様! すごい! 神! あんなに大量にあった書類が、本当に終わるなんて信じられません……」
「すごいなぁ。ほんとに2時間もかからず終わらせられたよ」
「あとは慣れ、時間が解決してくれます。それと、よく皆様でコミュニケーションをとってください。円滑に仕事ができるよう、一緒にお茶を飲むのもよいかもしれません。では、わたくしは陛下と謁見いたしますので。ごきげんよう」
ふたたび、アラン殿下とともに陛下と謁見する。
「ふはは。信じられぬ。あんなに残っていた仕事を終わらすことができるとは。アシュフォード公爵令嬢。見事な働きぶり、恐れいる。約束どおり、平民の件は白紙にもどそう。王位継承権はブラッドが1位、アランが2位だ」
「ありがとうございます」
「アシュフォード公爵令嬢。アランが勝手に決めた婚約破棄の件、まことに申し訳なかった。よければ再度、アランとの婚約を考えなおしていただくことはできないか。私からもどうか、頼む」
なんと。陛下が玉座から立ち上がり、わたくしにあたまを下げます。
わたくしは恭しく、申しあげます。
「謹んで、お断り申しあげます」
「……で、あろうな。優秀なアシュフォード公爵令嬢にはもっと相応しき男がおろう。アランではだめだな。すべては元には戻らない。逃がした魚は大きかったな! アラン! では下がれ」
王の間から退室すると、アラン殿下が言った。
「ほんとうにありがとうございました。アシュフォード嬢」
「もう、今後、わたくしに話しかけないでくださいね」
わたくしは本日いちばんの、会心の笑みをもって、びしゃりと言った。
わたくしは扇子を取り出し、言った。
「この程度の執務で滞っているようでは先が思いやられます。マルクールのさらなる発展の為に粉骨砕身、頑張ってください。それでは。ごきげんよう」
カーテシーをして、わたくしは去った。




