似姿の姉妹
今日は隣国の重鎮達と我が国による懇談会が開かれる。両国の和平の証とも言えるこの会は、当たり前であるがかなり重要視されているのだが……。それをよりにもよって王族に名を連ねる彼がぶち壊そうと、何やら目論んでいるそうだと聞いた時は目玉が落ちるかと思った。
馬鹿だ馬鹿だとは思っていたが、よもやそこまで愚かしい事をしでかそうとするとは。しかしそのおかげとでも言おうか、隠しているつもりなのかもしれないがその動きは私達と言わず、誰にでもわかるような動きであったため、事が起こる前に策を講じる事ができた。
向こうがこちらを陥れ嵌めようというならば私達も彼らの企みをそっくりそのまま利用し、私達の自由を勝ち取ろうという素敵な計画だ。と、噂をすればというやつだ。第二王子を筆頭とし、宰相の子息、騎士団長の子息に、宮廷楽師の次男坊。それにあれは男爵家の庶子の少女、という子かしら。男爵が手を出したメイドの子だとかなんとか調査書にも書かれていたけれど、出生はどうあれ、人としてもどうかと言いたくなるような振る舞いばかりなさっているようで。
婚約者ありきのものばかりに手を出すどころか、既に婚姻しているような方にも媚びを売り様々なところで問題を起こし、挙句の果てには自分の取り巻きを利用して美人局のような事もしていると。開いた口が塞がらないとはまさにこのことでしょう。そんな女のどこに真実の愛を見つけたと宣うのか。滑稽で珍妙な輩の集まりが目前に迫り、思わず口元に嘲笑が浮かびそうになって扇でそれを隠した。
「あら殿下、それに皆様お揃いのようで。ごきげんよう?」
「……何がごきげんよう、だ。貴様からそのような言葉を受ける筋合いはない。それどころか、貴様はこの場に招かれるべき人間でもないだろう」
「……あら、何故かしら?」
一瞬、ほんの僅かな時間だがそれは自己紹介のつもりですかと言いそうになったが抑えた。持ちこたえ放った言葉と首を傾げる仕草に障ったのか、殿下はその麗しいとご令嬢方に評判の顔を歪める。
「白々しい。貴様はこの愛らしいミリーに嫉妬し、悪評を広めるだけではなく人気のない場に集団で呼び寄せ罵倒したり頬を叩いたりしたはずだ!その上、階段から突き落としまでしたと!!可哀想にミリーは命に別状はなかったが、足を挫いたり母上の形見のアミュレットが砕けてしまったと泣いていたんだぞ!」
「まぁ、それはお気の毒に。けれど私、そんな事知りませんわ。その方を見たのも初めてといいますのに」
「嘘を言うな!この悪女め!!貴様と結婚なんてできるか、私はこの健気で可愛らしいミリーと結婚する!」
「ネザンツ様!」
勝手に盛り上がって、勝手に抱き合い、まるで自分達こそが大衆向け物語の主人公のだと言わんばかりの彼らに扇に隠した笑みが深まる。果たしてその先に待っているのは夢のような楽園などではなく、奈落の底だというのを知ったらどうなるか。
「まぁまぁ、殿下ったら。私との婚約破棄?できるわけがないでしょう、私は妹ですのよ。貴方が婚約した姉と似姿の」
そう。私と姉様はとてもよく似ている。まるで元々一人だった人間が二人に別れてしまったように。王子だけでなく他の皆様も気付いた様子はなかったから、そう私が口にすれば暫し動きを止めて固まってしまっていたわ。ふふ、おかしい事。
「い、妹……だと?なれば貴様は、いや、貴方は…………」
「ルウイ帝国の王弟様に嫁ぐ予定にございます、ショイレ公爵が娘のアクヤにございます。花嫁修行の為にこちらにいるよりもあちらにいる方が長く、そのせいか私の存在をお忘れになる方も多いようで寂しゅうございますわ」
王子にとってこれは少し嫌みが過ぎただろうか。しかし本当に関わりのないどうでもいい者らは私自身忘れてしまいますから。私の身分と状況を知り、顔色を悪くする王子とそのお仲間さん方、そしてよくわかっていらっしゃないご様子の彼女。
それはそうですわよね。だって一番友好関係に気を使わなければならない、刺激する事すら躊躇われる帝国関係の者に言いがかりをつけたんですもの。当然、姉妹を間違えましただけでは済みませんわよねぇ。しかも私とあちらの王弟様との婚約は王家を通して行われた政略的な結婚となる予定でしたもの。あちらが侮られたと怒りだし責任を問われでもしたら……ウフフフフ
「何やら楽しそうだな、アクヤ」
「ダリウス様」
私の片割れたる姉を困らせてきた相手、どうしても苛めたくなってしまって事を上手く進められずにいると背後から様子を窺っていらした王弟殿下が声をかけて下さり、私の腰に腕を回しました。仲の睦まじい様子を見せつけるのも牽制と罪の重さを知らしめるのに良いですものねぇ。私より七つも年上のこの方は、けれど私を小娘などとは扱わずきちんと一人の淑女として扱って下さります。
それはもう、朝から晩まで愛を囁き、私を気遣い、贈り物や両親、友人にまで丁寧に丁寧に振る舞って下さいますの。ですので私も最初は戸惑っていたのだけれどすっかり絆され、彼を未来の夫として精一杯支え愛を返せるよう、帝国の流儀を学び一日も早く妻となるべく励んでいます。逞しいその腕に抱かれ安心と少しの恥ずかしさを感じながらダリウス様とそれとなくアイコンタクトをとり、この茶番劇の幕を引くべく、私達は彼らに向き直ります。
私に向けていた優しげな眼差しがどこへやら、スッと厳しく険しいものとなるのを見、王族としての品位や圧などを更に見せつけるダリウス様の立ち居振る舞いに不覚にも胸がときめいてしまいましたが、それはそれとして。
「貴殿等は、この会の重要性を理解していないのか。それとも理解しているにも関わらず我が妻となるアクヤを、我が帝国を愚弄したのか?ならばこちらもそれ相応の対応をさせてもらおう。覚悟しておくがいい」
さて、私達の役目はこれで終わり。後は関係を改めるなり姉様と話し合うなり、王子を罰するなり男爵令嬢を捕えるなり我が国の上層部の者たちの手腕を信じましょう。ここまで盛大に釘を刺したんだもの、願わくば今までのように日和見や他力本願でなぁなぁに済ませられるとは思わないでほしいわ。
その後、騒がしくなる自国の騒動の渦中にいる姉より先に私が婚姻式を行い恙無く嫁ぎ。やはり問題の多い王太子は継承権の剥奪と王籍の抹消、及び断種の刑が施された後一代限りの伯爵家として実りも少ない領地へと実質追放処分となり、女の方は様々な家に被害を出したことにより慰謝料を求められそれを支払うために過酷な労働環境へと向かったそう。
鉱山にて働く男性らの相手とそれとは別にして砂金を探すための川洗い作業。汗水流す彼らの衣服の洗濯や食事の支度などの雑用などをこの先慰謝料を全て支払い終えるまで行った上で、まだ息があるようならば罪に応じた刑を賜ると。
姦淫罪、王族に対する虚偽の申告、上位貴族に対する侮辱罪、他国の王侯貴族に対する侮辱罪。あげてもあげてもキリがないほどであるのだからもう何も言うまい。
姉はまだ傷心が癒えていないとのことなのでもう暫くは養生した上で気が向いた頃に嫁ぎ先を探そうと趣味で行っていた推理物の小説をこっそりと始めたそうだ。前々から小説を書きたがってはいたけれど、それにかける暇もなく予定は詰まっていたのを思えばようやく姉は自由にできる時間と権利を得たのだと妹ながら姉の喜びが伝わってきて私も流行りのガラスペンや帝国の質の良い紙、書きやすく変色のしにくいインクなどを送って執筆活動に細やかながら貢献した。
初版から売れなくとも良いから姉の作品を受け入れ応援してくれる人が一人でも多く生まれてくれたら幸いだと思う。
そんなことを遠くから思っていれば私も嫁いで直ぐに懐妊したために慌ただしくなり、気付けばあっという間に年月が経っていた。可愛い息子と優しい旦那様に良くしてくれる義家族の皆様に毎日助けられ幸せに暮らしている。
ふと久しぶりに届いた姉からの祝福の手紙には夢物語のようにはいかずとも本の売れ行きは悪くないらしいと書かれファンもそれなりに着いたと喜びが滲むような一文があった。
結婚のことや将来はまだわからないけれど、今私たちは二人ともに幸せの絶頂にいると言っても過言ではない。この幸せが続くことを、切に願う。