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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

その日、彼女は魔女となる~例えそれが人に対する叛逆だとしても~

作者: みなみなと

「いよいよ、我等の戦も大詰めである。平和をこの手に、真なる世界を作る為にも剣を構えるのだ。異端の者に居場所を与えてわならぬ!!」


 現王・イスカダルの声が王都に響いたのは三日ほど前の事だ。この世界・レーゲストは今、二つの勢力に分け隔てられている。


 先住民であるヒューマンと他世界からやってきたとされる鬼人。イスカダル率いるヒューマン側は、先代達の法『多種との交流をしてはならない』を変え、とうとう鬼人達に宣戦布告したのだった。


「「うおおおおおお!!」」


 数多の兵士達の怒号が轟いて大地を震わせた。それらは一つの波となり押し寄せる。敵意と殺意──そして正義を宿した力強い(げん)は、屈強な騎士達の足を止めるには十分すぎていた。


 ──しかし、殺伐とした中でも臆する事無く。それどころか、切迫した状況を楽しむかのように頬を吊り上げた男が居た。


「おーおー、多勢に無勢ったあッこの事を言うんだなあ」


 深紅の鎧を陽に煌めかせ、白馬に股がった男性──アルド=ステイマは声を踊らせる。


 確かに向こう側──法皇(ほうおう)・エクスの軍は此方の数千倍、数万倍はくだらない。だが、アルドから言わせれば"それがどおした"程度だった。寧ろ、だからこそ滾るものが心臓(ここ)にはある。


 そんなアルドを危惧してか、隣で馬に跨る男性が血相を変えて口を開いた。


「アルド王子、お願いですから前衛に出るのはお止め下さい」

「ガーッハッハッ!何を言っている、ライネ。我が前に出ずして誰が皆を引っ張るか」


 しかし、アルドは悪びれる様子もなく豪快に笑いあげる。ライネは束ねた青い髪を揺らし、ヤレヤレと首を振るった。


「分かってるんですか?エクスは神の子。一筋縄じゃいかないんですよ?」


 呆れ混じりにライネが言えば、アルドは大きく頷いた。


「分かっておるわ!その為にお前がいるのだろ?頼りにしてるぞ、知将・ライネ=ライルラ」

「全く……。まあ、良いでしょう。貴方が素直に後衛に下がってくれるとは思ってもいませんでしたし」と、ライネは純白の鎧を軋ませながら、手網を引いた。


 アルドは横目でライネを見て頷く。


「よく分かってるじゃねーか!」


 鋭い双眸に野心を宿し、勇ましい声音に覇気を込め続けて口を開く。


「それに長い戦いの末、我等はここまで来た。世界・カルナの王──エクスの喉元に噛み付ける距離までな。ありがとう、ライネ」

「……はぁ」


 短い溜息を吐いた後、ライネの表情はキリッと変わる。


「ただいま、別働隊は右翼左翼に別れ、奇襲の為目下作戦行動中。右翼は、デリド=ブァルァッハを隊長、マリアナ=ナインを副隊長に。左翼は、ジハード=アリテンを隊長に。副隊長は、シルバ=ヘリカを」

「ふむ。魔眼使いのマッドサイエンティストに、戦闘狂が隊長格か。副隊長も申し分ない。まあマリアナに関しちゃ『聖母マリア様の加護があらんことを』とか言ってそうではあるが、戦力にはなるのか?パリシアはどう見る?」と、真横をアルドが見るとパリシアは目を細める。


「あいつはエクス達が崇拝する神に敵意を剥き出している。故に、狂人じみた行動に期待ができるんじゃないか」

「それもそうだな。さて、なら我等も行くとしよう。頼りにしているぞ?大賢者・パリシア=フォビリア」

「勝手に頼られても困るが、まあ我々の居場所を確固たるものにする為の戦争だ。全力で行かせてもらうさ」と、パリシアは黒く長い髪を靡かせ淡々と言った。


 そう。これは、自分達が自分である為の戦いだ。負ける訳にはいかない。パリシアは強く胸の内で思う。


 他世界から来た奴らを倒し、自分達が暮らしていくためには武力を示し、抑制する必要があるのだ。


 守るべきもののために──


「ガハハ。そりゃあ頼もしい限りだ」


 アルドは鞘から剣を走らせ、切っ先を敵陣へ向ける。

 パリシアは高まる律動を深く息を吐き宥め、杖を片手で力強く握った。


「全軍突撃ぃい!!」

「「ぉお!!」」


 鬨の声が心地よく響く中、パリシアは馬を走らせながら杖を天に掲げる。同時に黒い魔道着は忙しなく揺れ始めた。


「先駆けは任せろ」


 パリシアを挟む形で、数十個の火の玉(大きさはスイカ程度)が出現。


「フレイムショット!!」


 大気を揺らす熱気を帯びた煮え滾る業火の玉は、空気を燃やしながら鈍い音を立て、敵陣へ飛んでゆく。


 暫くして響くは爆裂音。舞うは砂煙。


「この距離から、あれだけの魔力を維持して着弾させるって──やはりお前は恐ろしいな」


 アルドが肩を叩き、そう言ったがパリシアは別段気にもしていなかった。確かに魔力は、体を離れた時から炎のようにエネルギーを消耗してゆく。故にゼロ距離で当てるのと数キロ離れた場所を当てるのでは雲泥の差が生まれるのだ。


「誉めても、なにもでんよ。それより、お前の剣はただの飾りか?」

「パリシア卿、あまりアルド王子を焚き付けないでくださいよ」

「ガハハ!確かにそうであるな。ならば、我もパリシア──お前に続こうではないか!!」


 剣の鍔中心に埋め込んだ赤い魔石が眩く輝く。


「ああ……言わんこっちゃない。アルド王子、お願いですから前みたいに馬を置き去りに──」

「ライネ、それはもう残像だぞ」

「ヤレヤレ……まったく。自分の身分ってやつを本当わかって欲しいものですよ」

「仕方がないだろ。所謂、これがやつの性分てやつなんだろーさ。だが、あいつはあれでいい。いや、あれが(・・・)いいのだろ」

「「ぉお!!アルド王子に、つづけえ!!我らの勇姿を奴らに叩き込むのだ!!」」

「「ぉお!!」」


 アルドの勇ましいさに感化され、騎士達の士気は絶頂を迎えていた。


「まったく……では、僕も援護に行きますか。アルド王子の側近として務めを果たさなくてはなりませんし」

「生真面目なやつだな。ならば、早く行ってやれ。私も時期に追い付く」

「頼りにしてますよ、パリシア卿。では──」


 腕にはめたグローブ中心にある魔石が翡翠色に輝く。


「全身纏で風とならん。エアリアル・ムーダルンセ」


 ライネを中心に風が巻き起こり、馬の足元へと集束してゆく。


 ──エアリアル・ムーダルンセ。

 風属性の魔法であり、主に移動手段で用いる事の多いい技だ。地面と足裏の間に濃縮した風を集め、一気に踏み込む事により風の力を使い、普段の数十倍早く移動ができるものである。


「では、お先に」

「はいよっ」


 ライネを見送った後、パリシアは左右を見渡す。


「どうかなさいましたか?パリシア卿」

「ん?いや……私は一旦、別行動をとる。あっちの方角には何があるか分かるか?」

「あちら……ですか?」


 馬を走らせながら、騎士に問えば数秒、間が空いた後に口を開いた。


「確か離れの教会が一つ」

「わかった、ありがとう」

「一人で行くつもりで?自分達が何人か護衛に」

「大丈夫だ。自分の事は自分でやれる。そんな事よりも、アルド達の護衛を急いでやれ」

「ですが……いや、分かりました。ご武運を!!──ハッ」


 馬の甲高い鳴き声が響く中で、パリシアは方向を転換。数時間前、右翼側が通過したであろう森の中へと入った。


「ここか」


 古び朽ちかけた教会内から、唯ならぬ気配をパリシアは感じていた。


 中へ入り、薄暗い部屋を見渡す。埃臭く、荒れ果てている事から何十年と使われていないようだ。一歩、また一歩と床を軋ませ前へ進む。が、本能が感じていた脅威をまだ視認できていない。考え過ぎ──だったのだろうか。そんな事を思いつつも、教壇の前へ差し迫った刹那。


「こんにちは、貴女は……そう。パリシアさん、でしたよね」


 白い服を纏った少女が背後に突如現れたのだ。しかしそれは異様な光景だった。戦果の真っ只中、一般市民は避難をしている筈。いや、違うか。異様だと感じたのはそこではない。

 パリシアが異様だと感じたのは、少女の容姿にあった。


「お前は……鬼人、なのか?」


 花などが刺繍された民族衣装に身をやつした少女は、桜色に茜色を散らばせた美しい瞳でパリシアを見つめる。表情や声音からは、敵意は感じられず。寧ろ、親しみが込められているような気がした。


「そう、ですね。パリシアさん達からは、そう呼ばれています」


 ふと視線をそらせば、前にした手が微かに震えている。それもそうか。敵意を一方的に向ければ、恐れないはずもない。パリシアは杖を椅子に立てかけると、視線を合わせずに座る。


「──で、敵である私達になんのようだ?」

「そうですねッ。まずは自己紹介を」


 通路を挟んで少女は隣に座る。


「私の名前は、エクス。エクス=メーレン」

「……なっ!?」


 今一度、少女をみたパリシアの瞳孔は物凄く開いていた。なにせ、悪の根源。魔の王と呼ばれる存在が目の前にいると少女は自ら公言したのだ。


 だが、しかし。こんな少女が本当に法皇と呼ばれる存在なのか。にわかに信じ難い事実が余計に頭を混乱へ陥れる。


「こんな姿じゃあ、信じられないですよね」

「……私達が知るエクスは」

「もっと歳のいってる方だと思いましたか?」

「ああ」


 何百年もの間、名前が変わっていない。ならば、自然と寿命が長い種族だと考えるのが妥当。だとしても、エクスと名乗る少女は幼すぎる。容姿だけならば十二~三歳ほどだろうか。


「驚かれるのも無理はありませんね。では、そこから話しましょう。エクスとは何か──所謂"魂"の名です」

「魂の名?」

「はい。私の魂は私のものであって私のものじゃないんです」と、エクスは自分の両手を胸に添えて言う。


 時折遠くで聞こえる戦の激しい音すら気にもならないぐらい衝撃的な発言に、パリシアの頭は軽い頭痛を起こした。


「まてまて……ってなると、なにか?魂だけを他の体に移してる。って言いたいのか?」

「ですね。私達は皇族の血を絶やすのではなく、魂の維持を選びました。一つの魂が得る知識を伝えるのではなく、留め、拡張していくことを」

「つまり、今のお前には様々なもの達の記憶が残っていると?」

「はい」と、エクスは短く頷く。


「端的に言えば、私自身が一冊の本です。祖たる者──エクス=メーレンは神の子と呼ばれていました」

「神の子」

「全てを赦し全てを認め、地球上の生きとし生きるもの達を平等に愛そうと」

「ふむ」

「故に、過去のエクスも貴方達を迎えいれました」

「迎えいれた?お前は何を言っている?」


 逆の話だ。エクス達の始祖が受け入れたなんて話は今まで聞いたことがない。こいつらは、自分達が都合のいいように歴史をねじ曲げているのか。やはり、早急に殺す必要がある。思い至り、杖へ手を伸ばそうとした刹那。


「ここで私を殺しますか?」

「それが世界の為だ」

「世界──ですか。なぜあなたは達は無駄に争うのですか?何が我慢できないのですか?」

「我慢……だって?お前達に私達の住む場所は搾取され続けてきた」

「搾取……ですか?貴女達にとっての真実は自分が知っている事を思い込んでいるだけ。"綺麗は汚い汚いは綺麗"って事を私が教えて差し上げます」


 エクスは立ち上がると、目の前に立ちそう言った。


「なん……だと?」

「もっとも。その為に貴女を──いや。もっとも力のある者を此処へ呼んだのですから」


 言うなり、エクスはパリシアの両頬に手を添えた。確かに反撃する事は容易だった。エクス自身も試しているような気すらしていた。


 けれど、それ以上に彼女の言った言葉が引っ掛かってならなかったのだ。多分ではあるが、パリシアが抱いていた疑問や矛盾──それらがエクスの記憶に詰め込まれている気がしてならなかった。


 例えば、ヒューマン側は魔石を必要とするが、鬼人側は必要としない事とか。


 故に目を瞑り、身を委ねる。


「貴女が知るのは核たる部分になります」


 淡い光が瞼の裏から暖かさと共に伝わる。

 精神が引き抜かれるような不思議な感覚が直後、体を襲った。


「ここは……どこ、だ?」


 無音になり、先程まで感じていた人の──エクスの気配もなくなり瞼を持ち上げれば、開けた平野にパリシアは立っていた。


「エクス様。貴方様がなぜ、移民の里へ」


 微かにだが、先の方で何かを喋っているのが聞こえる。パリシアは耳を澄ましつつ、視界に入らないであろうギリギリの距離で目を凝らした。


 視界に入ったのは、白髪を後ろで結った男性(年齢は凡そ四十程度)と二本の剣を腰に滑らせた青髪の青年。


 容姿を見るからに、白い法衣服を纏った男性を白銀の鎧を装備した青年が護衛しているって感じか。


「ははは。そんな警戒しなくともよいではないか。彼等も等しく生きたもの達だ」

「ですからって……護衛もなしに」

「護衛ならいるであろう?ハリエッタ」

「僕一人で……魔獣に囲まれたら」

「ははは。それはない。ハリエッタ、君なら分かっているだろ?」

「聖域の加護……ですか。やれやれ、少し危機感を持って欲しかっただけなのですが……」

「確かに私は馬鹿だが愚か者ではないよ。自分の立場を弁えた行動はしているつもりさ。だから、ここに来たのさ」


 ──って、ここは。


 パリシアは一度、自分の目を擦った。眼前に広がる風景を知っている。何度も見てきた、慣れ親しんだ故郷だ。


「王都・レイテシア……」


 つまり。と、パリシアは憶測を立てる。きっとここは過去なのだ。


 それに、移民族がなんとかと言っていた気もする。


「エクス様。彼等の中には貴方を良く思わない者もいるのですよ?」

「ははは。それは生き物だ。悪しき心があって然り。ゆえにセフィロトがあるのだろ?」

「貴方様は本当にお人好しですね。過去の方々も皆、貴方様のような御仁だったのですか?」

「ははは。私が過去のエクスをどう言ったところで、事実とはまた違うものだよ。だからハリエッタ、過去より未来の話をしようではないか。移民族との共存という未来の話を」


 彼らの話を耳を凝らし、草陰からパリシアは聞いていた。


「移民族との……共存?と確かに彼ら……なっ!?」


 再び引き寄せられる感覚がパリシアを襲う。


 そして──


「いやはや、まさか貴方様に来ていただけるとは。連絡を頂けたなら迎えに行きましたものを」


 次は豪勢な円卓へ飛ばされたようだ。しかもパリシアの事に誰も気がついていない。まるで、空気のような感じだろうか。それならあんな慎重になる必要もなかった。少し後悔をしつつ、椅子に座る人物を見たパリシアはここに来て初めて息を呑む。


「初代王──ロンヌス……?」


 目を見開き、驚愕を隠しきれずにいたパリシアに構わず過去は未来へと進んでゆく。


「そのような事までせずともいいのですよ」

「しかし……あ、エクス殿に学んだ技術がやっと浸透し始めてきましたよ」

「ああ、魔石──の事ですね?」

「ええ。民の潜在的な物にもよりますが、魔法とは実に素晴らしい力だ」


 顎髭を撫でつけながら、ロンヌスは満足気に嗄れた声音を発した。


「それはなによりですね」

「して、エクスよ。そなたはなんの用事があってこの地に?」

「はい。それなんですが──」


 ──────────────────────────


「おかえりなさい、パリシアさん」

「あ……ああ」


 顔は蒼白し、襲う激しい頭痛に額を手で押えるパリシア。胸を叩く律動は秒針の先を行き、呼吸は浅く早くなる。


「私達が……この世界への来訪者……異世界人だったって言うのか?エクスは共存する為に、今の都市を中心に土地を与えたと言うのか。私達が無理なく暮らせるように……なら今している事は……エクスに対する──世界に対する裏切りなのではないのか」


 声を震わせるパリシアの膝に手を乗せて、エクスは諭すように優しい声音を発した。


「人とは理性があるが故、欲深い生き物です。だから、この戦が悪いとは一概に言いきれません。ですが、無利益には代わりがないのです」

「なんの為にアルド達は争いを……不可侵条約を破ってまで……」


 理解ができない。恩を仇で返す不義理を何故、行う必要があるのか。なぜ国は真実をねじまげ広めたのか。


 これではエクス達が報われないではないか。


「それは分かりません。ですが戦いが始まり一年……多くの血が流れました。私はもう、そんなのを見たくはありません。なので、お願いがあるのです」

「お願い……だって?私にできる事があるなら……協力できる事があるなら、喜んで手伝わせてもらう。いや、手伝わせてほしい」


 もしかしたら、アルド達の考えを改めさせる事も出来る。


「ありがとうございます。なら、私の手を握ってください。もう時間があまりないみたいなので」

「時間が、ない?」


 エクスが言っているのは、戦の戦況が関わっているに違いはないだろう。しかし、時間がないとは些か気を早め過ぎではないのだろうか。そんな事を思いながらパリシアは、エクスの小さい手をそっと握った。


「では参ります。ラナール」


 そう唱えた刹那、パリシアの見る景色はガラリと変わる。


「ここは?」


 高い天井に、白を基調とした無機質な空間。何も目立つものがない部屋には椅子が一つ。


「私達の宮殿です」

「君はエクスか?じゃあさっきまで私の所にいた鬼人は」と、額に装飾を施し、玉座に座るエクスを見つめた。


「あれは私の魔法の一種ですよ。とは言え、今はそんな話をしている暇がありません」

「暇がない?何故だ」

「それは、貴女達が率いる騎士団がもう時期、ここに辿り着くからです」

「いやいや……それは有り得ないだろ?君達の場所へ辿り着くには遅くてもあと三日はかかる予定だった。一日──ましてや、数時間で……」


 嫌な予感が胸を燻る。


「察しがいいですね。貴女が過去をみて、決意するまでにかかった数時間は、この世界での数十倍なのですよ」

「何故そこまでする必要がある?」


 パリシアにかまけてる時間があるなら、撤退戦等が出来たはずだろう。と言うか、護衛兵は何故居ない。


 彼女──エクスは一体何を考えているんだ。


「安心してください。民達を含め兵たちも皆、聖都へと移動しています。つまり、この場所にはまだ私とパリシアさんしかいません」

「今……皆、と言ったか?」


 なら、パリシア達が見たあの軍勢は──


「ええ。多少の犠牲はありましたが……殆どの兵士は皆無事です」

「んじゃあ、あれは」

「はい。中には兵士も居ましたが、大半は私が土から作った偽兵ぎへいになります」

「だからか……」


 あまりにもスムーズに事が進みすぎていた。 魔法も大して使わず、攻めても来ず、守りに徹した戦い。


「ええ。では本題に入りましょう。パリシアさん、私と力を合わせ一緒に世界を隔てる壁となっては頂けないでしょうか」

「……壁?」

「はい。私の祖は共存を望みました。が、それは叶わない。このままでは、私の愛する民も、あなた方が親しみを持っている民も、多く命を失ってしまう」

「なるほど……」


 確かにエクスの言っている事は正しい。


 だが──


「代償……対価はなんだ?仮に壁をへだてる事が出来たとして、無償でできるならエクスは私に頼みなんかするはずがない。違うか?」

「察しが良いですね。隠さず端的に話しましょう。対価は──あなたと私の命です」


 真剣味を帯びた力強い眼光はブレる事無く、ただ一点にパリシアを見つめた。凄まじい覇気だ。責任感や正義感などがヒシヒシと伝わる。


「命──か。で、具体的に何を行うんだ?」


 淡々と受け答えするパリシアを見て、エクスは目を見開き驚きを隠せない様子を浮かべた。


「驚きました」

「何がだ?」

「説得するつもりではいましたが、拒絶すらないだなんて」

「皆が命を賭している。斯く言う私も、命を捨てるつもりで意気込みで戦場へ立っているのだ。その命が未来の礎になるのなら、怖くなどないさ」


 エクスの言う通り、過去のエクスが望んでいた共存は今はもう難しいだろ。互いに互いを恨んでいる現状では、解決方法があったとして、その材料を集めるのは無理に等しい。


「それに、争いの原因が私達にある以上、責任は取らなくちゃならない」


 鬼人が害であると知らされていた。鬼人が異世界人であり、居場所を搾取していると教わっていた。悪であり破滅の根源であると。


「だが一つ。扉を設けよう。万が一、私達が歩み寄れた時、互いに道を違えないように」

「パリシアさんがそれを望むなら。ですが、良いのですか?貴女はこれから先、誰とも接すること無く魂に最も近い存在であり続けなければならないのですよ?」

「構わないさ。この無意味な争いが終わるなら」

「ならば、この剣を……」と、エクスは言うなり自分の腹部に手を添えた。


「……ッ!?」


 腹部は眩く光り、そこからエクスは真っ白い鞘に納まった剣を抜き出した。


「これは……なんだ?」

「この剣はダインスレイヴ」


 エクスは衰退した様子でパリシアに受け渡す。


「魔力を刃にする剣です」

「魔力を刃に?」

「はい。ダインスレイヴに蓄えられた魔力は、譲渡ができるのです」

「つまり、この剣に私の魔力も込めて壁を作るのだな?」


 その言葉にエクスは首を横に振り答えた。


「違います。障壁は私と貴女の魂をつかって。今渡したものは彼等を」

「彼等?」と言葉を発したほぼ同時に背後からドアを蹴破られる破壊音が轟いた。


「んぉ?誰かと思ったら、お前はパリシアじゃねーか。んだよ、一番だと思ったのによ」

「お前はデリド」


 巨大な戦斧せんぷを肩で担ぎ、青き魔眼を蠢かせたデリドはあっけらかんとした表情でパリシアを見ていた。


「別に驚く事じゃないでしょ?ましてやパリシアちゃんなら納得よ」と、大柄なデリドの背後から現れたのは──


「ジハードも辿り着いたのか」


 金色の髪を三つ編みにした、勇ましい戦姫は戦場には似合わない可憐な笑顔を浮かべ、パリシアに向けて手を振った。


「やっほーパリシアちゃん」

「まあ、それもそうだわな」


 短い髪をポリポリとかいたあとにデリドは口を開く。


「んで、ここにゃお前一人か?」

「ああ。デリド達こそ」

「それが、さっきまで一緒に居たんだが……はぐれちまったよ」

「あほたれ!我を忘れるでないわ!」

「あ……」

「まったく。我をなんだと思っている。と、まあよい。パリシア──お前の後ろに居るのがエクスで間違いがないな?」


 アルドは剣を鞘走らせ、構える。続けと、デリドは戦斧を、ジハードはレイピアをエクスに向け構えた。


 戦々恐々とした事態で、パリシアは小さく声を漏らす。


「詳細はなんでもいい。私はお前を信じる。だから、準備をしろ。ここは私が時間を稼ぐ」

「ありがとうございます。ではまず、巨大な転移魔法陣を構築します」

「転移?」


 ──ああ、そうか。


「エクス、君は本当にお人好しだな」


 エクスはみなを元いた場所に。そして、皆に未来を残すつもりなんだ。自分を犠牲にしても。


「なにをやってるんだ、パリシアは」

「わからないわ。なにやら、エクスとなしているようだけれど……」

「なにをやっておるか、パリシア!早くそいつを──」

「悪いな、皆」


 パリシアはエクスの魔力に自分の魔力を練り込んだ剣──アロンダイトを嘗ての(・・・)同胞へむけ構えた。


「おいおい、正気か?」

「ああ、正気だとも。逆に問う。お前達は知っているのか?真実を」

「真実?何を言っているのパリシアちゃん」

「……」

「ただ見てるだけじゃ分からねーよ!なんだよ、パリシア!」


 アルドを除いた二人が動揺を隠せない中、パリシアはただ一点にアルドの目を見つめていた。力強く、揺るがない信念を宿して。


「そんな話はどうでもよいであろう。そこを退けパリシア。エクスの魔法陣──なにやら嫌な予感がする」


 七重に展開された魔法陣は、円を書くようにエクスの周りを動く。それを見たアルドが一歩足を踏み込んだ切な──


「ファイアーウォール」


 パリシアが言葉を紡げば、アルドの足元から大火が噴き出す。


「正気か?パリシア」

「ああ。アルド、お前達王族は私達に最悪な隠し事をしている」

「そりゃあ本当か?大将」

「隠し事……ね。くは……くはは!」

「何がおかしい」

「いいさ、パリシア。お前の誘いに乗ってやる。だが、だとしても覆せるはずがない。我等にはそれしか道がないのだからな!!この世界──レーゲストは元々、奴ら鬼人の住まう世界だった。物流値の限界を超えた故郷で荒廃が続く中、高い技術を誇っていた我等が祖は、他世界移住計画を立て見事に成功。辿り着いたのがこの地であった」

「それって……私達が知っている話と全然違うじゃない」


 ジハードが声を震わせるが、アルドは鼻で笑う。


「だが、この地に住むもの達は祖にとって未知の生物だった。魔法というものを操り生活を成り立たせる鬼人。悪意を持ち襲い来る化け物──魔獣」

「だからなんだよ。だとしても、受け入れられたから今まで普通に」

「下らんな!それは民衆の考える事よな。いいか?鬼人共に言語を教わり、生活手段を供給されている時点で敗北しているのだよ。つまり、我等は奴等の手の内でしか生きる事が許されていない!!真の自由を平穏を手に入れるには、全てを壊す必要があるのだよ!!ジハード!デリド!お前達にも守るべき者が、未来があるのだろ?良いのか?いつなんどき、奴らが裏切るかわからない、そんな中で恐れずに生きていけるのか?」

「それは……」

「私だって……」


 ジハード及びデリドの視線は泳ぐ。


「だからなんだ!それこそ傲慢ではないか。おのが欲望のために」

「何が悪い!?我が欲望は民の見る夢だ!我が独断は、民が歩む道だ!我が愛するのは自国の民のみ。他の者にかまけてる時間はないのだよ!!」


 ──来るっ。


 剣を斜に構え、アルドは大きな一歩を踏み出す。音を置き去りにした特攻は、周りの物を吹き飛ばす突風を兼ね備え、全てを乗せた一斬いちざんは、けたたましい音を奏でる。


「ほう。防ぐか」


 パリシアは、エクスに託された剣を使い防ぐ。


「お前達、何を突っ立っている!未来が欲しくないのか!?」

「くそっ……すまねぇ、パリシア。俺は……うるぁぁぁあ!!」

「パリシアちゃん……私には守るべき者があるのよ」


 左右に別れた二人が、アルドを押さえ込んでいるパリシアの脇を狙う。戦斧を振り下ろすデリド。目にも止まらない速度の突きを見せるジハード。


「気にする事はない。だが、私とて負ける気はないよ。はぁぁぁあ!!」


 足元から七色の可視化した魔力が渦を巻く。同時に三人は距離を取り武器を構え直した。


「こりゃあ、本気って事か」

「全属性を操るパリシアちゃんの、全力──」

「ああ。エレメンタルバースト。ジハード、デリド、気合いを入れ直すのだぞ」


 空気が震え、一帯は微動する。


「わかってらい。だが、なんだよこの量の魔力。まるで龍がとぐろを巻いてるかのようだぞ」

「多分だが……あの剣が効力を高めている」

「なら、まずはあの武器を弾き返しちゃえばいいんだな」


 ニヤリと笑みを浮かべたデリドは、自分に雷を穿ち筋肉に刺激を与えた。


「スピードとこの戦斧は相性がいい。ぶっ飛ばしてやるぜ」

 

 駆ける刹那、ジハードが叫ぶ。


「ダメ!今行ったら!!」

「え?」


 間抜けな声を、手を翳したパリシアの声が掻き消す。


「遅い。グラビディ」

「させない!エアリアルショット!!」

「ぬお!?」


 ジハードの機転により、背後からデリドを吹き飛ばす。


「パリシア──時を操る賢者の異名を忘れちゃダメよ」

「いててて……悪い悪い。次は気をつける」

「しっかりしろ、デリド。だがグラビディは視認出来る者にしか放つ事が出来ん」

「なるほどな。んじゃあ、いっちょ、暴れますか!うるぁあ!!」


 デリドは天井を勢い良くぶち抜く。同時に崩れ落ちる瓦礫を巧みに扱い、三人は物凄い速さで──さながら野生の獣の如く縦横無尽に飛び回り


「「ここだぁあ!!」」


 死角からの猛襲。


「あまい」


 だが、三人の刃は見えぬ壁により防がれた。


「距離を取れ!重力に食われるぞ」

「ちぃぃ!!」


 月明かりが五人を照らす。


「ありがとうございます、パリシアさん。私まで守っていただいて」

「気にする事はない。私の事は気にせず、準備を急いでくれ。魔力を温存したままでは中々に厳しい」



 顔では苦渋を見せてはいないものの。あくまで、見せない(・・・・)努力をしているにすぎない。


 余裕であると。秘めた力があると。ジリ貧である事を悟られぬように虚勢を張り続けるには、彼ら相手では難しい。


「どうした、デリド。ニヤついて」

「いや……楽しくてならねえ。こんなガチンコで仲間とぶつかり合うなんざ初めてじゃねぇかよ。──元……だったなぁ!!」


 戦斧を思い切り振り上げ、デリドは叫ぶ。


激震斬波(げきしんざんぱ)!!」


 数十メートル離れた場所からの攻撃。地面を割り、さながら這う稲妻の如くパリシアを襲う。後に続けと、飛び上がった瓦礫にジハード、アルドが飛び乗り駆けた。


 彼等を目で追いつつ、パリシアは言葉を発する。焦りも恐れもなく、それは実に落ち着きを見せた声音。


「エクス」

「はい?」

「少し体が痺れるが耐えてもらうよ」

「大丈夫ですよ。気にしないでください」


 エクスの返答を聞いた後、パリシアは内包していた六本の杖を顕現。宙に浮いたそれを円を描くように地へ突き刺した。様々な形を成した杖は、その中央にある魔石を眩く輝かせる。


 ──頭上には六重に展開された魔法陣。


「仄めく陽の射しを覆いて天地をさまよう万物達に終焉烙(つひかや)の霹靂を轟かせ、混沌を極めよ。空地を制するは瞬迅の一撃にして音色を無視するもの。 嘶き穿て万物之壁顕示ロネシア


 天雷は景色を白に変え、唸る轟音は鼓膜に激しい耳鳴りを残す。パリシアの詠唱通り全てが無色であり無音。パリシアが誇る雷の奥義。それに気がついていたであろう、三人は守りに転じては居たが、意味はなさない。爛々と輝き地に落ちる雷龍は、容赦なく三人を喰らい続けた。


「ぐぬぬぬ……」

「大丈夫?ジハード」

「ああ。大将はどうだ?」

「ガハハ。なあに大した事ないさ」


 三人一体の魔法障壁を展開。火花が如く散り鳴る轟雷は燦然たる稲光を放出し続ける。


「の、割には顔がマジだぜ」

「言ってくれるな。パリシア……あやつは間違いなく我よりも──いや、この世の誰よりも強い」

「なら諦めんのかよ、大将」

「ガハハ。有り得ん。我は民の未来を背負っておるのだからな。ぐぬぬ……ぐぁぁぁぁぁ!!」


 轟雷にもひきをとらぬ咆哮が響くと同時に障壁はその強度を底上げした。


「すげぇよ大将」

「ちょっと。私の能力向上付与も褒めて欲しいわねっ。って……水?」

「這い喰らえ、雷龍」


 薄らとひいた水に雷が接触。三人の足元から高圧の雷が襲った。


「ぐぁぁぁぁぁっ!!」

「きゃぁぁぁぁあっ!!」


 絶叫が響き、三人は膝から崩れ落ちる。髪は焼け、身は爛れ、瀕死の重体。虫の息であり、パリシアの圧倒的な勝利が決定した時だった。


「一思いに殺せ」

「殺す?私がお前を?何故だ」

「お前は我等を裏切り、そいつと手を組んだのだろ?」

「結果的にはそうだが……結末は違う」

「違っ」

「マナ・ヒール」


 翡翠色をしたオーラが三人をつつみ、怪我を癒していく。


「なんの真似だ?なぜ回復呪文を」

「私の目的は殺すことではない。始める事だ」

「始める?パリシアちゃん、貴女はいったい何を」


 三人に背を向け、パリシアは口を開いた。


「で、私は何をしたらいい」


 エレメンタルバーストを囮に、大量の魔力をアロンダイトに注ぎ込んでいる。準備は万端だ。


「その剣を地に刺してください」

「わかった」

「そして、唱えるのですアルマ・ラナールと」


 頷き、パリシアは言われた通りに行動をとる。

 剣をつき刺せば、刃と化していた魔力が広大な魔法陣を描く。そして──


「アルマ・ラナール」


 唱えた刹那、一瞬ではあるが世界全体が真っ白に染まった気がした。


「無事、転移は移動したようですね」

「何故、私の魔力が必要だったんだ?」

「正確に転移させるためです。貴女の魔力には、彼はらの遺伝子が微量だとしても流れている。それを基準に空間転移を行ったのですよ」


 階段をおりてきて、エクスはパリシアの手を取った。


「最後の仕上げと参りましょう」

「わかった。これで争いがなくなるのなら」

「では、こちらへ」


 魔法陣の中央へ足を踏み入れ、今一度エクスをみた。


「これで争いはなくなるのだな」

「はい。もう一度聞きます。パリシアさんは、死ぬのが怖くないのですか?」

「罪は償わなければならない。これしか道がないのなら私は」

「そうですか……では始めましょう。最期の大魔法を」


 可視化された魔力は渦を巻き、物凄い勢いで吹き荒れる。大きい瓦礫が軽々しく宙へ浮くまでの莫大な魔力量。エクスの鼻からは血が垂れていた。


「大丈……」


 投げかけ掛けた憂いを喉の奥へと仕舞い込み、握った剣を地に刺し魔力を注ぎ込む。


「一つ忘れてました」

「え?」


 エクスは笑顔で口を開く。


「障壁には守り手が必要なのです」

「守り手?」

「はい。言い方を変えれば鍵ですね。肉体を捨て、一種の霊体とし限られた空間で永久に近い時を。でも、死ぬ事はありません」


 エクスの小さい手がパリシアの胸に触れた。


「なにを?!」

「パリシアさん、君には世界の行く末を見守って欲しい。そしていつか、両種が手を取り歩める未来が来る事を私は願います。──ラナール」


 刹那、パリシアの体は妙な浮遊感と共にエクスの元を離脱。気がついた時には、深き森で倒れていた。



 ────────────────────────────


「やれやれ……今になって、こんな事を思い出すなんて」


 長い長い時が過ぎた。しかし未だに両種が手を取り合う事は無い。高い空から照らす月を眺めながら、パリシアは深く暗い森を歩んでいた。


 そんな時──


「あれは……赤子、か?」


 人が入れる領域ではない魔力濃度の高い森の中、その木の幹の元で健やかに眠る赤子が視界にはいる。


 急ぎ駆け、その艶やかで張りのある頬を指先で触れる。

 何年も何百年も触れてこなかった人の温もりだ。同時にこの赤子にパリシアは不思議な魅力を感じるのだった。


「この子なら……」

読んで頂きありがとうございます。これは、連載作品の過去話となります。もし宜しければ評価やあるいは、連載作品を目にとうしてくれると有難いです

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