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【完結】 悪役令嬢が死ぬまでにしたい10のこと  作者: 淡麗 マナ
最終章 最期にわたくしがしたいこと

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104話 フェイト・アシュフォードの〈死〉と最期の願い

 わたくしはイタムを両手にのせた。

「もう、時間なのですね」

「ごめんねぇ。フェイト」

 イタムは伏し目がちにいった。

「なぜ、謝るのですか。皆様が一生懸命考えて次につなげてくれた力です。すべてのことがうまくいくことなどありえません」

 わたくしはまばゆき空を見て、目をほそめて、イタムに笑いかけた。



「すごいな。フェイトには驚かされてばかりだ。記憶がうしなわれそうになっても、まったく動じてはおらぬな」

 感心したようにマデリンがうなずく。


 マデリンにむかってふりかえり、波風になびく髪をかきあげ、近づいた。


「はじめから、死ぬ覚悟はしておりましたから」

「それでこそ、照覧の魔女よ。若いながら、しっかりとしておるな」



 マデリンのほそい肩をつかんだ。

 マデリンが不思議そうにわたくしを見あげ、首をかしげた。



「そんなわけがないでしょうが!!!! いままで、ずっと、人生の残り時間を意識せざるをえない生活を送ってきたのですよ!!!今回だって、生き残れるとは思っておりませんでした!!! それを、はい、生きのこりましたあーって急にいわれたのです。いったいこれからどうやって生きたらいいのか、ぜんっっっっっっっっっっっっっっんんん、ぜんっっっっっんんんんっっっっっ!!!!! わかりませんよ!!!!」

 声はガラガラ。肩で息をした。

 マデリンは、はっとした顔をした。

 イタムが首を、へんにょりとして、うなだれた。



「そうであったな。フェイトは、ずっと命を担保にとられておった。つらかったであろうな。実に申し訳ないことをした。だが、命を担保にしてしか持続できぬ世界など、いびつにすぎる。今後も、もし、そういう事態におちいるとするのなら、妾がその役目を引き受けよう。まぁ、妾がいちばんこの台詞をいうに相応しくない奴じゃが」

 マデリンは、そっと、わたくしを抱きしめた。白い首すじからほんのりと甘い香りがした。


「フェイトは、いまは、うれしい? それとも、悲しい?」

 イタムが目をしばたたいた。


「両方、です」

「最期になにかしたいことは、ある?」



 考えていたのは、つねに残される皆様のことだった。

 では、わたくし自身の最期にしたいことは? まったく考えてもいなかったことだ。



 いままであったことを思いだしていた。光る太陽のまぶしさをきっかけとして! わたくしのなかに燃え上がる思いが突き上げてくる。

 まるで、蓋をしていたなにかが、勢いによって、吹き飛び、それが、あふれ出してきた。



 太陽のようにまばゆく、わたくしのことを思ってくださったあの方のことを。




 ――わたくしは、最期に、花嫁衣装を着て、アラン殿下と結婚がしたかったのです。



 奥歯を強く噛む。てのひらを壊れるほどににぎりこんだ。爪が突き刺さる。うなだれて、首を何度もふって、全身をかけめぐる強い衝動を、必死で、おさえこんだ。



 ここまで生き抜けたことが奇跡。次のフェイトへと命を引きつぐことができた。わたくしがそこまで望むのは過ぎた願いというもの。




「イタム、わたくしはなにひとつ思い残すことも、やり残したこともございません。この魔法のおかげで、次のフェイトに託すことができました。感謝しか……ございません」

 くちびるの震えを隠すように強く、笑った。


「じゃあ、なんで泣いているんだい」

 そういうイタムの片目から涙がすっ、と鱗をつたっていった。涙と太陽によって白く光る。


「こ……これは、うれし涙です。まさか、生き残れるとは思わなくて、ほんとうにうれしいのですよ」

 わたくしはあわてて、目尻を強くぬぐった。頬を真横にぐうぅぅと、ひっぱって笑顔をつくった。



「私のまえで強がらなくても、いいよぉ。最期ぐらい、ほんとうの気持ちを伝えて」

 イタムはぼろぼろと泣いて、口を震わせた。




「わたくし、アラン殿下と結婚して、花嫁衣装が着たかったのです……でも、それは、時間的に無理です……。イタムにいっても困らせるだけ。最期のわたくしがしたいことが、こんなことだったことに自分自身が驚いています」

「ごめんね。こんなことなら、アニエスの願いなど突っぱねればよかった。私は記憶が消えるっていう経験をしていないのさ。記憶が死ぬ。それはすなわち、死ぬってことなんだろう? じぶんが体験していないことを孫に背負わせるって意味を考えてなかったよぉ。私は楽観的にすぎるね。嫌になるよ」

「いいえ。これはお母さまが必死でわたくしのことを考えてくださった結果の変化です。感謝しかありません。わたくしの記憶は死んでも、フェイトは死なないし、これは()()()です。すべてはわたくしのわがまま。まさか、じぶんにこんな気持ちが残っているとは。余命を知った時から覚悟していたつもりだったのに……生き残れると思ったら、これです。まったく、ひとの願いとは際限のないものですね」

 イタムは止められなくなったわたくしの涙をなめてくれた。


「ずっとイタムはそうでしたよね。いつもわたくしの涙をなめてくれました」

 イタムのあたまやあごをなでた。イタムもわたくしもなみだで濡れていた。その様子を見て、ふたりして笑った。



 わたくしはイタムの姿のうしろに、お母さまの気配を感じた。




 ――ああ、ひらめきました!!




 はじかれたようにイタムに向きあった。

「あの、わたくし、最期にやりたいことを思いつきました。たしかこの魔法には拡張要素があったのですよね。できますでしょうか?」

 イタムに内容を話す。


「いいねぇ。そうしよう。私もそのほうが良いと思うよぉ」

 イタムは何度も首をふって、口をあけた。

「さすが、私の孫、アニエスの子どもだよ」

 イタムはうれしそうにいった。






 召使いが木の棒をわたくしに手渡した。

「フェイト。この3ヶ月の体験を、つぎのフェイトに伝えるんだ」

 イタムがいった。


「いま、さよならをいってもよいかの?」

 マデリンはがらにもなく、気をつかっていった。

「いいえ。さよならはさびしすぎます。わたくしは死ぬわけではない、新しいわたくしになるだけです」

「そうか。すまぬ。余計なことをいった」


「マデリン、ありがとうございます。貴方はとてもよい悪役令嬢でした。絶対に忘れません」

 わたくしがあたまを下げると、マデリンはさびしそうに手をあげた。


「妾はいまのおまえが、とても好きじゃったよ」

「つぎのわたくしもおなじフェイトですよ!」

 わたくしは精一杯手をふった。



「では、妾たちは馬車で待っている」

 マデリンはそう言い残し、イタムを連れていった。




 棒で文字が書ける、柔らかい地面を見つめ、あたまをひねった。



 この3ヶ月、つねに死におびやかされていて、ゆっくりと考える時間もなかった。

 つぎのフェイトへなにを伝えるべきなのか。

 ぎらぎらとしてきた太陽をにらみつけたり、濃い蒼の宝石のような海を見つめながら、考え、書きはじめた。




<運命という理不尽を、わたくしは毛嫌いしてきたけれど、それはダンスの相手のようなものだった。相手にあわせて、踊るだけ。時にあまりにも暴挙を働くのであれば、見せつけてやればいい。わたくしがだれなのかってことを。そう、わたくしたちには戦う力がある。立ち向かい、それでも難しければ、だれかに助けを求めて。きっと助けてくれるし、わたくしの力のなさはその為にある。足りないものは、すべて、わたくしの武器なの。



 ps マルクールの悪しき伝統、土下座。それを、清濁あわせ呑むのがわたくし。それすらも利用すればよい。というわけで、アラン殿下に土下座して、婚約破棄した許しを請うてね。まだ取りもどせるチャンスがあるのなら、全力で向かっていくべきだわ……。偉そうにごめんなさい。すべては思春期のとんがった心の角と、春特有の気配があわさったすえの、気の迷いであった、と伝えて、盛大な土下座をしてください。ほんとうにこんなことを頼んでごめんなさい。



 アラン殿下とお幸せにね。がんばってね!>



 読みなおして、最後の“がんばってね”と書いた文字を消した。



 あたまが痛くなり、終わりが近いことをさとった。

 わたくしは太陽に顔を向け、両手をひろげた。


 うしろをふりかえると、十字の影ができていた。


 その後ろに、お母さま、そして、8人のわたくしの気配を感じる。

 わたくしはその場で挨拶(カーテシー)をした。



 太陽を見て、アランの柔らかくて、さらさらとしたプラチナブロンドの髪を思いだす。強い意志を秘めた、蜂蜜色の瞳を思いだした。

 わたくしはみんなのことを思いだす。

 ひとりひとりにお礼をいった。



 ――よかった。わたくしは死すらも、偽装できた。つぎのフェイトに任せることができる。




 ――たったのひとつの悔いも、後悔も、ないわ!




 ――あとは、よろしくね。フェイト・アシュフォード!




























 あたまが痛い。が、それは、すこしずつおさまっていった。


 ここは……どこだろう。王城の立食パーティに参加したところから、記憶がない。

 もしかして、飲み過ぎてしまったか。



 照りつける太陽と、見慣れぬ馬車と、海が見え、潮風がわたくしの髪をゆらす。



 わたくしは頬が濡れていることに気がついた。



 ――なんで? もしかして、泣いているの?



 胸のなかに、なにかの残滓が残っている気がした。胸が押しつぶされるようで、肺も苦しい。でもそれがなんなのか、思い出せない。


 馬車から、見知らぬ白髪の大男と、目を閉じた茶色の髪の少女が出てきた。


 その子の肩にはイタムが乗っていた。


「イタム! どうしたの?」

 駆けよった。イタムがぽろぽろと泣いているからだ。こんなことは初めてだった。

「なにかひどいことを……このひと達にされたの?」

 そういっておいて、わたくしはなぜか、そうではない確信めいたものを感じて、少女と男にあやまった。



 イタムはわたくしに飛びのって、涙をなめてくれた。


 そこで、わたくしはあしもとに書いてある文字を見つけた。


「えっ……。これって……わたくしの字?」

 イタムはよくわからないとでもいうように、首をかしげた。


 波のはじける音が、お腹をつたって響く。

 わたくしは書かれた文字を、見つめつづけた。

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