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世界を救う報酬

 僕は昔からファンタジーが大好きだった。神秘があり、太古があり、魔法があったりするような、そんな物語たちが好きだった。ありふれたことしかないこんな日常は飛び出して、いっそファンタジーの世界に身をやつしたいなどと本気で思っていた。やはり僕は間違っていたのだろう。現実は非情である。それが、いかに非現実的な現実であったとしても、だ。


 うららかな春の日、突然の出来事だった。僕の異世界譚の始まりの日の話だ。さっそくだが、訂正が一つある。うららかな春の日、と述べたが、正確にはよくわからない。季節も、天気も。ただ、うんざりするくらい普通の日だったことは確かだ。僕はいたって普通の高校生。いたって普通の朝に、いたって普通の朝食をとり、いつもと同じ通学路を、周りと違わぬ速度で、ぼんやりと登校していた。しかし、そんなかったるい平凡を打ち砕くようにそれは降ってきた。

 「親方! 空から女の子が! 」

 誰かのあげたその声につい反応して空を見上げた僕は、目の前にふわりと舞い降りた少女と目があってしまった。綺麗な少女だったことは認めよう。翼の生えた彼女はショートヘアで、美少年のような美少女だった。

 「あ、君でいいや。」

 彼女はそう呟いた。確かにそう言った。僕がぽかんと彼女を見上げていると、彼女はぐいと僕の手を引いた。

 「じゃあ行こうか。私たちの世界が危ないから助けてほしいんだ。」

 彼女は顔色ひとつ変えずにそう言うと、そのまま僕を引き上げる。女の子に手を引かれたのははじめてだなぁなんて思ってると、知らずと僕の身体は浮いていた。ふんわりと、だ。手を引かれるままに空を舞うと、頭上に黒々とした球があることに気づいた。なるほど、あれが異世界の入り口というやつか。

 あの時の僕はきっとどうかしていたのだ。抵抗することもなく、そのゲートをくぐってしまったのだから。


 ゲートを抜けると、そこは雪国だった。見渡す限りの白銀の世界。その雪の海原にポツンと浮かぶ小さな小屋、そこに僕は連れていかれた。ログハウスの趣がある内装で、戸惑う心も少し落ち着く。中は外見よりかなり広かった。だがしかし窮屈な部屋だった。ひとえに、この部屋の主のせいだ。この部屋の主は雪男なのだろう。とは言っても、僕の脳内にすでに構築されていた雪男像とは少し異なっていた。見た目は、そう、ただの大男と言った感じだ。筋骨隆々とはこのことか。きら煌めく大胸筋に大きく「雪男」と記されていなければ、僕は彼を雪男と知ることはなかったと思う。

 「じゃ、私はこれで。給金は直接彼に支払ってくださいね。」

 ショートヘア天使は雪男に何か紙を渡しながらそう言うと、すっと飛び立ってきえてしまった。残された僕はしばらく考えてから、ある種の焦燥感の芽生えを感じた。よく考えてみれば、これはやばい状況ではなかろうか。「帰る手段がない」この一言に戦慄を覚えたのははじめてのことだった。異世界転移の主人公の皆様、ごめんなさい。異世界、なめてました。

 「やあ、少年、よろしくな! 」

筋肉の塊は、馴れ馴れしくも肩に手を回そうとしてくる。近い近い近い。

 「戸惑っているだろう?そうだろう? 何も心配することはない。俺は何も無理やり働かせようとは思ってない。ちゃんと給料もだすし、休憩をとってもらっても構わない。そういう契約だからな。」

 え? 何? 僕はここで働くのか? 契約?

 「まあ、あれだ。わかってくれて何よりだ。」

 いやいや、全く状況がつかめないんだけど?

 「はっはっは。今回の助っ人はなかなかどうして頼もしいじゃないか。」

 は?

 ただひとつ、わかったことがある。それは、この雪男は見かけ通りむさ苦しくて熱苦しいやつだということだ。


 雪男からの話をじっくりと聞き、ようやく僕は状況を理解出来た。簡単な話が、人材派遣のようなものらしい。あの美少女天使は異世界間ネットワーク労働者派遣業者の人だという。何が「私たちの世界」だよ。

 「いや、今は雪人参とか氷大根の収穫期なんだが、人手が足りなくてこまってたんだ。」

 なるほど、労働内容はだいたい理解出来た。とりあえず、掘るのだろう。


 実際にやってみてわかったことだが、これはなかなかに骨が折れる。ずっと屈んだ姿勢で冷たい雪を手探り、見つけ出し、掘る。それを何度も何度も繰り返した。しかしここの一日はとても長いようだ。日暮れごろになると、僕はもう雪人参の品種すら見分けられるようになっていた。

 「やあ、あんたなかなかやるな。気に入った。またいつでも来てくれるといい。あ、これが今回の給料だ。」

 僕は輝く硬貨と、雪にんじんの束を押し付けられた。僕が受け取ったのをみると、雪男は目に涙を浮かべて手を振った。不思議に思って後ろを見ると、後ろに例の天使が立っていた。なるほど、やっと帰れるのか。

 「ありがとうございました。おかげで世界はすくわれました。元の世界までお送りしましょう。」

 相変わらずの愛想のない業務的口調で感動的セリフを述べたのち、彼女は僕の手を引いてゲートへといざなった。振り返ると泣きながら手を振る雪男がいて、少し切なくなったのは内緒だ。

 戻ってくると、出発したのと同じ場所、同じ時だった。

 「それでは、また。」

 彼女はそう言い残してふわっと飛び上がって消えた。ん? またってなんだ?


 慣れとは怖いものだ。僕はすっかり慣れてしまっていた。あれから天使ちゃんは何度も来た。僕が連れて行かれる異世界はいつも違うところだった。でもどこにいっても同じだった。天使ちゃんは僕をおいてどこかに行き、僕はそこでしばらく働き、また天使ちゃんが来て僕を連れて帰る。不満はないが満足するわけでもなく、なんの感動もないまま僕はまたこの世界へと帰ってくるのだ。異世界に渡るということに、すっかり慣れてしまっていた。

 

 ある日突然に、天使ちゃんは舞い降りて来なくなった。毎日のように来ていたのに来なくなった。1日目は喜んだ。2日目は少し不安になった。3日目になるともう落ち着かなくて落ち着かなくて、小声で天使ちゃんを呼んでみようとしたけれど、考えてみれば僕は天使ちゃんの名前を知らなかった。

  4日目には、慣れた。

 もうなぜだかわからないのだけれど、天使ちゃんは来ないのだなと理解した。手元に残ったのは、この世界においてはなんの価値も持たない異世界の通貨だけだった。


 季節が巡り、異世界の記憶もぐるぐるしてきた頃、僕の目の前に1人の少女が舞い降りた。僕はもう、大学生になっていた。ショートカットの彼女の顔と、その白い翼に僕は見覚えがあった。

 「久しぶりですね。」

 僕が言うと彼女は、

 「やっとまた会えました。」

 顔色一つ変えずにそう言った。

 「謝りたいことがあります」

 彼女はそう続ける。

 「こちらの手違いでした。あなたは契約者ではありませんでした。その件の事後処理などに少し手間取ってしまいましたが、落ち着きましたのでお詫びに参りました。」

 淡々とした口調が紡ぐ内容に理解がおいつかないまま、異世界との接触の慌しさに懐かしさを覚えている自分に気がついた。その後、聞いた話をまとめるとこうだ。彼女が所属する「人材派遣会社」は会員制である。それは、雇う側、雇われる側に拘らない。異世界からの人材派遣は「派遣ぽいんと」というものを用いて行われるらしく、その「ぽいんと」は自らが異世界で雇われることでたまるという。

 「今回の件は情報の登録ミスによるものです。本来労働を行うべきはこの世界のパラレルワールドにあたるところにいる『あなた』だったのですが、手違いによりあなたを連れ回すことになってしまいました。」

 「お詫びとして、特別会員証と2000ぽいんとを差し上げます。」

 彼女に渡されたのは、画面のついた小さな情報端末だった。ああ、そういえば何度か見たことのある端末だ。これが会員証だったのか。

 「ここに依頼したい内容を打てば、それが何ぽいんと分の依頼になるかが表示されます。『決定』を押していただきますと依頼が完了します。」

 「君が連れてくるのかい?」

 「この世界のゲートの統括は私に任されているので、その可能性が高いと思います。」

 「そうか。」

 「他に質問がなければ私はこれで」と言うと彼女は頭上にゲートを開く。その彼女を引き止めて僕は最後の質問をした。

 「2000ぽいんとあれば、どんなことができるのかな?」

 彼女は少し考えてから、

 「世界を救うことぐらいは、できるとおもいます。」

  

 彼女は去って僕は残された。異世界なんて馬鹿馬鹿しい。どんな、非日常に放り出されても、日常はそれを簡単に飲み込んでしまう。そこにあるのは無限に続くつまらない日常と、情のある非現実の世界なのだ。二度と異世界などと関わるものか。そう思いながら僕は異世界への鍵を大事に引き出しにしまった。


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