100話 たったひとつの冴えたやりかた
子どものように高い声で、マデリンが笑った。
「では頼もうか、となると思うか? 妾と敵対する者にいくら過去にもどる為とはいえ、殺しを頼むわけがなかろう?」
「そうですよね。申し訳ありませんが、忘れてください。さあ、どうぞ、喉を切り裂いて、地獄の痛みのなか、過去にもどって、イタムを回収ください」
わたくしは殿下が座っていた岩に腰掛け、マデリンを眺めていた。
召使いが、マデリンの細い首にナイフをそわせた。
マデリンの首がすこしだけ、のけぞった。
マデリンの額から、大粒の汗が吹きだしてきた。
「フェイトよ」
か細い声で、マデリンが言った。
「どうしましたか?」
わたくしはあごに手をのせたまま、興味なさげに答えた。
「ほんとうにおぬしの技であれば、痛みはないのか?」
「ええ。師匠に死のすれすれまでしごかれましたから、腕はたしかですよ。わたくし、よくあの修行で命を落とさなかったなぁと、いまでも不思議に思っております」
マデリンは口をへの字に曲げて、まゆげをぴくぴくと動かした。
「気が変わった。やってくれぬか」
「そうですか。いくら最強であっても、痛みを軽減できる魔法は持ち合わせていないということですね。わたくしだって痛いのは嫌ですもの」
わたくしはドレスのお尻をはたいて、たちあがった。
「すまぬな。世話になるぞ」
「いえいえ。わたくしとマデリンの付き合いではないですか。遠慮は不要ですよ」
わたくしはゆっくりとマデリンに近づいていく。
マデリンの細い首、すらりとした足をながめる。
わたくしはあたまを振った。髪が頬にかかる。
「ああ! やっぱり無理ですね! 無理!! かわいらしいマデリンがいくら痛みがないとはいえ、血まみれになるのを見たくはありません。よくよく考えたら、わたくし、公爵令嬢でした。令嬢が殺しや、血まみれなんて間違っています。馬車のなかで待っておりますね」
「……唐突に公爵令嬢などもちだしおって。もうそこからずいぶん遠くへと来てしまっておるぞ。フェイトから提案しておきながら、ほんとうに……痛みなく殺しては……くれぬのか」
泣きそうな顔になりながら、マデリンが懇願した。
「嫌ですよ。血まみれは。わたくしは紅茶と茶菓子と甘いものが好きです」
「では、最初から言わなければよかったじゃろう!!! ひどいぞ!!! フェイト!!!! 妾は痛みなく死ぬことで心が決まりかけておったのに、急にはしごを外して!!!!! 悪い女じゃ。たぶらかされたぞ!!!!!」
マデリンは召使いをふりほどかんばかりに暴れまわった。
「そうですよ。わたくしは稀代の悪役令嬢であり、悪女であり、フェイト・アシュフォードです」
胸をはって、マデリンに言った。
「まあ、でも。痛いのはほんとうに嫌ですよね。わかりました。今回だけ出血大サービスですよ!! ……やっぱり血まみれでしたね」
「ほんとうか! なんといい奴じゃ。フェイト!! 大好き!!!!」
「まったく、調子いいんですから。では、こちらに来てください」
召使いが、さきほど座っていた岩にマデリンを寝かせる。
「寝心地があまりよくないのぉ」
「わがまま言わないの! いいですか」
と、言って、マデリンの頸動脈をさわる。
「ふふっ、くすぐったいのぉ」
「はい。我慢して。ちょっと物騒な話をしますよ。ジョージ師匠曰く、頸動脈というのは、首のなかでも、下の方が痛覚がすくなくなっています。だから、頸動脈と心臓を同時に差します。からだになにか入ってきたなっという感覚と同時に絶命できます。痛みはいっさいありません。マデリンの従者の方にも手伝ってもらっていいですか?」
召使いはうなずき、マデリンの心臓にナイフを突き立てた。
「心臓は強く、一瞬で貫いた方がいい。わたくしの剣をお使いください。交換しましょう」
召使いは会釈をして、互いに武器を交換した。
「なんだかすまぬな。妾の為にここまでしてもらって。フェイトはいつも親切であったな」
くちもとは笑ってはいたが、額は脂汗でじっとりとしていて、呼吸も浅い。彼女の汗を指でぬぐってあげた。
「ほんとうですよ。貴方が死なないと過去にもどれないというルールでなければ、そうとう変なことをしていますよ。では、わたくしのかけ声、3、2,1,0で行きます。躊躇なく、一気に刃物を突き刺してください。よろしいですね」
召使いはまっすぐにわたくしを見すえ、うなずいてみせた。
「マデリン、覚悟はよいですか?」
「問題ない。フェイト、感謝するぞ」
「では!!!!!! 3、2、1!!!!!!!!!!」
召使いと目を合わせたまま、カウントダウンする。
「ちょっと待ってください!!!!!!!!!!!!!!!!!!! くしゃみでちゃう!!!!!」
マデリンと召使いは肩をおおきく落とした。
わたくしはマデリンの肩に覆いかぶさるように、くしゃみをする。
「脅かすでないぞ!!! 心臓が飛びでおったわ!!!!!!」
マデリンが起き上がろうとした。
わたくしはその肩を押さえた。
わたくしのドレスから白いものが、ぽとり、とマデリンの肩に落ちた。
「なにをする。フェイト。手をはなせ。うん?」
「すみません。くしゃみで体勢を崩してしまって!」
「肩になにか乗っておるぞ!!!!!!!!!! 取れ!!!!!!!!!」
「もう、遅いですよ。イタム、やって!!!!!!!!」
わたくしのドレスに隠れていたイタムが、マデリンの肩を白い歯で噛んだ。
「いたぁぁぁ!!!!!!!」
マデリンが叫んで、イタムを地面に投げた。
「フェイトよ……妾をだましたな?」
わたくしはイタムを抱えて、ナイフをかまえた。
「迂闊でしたね。わたくしにイタムは魔法探知できないと教えたのは。奇襲に使うのはもってこいです。茨の魔女の居場所を探している時から、わたくしと戦うことはわかっていたでしょうに」
マデリンは眉間の皺をよせ、歯をむき出しにした。
「ふんっ。よくそのようなことを覚えておったな」
「答えあわせをしましょうか?」
「なにっっ?」
「どうして、わたくしにブラッド殿下と話をするようにうながしたのか。不思議でした。なぜ、ご自分で戦わないのか。なぜ、わたくしが連れ去られる、もしくは死んでしまう危険を冒してまで、ブラッド殿下と会わせようとしたのか……。王城の墓場の秘密路での戦闘のさいも、直接戦おうとしませんでしたよね」
「ははっ。今度は唐突に推理合戦か。しかし、外れだ! とりこんだ穢れはもう効かぬ。奴の毒も無効化しておる。おしかったな。大方エヴァの歯に毒でも仕込んだのだろう」
「いいえ! 仕込んだのは、殿下の魔法のもうひとつの方。相手を操る魔法です。それをイタムの牙に使用しました。黒闇の魔女から学んだ方法です。術者が変わっても、直接魔法を打ち込んだ者の命令をきくとブラッド殿下から伺いました」
「ま、さ、か」
マデリンの顔が青ざめた。
「ブラッド殿下は魔女であり剣聖で、戦いづらかったですよね。マデリンも苦手そうでした。それ以上に、マデリンはなにか、別のものを恐れているように感じたのです。それは毒よりも恐ろしい、操りの魔法の方ではないかと。それを前回の王城の秘密路では穢れとして取り込めず、それが唯一の弱点として残ってしまったのではないかと考えました。何度戦ってもマデリンには勝てない。では、どうするか。殺さずに操るしかないと考えた次第です。さあ、どうでしょう。わたくしの読みは当たっていますでしょうか」
マデリンは岩からからだを起こし、震えていた。
「いや、直接からだに聞けばいいだけです。イタム、お願いします」
「召使いを無効化しろ。マデリンは一切の魔法を放棄し、私たちに従え」
イタムの不器用でがらがらした声が命令した。




