今日の中野の天気は曇りちの雨です【不思議な天気予報・ダークサイド】
作中に絵文字が入ります。ご了承ください。
"明日の天気 : ☀️のち☔/☔⚡"
スマホのホーム画面のど真ん中、時計表示のすぐ下に表示された天気予報のウィジェットを見て、俺は大きな独り言を口から出した。
「えっ、まじかよ。さっきのテレビでは雷なんて言ってなかったぞ」
ウィジェットをタップすると詳細画面に変わる。
それを見た俺は天気の表示がおかしかった理由に思い当たった。
そこにはこのように出ていたのだ。
【福岡】 明日の天気 午前:晴のち雨/午後:雷雨
「あー……。先週、福岡出張だったからか……?おかしいな」
『現在地から対象を選び直す』というボタンをクリックする。
GPSの位置情報を元に、俺の現在地、つまり東京都中野区に変わるかと思ったが、結果の画面も少々おかしなものだった。
検索結果
【福岡】 あなたとの距離:10km
【福岡】 あなたとの距離:100km
何度ボタンを押してもこの二つが表示される。
東京と福岡の距離は900kmほどだ。どちらもおかしい。
結局、『対象を手動で選び直す』の方から【中野】を選んだ。
明日の天気は午前は晴れ、午後は曇りのち雨に表示が変わった。
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翌日の金曜日。天気は朝から薄曇りだった。
天気予報は外れたが雨も降りそうな感じではないし、一応折り畳み傘も用意したので心配ない。
神田神保町のオフィスに出社すると、珍しく営業事務の中野さんが自分より先にいた。
「おはよ~。佐藤君」
「あっ、あっ、おはようございます」
珍しいこともあるもんだ。いつも遅刻ギリギリ、できるかぎり仕事をサボる中野さんが一番乗りとはね。
それに向こうから挨拶するなんて機嫌が良い。いつも刺々しいのになんか良いことでもあったのかな?
「おはよう……っ!! なんだ佐藤か!……早いな」
「おはようございます。課長。俺はいつもこんなもんですよ」
体育会系の福岡課長が俺を見てビックリしたのか大声を出す。
課長は横浜から通勤なので、普段はもっと遅い。俺がこの時間に来ているのを知らなかったのだろう。
……まあ、俺は営業成績ほぼ最下位の冴えない奴だから、せめて早めに出社する真面目さの演出ぐらいしないとね。
自嘲気味にそんな事を考え、自分のデスクでメールチェックをする。
「……ウフッ」
俺が叩くキーボードの音に紛れて、凄く小さいけど中野さんの幸せそうな含み笑いが聞こえた。
(あー、また仕事するフリして猫画像かスイーツの情報でも見てんのか。始業前だから良いけどさ……)
そう思って目線だけチラリとモニターから中野さんの方へ向けた俺は、信じられない光景に思わず二度見した。
中野さんがめっちゃニコニコして……というか蕩けそうな表情で課長の方を見つめてる。
顔を動かさずに目線だけそちらへ動かすと、課長も中野さんをニヤニヤして見つめてる。
完全に二人の世界だ。
心臓がバクバクしたが、ちょっとキーボードを叩く力が強くなった程度で抑え込んだ。多分気づかれてないと思う。
……いや、しかし。そういう事?
たしか俺、去年会社の懇親会で課長の奥さんに会ったよな。奥さん優しそうだったのに、なんでよりによってちょっと性格に難アリの中野さんに……?
そこで営業二課の他の奴らが出社したので、俺は頭から今見たものを全力で消し去ろうとした。
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午前中は課長も中野さんも凄く機嫌が良かった。
それが、12時ごろに全てが変わった。
「なっ、おい待て!おい!!……」
ガチャン!!
課長の叫び声と乱暴に受話器を置く音で、オフィスにいた全員がそちらを見た。
課長が真っ青になって、震える手で私物のスマホを取り出してる。なんかブツブツ言ってるし。
明らかにヤバそうな雰囲気に、俺と先輩は急遽外回りに出掛けることにした。
まずは昼飯にと手近な立ち食い蕎麦屋に入る。
「……あれさあ、さっきの」
かき揚げ蕎麦を食べながら先輩がポツリと言った。
「電話、俺が課長に取り次いだんだけど。……あれ課長の奥さんだったんだよね」
「……」
「こないだ課長に、奥さん今は出産の為に里帰りしてるって聞いてたんだけど」
俺はきつね蕎麦を啜ったが、味がしない。
「一瞬、奥さんの身体とか赤ちゃんに何かあったのかなぁって心配したんだけどさ……。電話口の奥さん、俺には凄い愛想良かったんだよね。……怖いぐらい」
聞いてもいないのに先輩はどんどん喋る。
多分先輩の中に生まれた疑問が重すぎて、俺にもその重荷を持って貰おうとしたんだと思う。
でも俺は既に別の重荷を朝から担いでいたのだ。という訳で先輩にも半分返してやろう。
今朝見たものを暴露する。
「……マジかよ。うわあ。課長、なんでよりによって中野さんに手をだすかな……」
「全く同じ事を思いました」
もうそれだけでお互いの気持ちが通じた。後は二人とも無言で蕎麦を啜った。
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午後、帰社するなり俺は課長の鬼の形相を見た。
「佐藤!てめえ!!」
胸ぐらを掴まれる。怖くてチビりそう。
「誰に話した!?俺を売ったんだろう!!」
「な、何の事ですか……」
震えながら声を絞り出す。先輩が青い顔でチラチラ俺を見る。やめてくれ。余計に誤解が深まる。
「俺達の事だよ!」
「だから何の事ですか、わかりません!」
涙目で訴える。多分今朝の事だろう。俺は平気なフリをして気づかれてないと思ったけど、課長から見たら不自然だったのか。
「課長、暴力はマズイっすよ」
先輩がやんわりと課長の手を抑えてくれた。
「……お前、絶対に後で吐かせるからな」
課長は手を話してくれたが、凄みの効いた声で呟いた。あまりの迫力に声がでない。
お互い自席に戻るが、手の震えが止まらなかった。
前を見ると中野さんも凄い目で俺を睨んでいた。
後で、って言っても、先輩にしか話していないのに信じてもらえるんだろうか。
無事に退社させて貰えると思えない。
――――――しかし結果的に俺は助かった。
課長はその後すぐ、部長に呼び出されてその日は定時まで帰ってこなかった。
中野さんもいつの間にか居なくなっていた。
俺はダッシュで荷物をまとめ、二人が戻る前に退社した。
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最寄り駅で降りた後、駅前のスーパーに寄って発泡酒と惣菜やパンやスナック菓子等を買い込んだ。
買いすぎで両手にレジ袋が食い込む。
明日は休みだし、酒でまぎらわそうと思ったのだ。
家に帰って動画サイトを見ながらちびちびと飲むが気分が晴れない。
来週から暫く仮病でも使うか。有休はまだ残ってたか……なんて事を考え、ふと机の上のスマホを見る。
ホーム画面には明日の天気予報が表示されてる。そこに違和感を覚えた。
午前午後ともに☔⚡つまり雷雨だが、午後の雨マークだけが赤くなっている。
「なんだこれ。初めて見た」
ウィジェットをタップしたが、そこは特に赤い文字もなかった。
【中野】 明日の天気 午前:雷雨/午後:雷雨
「えー、雷雨か。めんどくせえな。一日酒飲んで寝よう」
俺はその晩ぐだぐだになって寝た。
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翌日。起きたのは土曜日の昼過ぎだった。
太陽が目眩しい。綺麗に晴れている。酒が抜けていなくて少しだけ辛い。
一日飲んで過ごそうと思っていたが晴れているなら別だ。俺は洗濯機を回す。
部屋を軽く片付け、洗濯物を干し、残り物を食べてから昼寝をちょっとだけするつもりだった。
ちょっとだけ、の筈なのに何故か起きたら18時を回っていた。
無為に過ごした事を後悔しつつも、もうあの課長に月曜日会うのかと思うと憂鬱で何もする気が起きない。やっぱり仮病にするかと思った時にスマホの通知音が鳴った。
先輩からのメッセージだ。
『佐藤、大丈夫か?大変な事になった。月曜日絶対に会社に来いよ』
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先輩から聞いてはいたが、月曜日に半信半疑で出社して事実だと確認した。
中野さんは退職する事になった。というか、今行方がわからないらしい。
福岡課長は泥沼だ。
奥さんは少し前から不倫に気づいていて金曜日の昼にその事を会社の電話に連絡していた。
あの、課長が真っ青になっていた電話だ。
あの電話の直後、奥さんは部長や人事部にも連絡していたそうで、午後に課長が呼び出されたのもその事実を確認するためだったらしい。
課長は勿論シラを切ったが、奥さんは既に課長と中野さんがホテルに行く写真など、探偵を使って証拠固めした後だった(ここで俺が告げ口をした疑惑は晴れた)。
で、一昨日の土曜日に課長と中野さんが話し合いをした結果。
中野さんがおかしくなり、刃物を振り回して課長が怪我をしたらしい。
命に別状はないけど、治療とか、奥さんとの話し合いとかであと三日は休むそう。
課長が居ないから―――――っていうか多分、戻ってきても左遷か退職することになるから、お前ら絶対休むなよ。仕事頑張れよって上からの連絡が先輩経由で来たわけだ。
いやー、もうゾッとした。特に刃物のところ。
ひとつ間違ってたら勘違いで俺が中野さんに刺されてたかもしれなかったわけで。
でも俺はツイてる。ギリギリ疑惑が晴れたのもそうだけど、俺のスマホの天気予報、おかしかった理由がわかった。
いや、今もおかしいんだけど、何か不思議な力を手に入れたってことだ。
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午前中は課長の仕事を営業二課の皆で今後担当替えするって事で振り分けた。
俺は自他共に認めるポンコツだから、課長の得意先は回ってこなかったが、キャパオーバーになった先輩の担当をいくつか回して貰うことになった。
先輩から得意先の名刺データを見せて貰い、担当名を確認する。
その中にひとつ、目当てがあった。
『海老名屋』の海老名社長だ。
「先輩、海老名社長の写真か動画ありますか?」
「あぁ、あると思うけどなんで?」
「いや、挨拶回り前にちゃんとお顔を知っておきたくて」
「なんだ佐藤。急にやる気になってるじゃん」
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「なんかお前、めっちゃ気に入られたみたいだな~。あそこの社長、機嫌がコロコロ変わるんだけどさ。今日で良かったなー」
「いやぁ、運がよかったんですね~」
「あぁ、お前、金曜日に酷い目にあってたからな。その分今日は運が味方してくれたんだな!」
「はははは……」
午後、先輩と一緒に担当替えの挨拶へ行く際に、真っ先に海老名屋に行ってみたいと提案し、挨拶をできるだけ丁寧に、にこやかにハキハキとしてみた。
ちょうど社長は大きな商談が上手くまとまったとかで、えらく機嫌が良かった。
うちの材料を今後もどんどん仕入れるよと約束してくれた。
予想通りだ。俺はスマホを見てニヤリとした。
【海老名】 今日の天気 午前:曇り/午後:晴れのち曇り
どうやらこの天気予報は、市町村名と同じ名前の人間の、大まかな気分を予報として教えてくれるらしい。
晴れなら良い気分。曇りなら普通かイマイチ。雨だと悲しい。雷は怒りだ。
結構便利だが万能ではない。俺の名前の『佐藤』のように、市町村名と一致しない人は調べられない。
それと、全く関連のない他人は調べられない。今日のように先輩の得意先で顔写真を見れるくらいならギリギリ確認できたが、名前と顔が一致しない人や、芸能人などの遠い存在の人間は無理だった。
しかし、今まで何をやっても営業が上手く行かなくて万年最下位の俺にはこれでも充分チートだ。
予め相手の機嫌の良さそうな時を狙えば良いのだから。
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翌日も天気予報の力を使って、俺は何ヶ所かの得意先に気に入られた。
他のところもこの調子でイケる。苦手な飛び込みですら、一旦担当と顔繋ぎだけでもと粘り、そいつが市町村名と同じなら後日改めて機嫌の良い時に行けば良い。
やっと俺を馬鹿にしていた奴らを見返す事ができる。
俺とウマの合わなかった福岡課長もいなくなるし、順風満帆だ!
前祝いで駅前のスーパーでビールとつまみを買い込み、また両手にレジ袋を下げてウキウキでアパートへ帰る。
途中、俺とすれ違う人が何人か変な顔をしていたが、気にも止めなかった。
家で飲んでいるとメッセージアプリの通知音がした。
何気なく見て背筋が凍る。
『ゆるさない』
中野さんからのメッセージだった。
既読になったのに気づいたのか、メッセージが連続で入る。妙にマヌケな通知音が立て続けに鳴る。
『あんたのせいであたしは』
『あんたは楽しそうにしてる』
『殺す』
『今ついてきた』
慌てて中野さんをブロックする。
なんで!?俺のせいじゃないって!!疑惑は晴れたでしょ!?
「……あ」
あの時、最初に呼び出されたのは福岡課長だけだった。そしてシラを切って証拠を出されたっていう時に中野さんが同席してたとは聞いていない。
その後も、俺が奥さん側に告げ口をしたわけじゃないと福岡課長はちゃんと中野さんに説明するだろうか。
―――――多分、しない。それどころじゃないだろうし、あいつら普段馬鹿にしていた俺の事なんてわざわざ話に出すとは思えない。
それよりも、『今ついてきた』って何!?
まさか会社から尾行されてた!?
俺はスマホの天気予報を見る。
『対象を手動で選び直す』の方から【中野】を選択して確認ボタンを押した。
【中野】 今日の天気 午後:曇りのち雨
「……雷じゃない」
なんだ。悲しんでるだけじゃないか。辛くて八つ当たりの冗談でメッセージを送ったんだろう。
……と、自分に言い聞かせようとするが次の瞬間に心臓が痛いほどドクリとした。
"ピーンポーン…………"
俺の部屋のインターフォンが鳴る。
喉が張り付いて声がでない。スマホを持った指が震えて、勝手に『現在地から対象を選び直す』というボタンをクリックした。
検索結果
【中野】 あなたとの距離:6m
"ピーンポーン…………"
ドアノブを回しているらしく、ガチャガチャと音がする。
「…………警察!!110番!」
電話をかけようとスマホのホーム画面に戻ると、画面のど真ん中、時計表示のすぐ下に表示された天気予報のウィジェットに目が釘付けになった。
"今日の天気 : ☁️のち☔"
雨のマークは、真っ赤に、血の色になっていた。
最後まで読んでいただきありがとうございました。
もしよろしければ同じテーマで全く違うお話の【ライトサイド】もどうぞ。
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