17話 ①ジョージ護身術 + ②【アラン殿下執事 コナーside】歳をとると、涙もろくなっていけませんな。
木刀が弾かれて、床に転がった。
「よし、ここまで」
ジョージがくるくるした髪を手で伸ばす。
正直驚いた。初めての剣術でまさか自分がここまで動けるとは思わなかった。まるで、自分ではないものに操られているみたいだった。
しかし、恥ずかしい。バルクシュタインに大口を叩いておきながら、肩で息をしている。ダンスとは勝手が違うか。それに、体力が落ちている。病気の影響か、王城での座り仕事でなまったか。
「思ったよりもやれるな。剣はいくつからやっている?」
「剣を……にぎったことは……ございません」
「嘘はつかなくていいぜ」
「貴族令嬢は剣など握りません」
ジョージが考えこんだ。
「じゃあ、なにをやっていた?」
「ダンス、外交術、テーブル、食事マナー。歌、ピアノあたりでしょうか」
「ふむ。ダンスか、魔法は使えるか?」
「いいえ」
「なるほど。わかったぜ!」
ジョージは、するどい目をすこしだけゆるめた。
「わたくしが身を守る妙案みたいなもの、ございますか?」
わたくしは期待して、声がうわずります。
ジョージは任せろ、という雰囲気で胸を叩く。
まぁ! 頼もしすぎます!!
「あきらめろ、1ヶ月じゃ無理だ。嬢ちゃんがすべきことはいままでの経験を活かして、花嫁修業だ」
わたくしはずっこけた。
っっっ。ですわよね。剣は、令嬢の遊びとしては及第点でしょうが、実戦では通じない。これなら全速力で逃げたほうがまし。
「花嫁修業など、つつがなく終わっています。そして、婚約破棄も経験済み!」
わたくしは堂々といった。
「そうか……。なんか、すまんかった。元気出せよ。飴食うか?」
「ください! わたくし、強くならなければなりませんの! いまのわたくしにできる護身術を教えてもらえないでしょうか」
飴を口にほおばる。甘い幸せが、脳を満たした。
ジョージの子どもがわたくしの膨らんだ頬をじっと見ている。
ジョージは髪をがりがりと面倒そうに掻いた。
「あきらめねぇか……。まぁ、嬢ちゃんに相当な覚悟がない限り、貧民街の俺のところにひとりで訪ねてはこねーとは思っていたよ。でだ、強くなりたいっていうのはバカがいうことなんだよ!」
「バカ? ひどいです。あんまりですわ!」
ジョージが大げさなため息をついた。
「ちげぇ。嬢ちゃんに言ったんじゃねーよ。強くなるっていうのは漠然とした概念だ。そんなふわふわした目標で、ずっと剣を振るってきたやつ、戦争で生き残ったような猛者に通用するとでも? 前提が間違っている。例えば、相手に勝たせないようにしたい。これなら可能かも知れない」
わたくしは目を見ひらく。
ジョージの子どもが鼻をこする。
「お父ちゃんはすげーぇんだから」
わたくしのニセモノ? がどんな理由でジョージを選んだのか知らない。だけど――。
「ぜひ、ご教示いただけますか。ジョージ護身術を」
「しょうがねぇな。最初にいちばん大事なことをいうからよ。これだけは絶対に忘れんじゃねーぞ」
「はい。先生!」
「……。ジョージでいいよ。先生なんてがらじゃねぇ」
ジョージのいうことをあたまにたたき込んだ。
「よし、今日はここまで。これから毎日2時間稽古する。学校が終わったら来い。これは寝る前にやっておけ。練習メニュー作成料として次来るときに金貨1枚持ってきな」
「ま……またお金ですか!」わたくしはメモを見る。
「まあぁ……。剣で素振り500! 腕立て、500! ほかにも、こんなに! 一ヶ月後には小指で剣が持てますわ」
「いやなら、やめてもいいんだぞ」
ジョージはわたくしに本気で剣を教えようとしてくれている。例えわたくしの腕がゴリラになっても、嫁の貰い手の心配は必要ない。わたくしには死がむかえにきてくれるのだから。
「っっっっ。承知いたしました。今日はありがとうございました」
「頑張ったね。お姉ちゃん。またね」
ジョージの子どもが手をふる。
「また明日ね」
馬車に乗りこんだ。
わたくしが受理した貧民街の嘆願書の内容は、子どもたちに伝染病の薬を配布してほしいというもの。それは実行されていなかった。薬は高価で貧民街に住む人には買えないだろう。
わたくしは家につくまでの間、残り時間となにをするべきかを考えた。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
こんばんは。アラン殿下坊ちゃまの執事、コナーです。
坊ちゃまの執務室をノックする。
「民から苦情がきております。嘆願書や執行予定のものが遅延している。どうなっているんだと」
「ブラッドとリリーに任せたが? どうなっている?」
坊ちゃまはブラッド殿下の机をいらだたしげに叩く。
「フェイトさんみたいにはいかないよ。全然終わらないから、確認の為の追加の嘆願書が複数きて、過去のと照らし合わせる作業が発生していて。遅くなってごめんなさい」
ブラッド殿下は申し訳なさそう。いえ、貴方様のせいではありませんよ。悪いのはすべて坊ちゃまです。アシュフォード嬢との婚約破棄をなさるから。
「ちっ……。とにかく急げ。おまえは遅いんだ。というか、リリーはどこに行った? さっきまでそこに座って……」
「バルクシュタイン嬢は夜更かしは美容に悪いからと、もう休みなりました」
坊ちゃまはバルクシュタイン嬢の机を強く、叩く。
「どいつもこいつも……。リリーをたたき起こしてこい! あと、余った仕官を呼んでこい。俺は近々アルトメイア帝国にいかねばならんというのに!」
「そんな余分な人員はおりませんぞ……はぁぁぁ」
儂はこめかみを揉む。
坊ちゃまは自席に戻って、ワインをあおる。
「おやめなさい、坊ちゃま」
儂はグラスをとりあげる。いままでは執務中に飲んだりしなかったのに。
「うるさいっ。俺に口答えするな。あと、坊ちゃまはいい加減やめろ」
坊ちゃまは静かに怒る。
「儂が言わなかったら、だれが坊ちゃまを止めるので? 気に入らなかったら、儂の首を落とせばいいですよ。老い先短い身、怖くなどありませんわ。死ぬことになったら、後悔しかありませんがね。儂はアシュフォード嬢の花嫁姿と、坊ちゃまのタキシード姿が見たかったです」
儂は泣きそうになってしまった。うそ偽りない、本心だからだ。あんなに健気なアシュフォード嬢の悲しむ姿を思うと、坊ちゃまとはいえ、怒りがこみ上げてくる。
「頼むから、静かにしてくれ……」
今日も徹夜ぐらいで済めばいいのですが。




