16話 これはデジャブ?
馬車はアシュフォードの蛇の家紋が入っていて、目立つので、町の端に止めてもらった。
「お嬢様、ほんとうに行かれるので? 貧民街にひとりは危なすぎます。せめて、騎士様と一緒ではだめなのですか」
従者に心配されるが、もう騎士のジェイコブはいない。
「大丈夫です。なにかあったら大声を出しますので、その時は助けを呼んでください」
「わかりました。無事を祈ることしかできないですが、待っています」
それで十分と、馬車を降りた。
正直、こわい。 しかし、本に勝手に書かれてた【ジョージ護身術】のこと、目にうつった謎の映像の真相に近づけるかも知れない。
――気になりますわ!
わたくしは王城で嘆願書処理を担当していた。そこには貧民街からの嘆願書も多かった。わたくしがいくらはやく処理しても、実行する側の人数は限られる。どうしても貴族や商人が優先順位が高く(お金になるから)貧民街は後回しになっていたのは知っていた。
そして、わたくしは実際の貧民街に一度も足を踏み入れたことはなかった。
まさか、ここまでひどい状態とは……。
崩れかけた壁に子どもがよりかかっている。その顔にはブツブツのできものができてハエがたかっていた。
汚れた服の男性がわたくしを凝視する。ひどく痩せ細っていた。
ひどいにおいが鼻につく。
すれ違う人、みんな痩せて、できものができていた。わたくしが受理した嘆願書は一体いつ、聞き入れられるのでしょうか。
みんな、わたくしを一瞥し、そして、諦めた目を寄こす。どうせ、だれもが見て見ぬ振りをするんだ、といわんばかりに。
貧民街はバラックが立ちならび、雑然としていて目的地がどこかわからない。
「もし。【ジョージ護身術】はどちらでしょうか」
壁にもたれかかって、うつろな目を向ける少年に聞いた。丘を指さした。
「ありがとう」
丘の上に【ジョージ護身術】はあった。
強く押すと崩れそうな門をそっと、ノックする。
「たのみますわ!!!!!」
しばらく待ってもなにも反応がない。
「た、たのみます――」
「うるさいよ。勝手に入っていいのに。うわっっっ!!!」
子どもが出てきた。金色の髪がカールした、チャーミングな子。6~8歳ぐらいか。顔にはできものができている。わたくしを凝視する。こういう視線には慣れているが、子どもは思ったままを言うので傷つくことも多い。覚悟を決めた。
「お姉ちゃん。道場破り? それとも……魔女? かっこいい目だね」
「当たらずとも遠からず、ってところでしょうか」
驚いた。かっこいいとははじめてだ。
「……なにいってんの。魔女って騎士1万人より強いってほんと?」
「魔女によっては、でしょうか。わたくしは騎士1人にさえ負けるでしょうけど」
「なーんだ、弱いのかあー。だから強くなりたいってこと? いいじゃん。ついてきなよ」
男の子は急に、わたくしを友人と認めたように飛び跳ねて、肩を叩いた。強さを求める者は、男女隔てなく仲間、ということでしょうか。世界観が崩壊してまいりました。
敷地を歩くと、道場に出た。床に無数に穴が開いている。
男の子は顔のできものを掻く。そこから血がでてきた。
「これをお使いなさい」
ハンカチを差し出した。
「いらない。汚れるし、お姉ちゃんに返せない」
「返さなくていいから」
わたくしは押しつけるようにハンカチを握らせた。
「ありがとう。お父ちゃん、お客さんだよ」
「あんた……。マジか、マジで来たのかよっ」
男の子のお父さんでしょうね。髪が金髪でカールしている。そっくり。めんどくさそうに髪をガリガリとかいた。
「貴方がジョージさん、でして? わたくしと会ったことが……ありますの?」
ジョージははぁ、とため息をもらす。
「……あたまでも打ったかよ。そもそもあんたが護身術を習いたいって押しかけてきたんじゃねーか」
「どういうことですか? いつ? わたくしがここに来たのですか?」
わたくしは今日、はじめてここにきた。建物の場所だって知らなかった。ただ、自分でも不思議なのは、この親子に会ったのははじめてではなさそうだということ。数年ぶりにあった遠い親戚に近い感覚だ。
あたまをぽんぽんと叩いて、ジョージは言った。
「マジかよ……。で、どうする? ほんとに習うのか、それとも金を返してもらいにきたのか?」
「それは、前金の金貨1枚……のことでしょうか」
「そうだな。やっぱ覚えてるじゃねーか。よかったな、その……あたまのほう。無事でよ」
本に書いてあるとおりだ。わたくしが前金を持って、ここに来たということ?
いくつか仮説は浮かんだ。
1.なにかしらの魔法攻撃にあっている可能性。記憶操作や、記憶を消したりできるなら、間違いなく魔女クラス。そんな魔法が使える魔女など聞いたことがない。いや、そんなことができるなら、秘匿するに決まっている。もしできるなら、黒闇の魔女、穢れの魔女あたりか。あとは呪いを応用した魔法と仮定すると、茨の魔女。茨の魔女は北の強国、ゴルゴーン王国に幽閉されているという噂。
わたくしは照覧の魔女の娘だが、無能力。わざわざ攻撃するだろうか。魔女が動くということはすなわち、戦争だ。ゴルゴーン王国はアルトメイア帝国と冷戦状態。我がマルクール王国に戦力を割いている場合ではないはず。隣国のアルトメイア帝国とは同盟までは結んでいないが、不可侵条約は結んでいる。お母さまのおかげだ。
2.これがいまのところかなり濃厚だが、わたくしのニセモノがいて、ニセモノがここまでのお膳立てをした。似ているのであれば、わたくしの家にも潜入可能だ。婚約破棄される前は遅くまで王城で殿下の仕事を手伝っていた。
いくらでもその隙はあったはずだ。
あくまで仮説。この考えにとらわれてはいけない。柔軟に動かないと。
「なにぶつぶついってんだ? やるなら、約束の金をよこせ」
ジョージは手をくいくい、とわたくしに向ける。
「わかりました。お納めください」
ジョージが舌打ちする。
「金が足んねーぞ。約束は金貨10枚だったはずだ」
「あれ……おかしいですわね。前金金貨1枚渡しているはず、合計10枚では?」
ジョージの顔が強ばる。こ、怖い!
「計、11枚だ! おい! あんた、いいところのお嬢ちゃんだろうが! 金貨ケチってんじゃねーよ」
「っっっっ。すみませんでした。出します……」
ポケットから隠していた金貨を手渡す。まるで強盗みたい。あと3ヶ月しか生きられないので、武器となるお金はとっておきたいのでした。
「大切にしてくださいねっっ。わたくしの必死に貯めたお小遣いです!!」
ジョージの手を握りしめ、お願いした。
「さ、さわんな。わーたよ。たしか、1ヶ月しか時間がないんだよな?」
ジョージは手をぶんぶんとばい菌を払うみたいに振る。ひどい。
「左様でございます」
「じゃあ、早速実戦だ。かかってこい!」
木刀を手渡される。
正直、木刀が似合いすぎるジョージは先生としていかがなものかと思います。
しかし、わたくしの左脇腹に刺さった映像の痛みは本物だと思った。
死。それを退けるため、ここで護身術を学ぶとします。
たとえ罠かもしれないが、手がかりが得られるかも知れない。
イタムを避難させた。
「たのみますわ!!!!!!!!!」
ジョージの子どもが耳を塞ぐ。
「声がうるせぇ! さっさとこい!」
「はい!!! すみません。いきます!!」




