キヲク
何事もいずれ終わりあり
雲は優雅に青空を掻き分け行進する。また太陽光は人々の黒髪に向け強く襲いかかる。故に人々は400m級の摩天楼が造る影に沿って歩く。トウキョウの夏は暑苦しく、そして不快としか言い表せなかった。
愛実る手繋には湧き出る水滴と熱が篭る。美彩は繋いだ手を離し、花柄のおとなしいハンカチで音もなく、青空を映し出している水滴を拭き取る。顔には暑さ故か少しばかり紅色を浮かべていた。亮平もまた横で彼女の顔を眺め、どこかで見た事のある記憶の木漏れ日に浸っていた。
美彩は記憶に潜る研究をしている学者である。ただ学者と言うのは建前であり、主に行っている事はただのスパイ映画の主人公のようなものである。このとこは深く愛し合っている亮平も知っていた。
摩天楼が造る冷徹な影が伸びていく頃、二人はモダンなカフェに足を運んだ。冷たく甘く苦い、華やかな香りが二人を歓迎しているかくの如く包み込み、そっとカウンターまで誘導をした。
注文したあと、二人はまるで液体になったかのようにソファに沈み込み、一息をついた。
「もしこのベルを鳴らしたときの音が、耳を劈くほど高い音だったら?」美彩は太陽の光をよく集めたであろう熱々の黒のカバンから、魚眼カメラを通して見てるかのような、カフェを映し出すベルを取り出して言ったあと、音も建てずにカバンの先程より少し浅い位置に戻した。
「高い音が鳴ったら現実、なにも鳴らなかったら記憶の中…もう流石に覚えたよ。」運んでくるコーヒーの香りを横目に、問題に答えた。
「正解、流石だね。やっぱり一流の企業Rの幹部さんはちゃんと覚えてるね。」
「なにそれ、バカにしてるの?」
二人は共に小声を上げ笑い、美彩は冷えた青白い手をそっと亮平の手に添え、徐々に熱を奪っていった。
刻一刻と時計の針と人が流れていく中、依然としてコーヒーの香りは周囲の冷たいクーラーの風と混ざり調和し、停滞した微温い空気を押し揺るがす。つい先程まで世界を自然光が支配していたが、今では人工の光が地を照らし支配していた。
しかしこちらでは、チャックが空いていた亮平のリックサックから、丁寧にファイル詰めされた企業の書類が緩やかに空中を充分に舞ったあと、木目調の地をバラバラに支配した。
二人と周囲の客は立ち上がり、その複数枚の紙に目がけ集まり、紙をかき集め、そして客は皆揃って美彩の手に紙を渡した。また美彩が立ち上がった際に横になったカバンから、浅い位置においたベルが自由を求めるかのように空中をめがけ転び落ち、再び湾曲した店内の景色を映し出す。
やがてベルが地に触れたとき、亮平は自然と瞳孔が大きく開き、白目を押しのけ、金色に輝く自分の顔が映るベルを眺めた。カフェに流れていた美しいジャズと溢れかえった客の話し声などから構成されたノイズが遠く、そして聴こえなくなったと同時に、頭の内側から表情に掛けて白く蒼く染まった。
ベルの音が鳴らなかったらからである。
最後までご覧頂き、ありがとうございます。
初めて小説を(最後まで)書いたものですので、多々見苦しい所があると思います。
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