27話 もう遅い!
1日たって、ミラーの借金返済の件は解決した。ゾーイが勇気をだして、「フェイトさんに手を出さないで」とミラーに言ったそうだが、鼻で笑ってあしらわれたそう。ミラーらしい。まったく懲りていないですね。
学園に馬車を止める。最近は暑くなってきた。そろそろ、夏服の季節だ。
余命宣告に婚約破棄と激動の日から一週間がすぎた。
さて、わたくしは夏服を着るまでは生きられるのでしょうか。いまが4月なので、お医者様の予告どおりなら、7月には……。多少どころか、大幅に前後することはあるでしょうから、長期間の予定には手をださないでおこう。
いちばん時間がかかりそうな、遠くに嫁ぐこと。これは突貫工事で進めなくては。ただ、魔法でどこまでできるのか、わたくしのいるかも知れないニセモノを使うか。選択によって行程がだいぶ変わってきますね。
そういえば、病気の詳細の連絡がない。一週間ぐらいでは判明しないのだろうか。
考えているうちに、王家の豪奢な馬車が二台見えた。
従者の方が、馬車の扉の前で尻込みしている。
そういえば、昨日はアラン殿下はお休みしていた。ここ数日、ミラーへの借金返済に注力していたので、あまり気にとめていられなかったのですが。
「ごきげんよう。いかがなさいましたか?」
「こ、これは。アシュフォード様。おはようございます。実はアラン殿下とバルクシュタイン様が出てこなくて、扉を開けてもよいか逡巡していました」
わたくしはうなずき、ノックをした。
「もし、皆様、学校に到着しておりますよ。降りていらして」
……。耳をすますが、応答がない。
従者の方、心配そうにわたくしに目を向けます。
わたくしはうなずき、深呼吸をした。
すーーー。
はーーーーーーーーーーー。
「たのみますわ!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!」
扉をバン! と開ける。
「うわぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ」
「……。あ、ごきげんよう。アシュフォード様」
わたくしは下品にも口をあんぐりとあけてしまい、あわてて、てのひらで目をおおって、見ていないですわ! ポーズをとった。さりげなく指の間をすすすー、とすこしずつ空けてすき間からふたりを見ていた。
見ていない。見ていない。わたくしはなにも、見ていませんからね。
そこには見てはいけない衝撃の痴態が……。
アラン殿下は赤い絨毯を敷いた馬車の床に死んだように転がっていて、わたくしの「たのみますわ」によって飛び起きたらしいが、その前に見てしまった。
同じく絨毯に転がっていたバルクシュタインは、殿下とからだを逆向きにして寝ていて、殿下の顔を靴で踏みつけていたのだ。
こ、、これは……破廉恥行為なのでしょうか。
わたくしは扇子で熱を持つ頬を隠した。
「おふたりとも、そ、そういう、、、、、ことは、、、正式に結婚なさってから行わないと……い、、いけませんわ」
「誤解だ。すぐにここから出ろ!」
殿下が破廉恥行為? を見られたからなのか、大変お怒りです。……。わたくし、なにも見ておりませんよ?
「いや、その言い方はないでしょうよ。殿下。偉そう! アシュフォード様に謝って。せめてお願いして、出てもらってください」
殿下の肩をぺちん、と叩き、指示するバルクシュタイン。
あれ。わたくし、このふたりが話しているのを、初めて見た気が。強烈な違和感を感じます。
「いいから、早くでろ! アシュフォード嬢!」
殿下が怒鳴るので、わたくしはあわてて、馬車を降りた。
下車中にバルクシュタインが鬼のように顔をつり上げ、殿下を小突いているのを見た。
俗にいう、尻に敷かれるというやつなのでしょうか。顔を足蹴にされていたようですが。それも、尻に敷かれるという行為の一環? バルクシュタインがあまりにもわたくしへの対応と違うものだから。殿下はわたくしと一緒の時は、男らしくエスコートしてくださいました。
もしかして、気の強い令嬢がお好みでしたか?
すぐに殿下とバルクシュタインが出てくる。
破廉恥行為? があって、あまりお顔を見ないようにしていたが、殿下が別人のようになっている。。美しいプラチナブロンドで輝いていた髪はぱさぱさで、涼しげな蜂蜜色の目はくすみ、目元は落ちくぼんで、隈というか、陥没して見える。
バルクシュタインも眠そうだが、殿下ほど酷くはない。昨日は眠れたようでよかった。
「アシュフォード様はあたしたちを起こしにわざわざお声がけくださったんですよ。そうですよね? ほら、謝りなさい。殿下。あたま、さ・げ・て」
なんと……。バルクシュタインは、殿下のあたまをむんずとつかみ、むりやりわたくしにあたまを下げさせた。殿下のイメージがわたくしのなかで著しく変化しつつあります。
「も、申し訳なかった。許してくれ」
「い、いえ。気にしていません。あと、わたくしはなにも見ていませんからね」
破廉恥行為のことを思い出し、わたくしは目を手のひらでおおった。
殿下がごにょごにょと バルクシュタインに耳打ちする。
「えー。嫌ですよ。なんで自分で言わないんですか。ちゃんと自分で喋らないと、言葉忘れちゃいますよ」
バルクシュタインは殿下を後ろから雑な様子でどーんと、押した。
わたくしに男女の機微などわかるはずがない。しかし、これは。仲がいい関係だけに許されるなにか、なのでしょうか。理解に苦しみます。わたくしにはあまりにもバルクシュタインの立場が上のように感じてしまう。これもひとつの愛の……形なのですか?
「アシュフォード嬢が担当していた業務が滞っているどころではない。まったく追いつかず、俺たちはここ数日寝ることも困難だ。だから、王城にもどって、仕事を引き受けてほしい」
わたくしはあたまにあるセリフが閃く。
扇子を豪快に開いた。
「容姿、いじめ容疑で悪役令嬢扱いされ、婚約破棄されたわたくしですが、受け持っていた仕事がだれにもこなせないから、いますぐ戻ってきてくれですって? わたくしはすでに新天地でやりたいことにあふれて、楽しくやっていますのでもう遅い! 遅すぎますわ!」
アラン殿下はぴくり、と眉を跳ね上げた。
バルクシュタインは大きな瞳をさらに開いた。
「どういう意味、でしょうか?」
バルクシュタインがおそるおそる聞いた。
「すこし前に流行った悪役令嬢ものの小説タイトルを拝借しました。回りくどくてすみません」
わたくしはカーテシーをした。
「謹んで、お断り申しあげますわ!!!!!!!!!!」
わたくしは扇子で口もとを隠し、笑う。
殿下はあっけにとられているようだ。なにも言ってこない。
バルクシュタインが堪えきれずに息を漏らし、我慢できないとばかりに大笑いした。
「あははは。やっぱりかっこいいなぁ。アシュフォード様は」




