これで僕も冒険者に……あれ?
異世界生活二日目は、無駄に豪華な客室で『異世界のススメ』を熟読したり、モニカさんやミレアさんと談笑して過ごした。
クラインさんは執務で忙しく、ローラントさんも殉職した騎士達の事後処理に追われていた為、挨拶くらいしかできなかった。
伯爵家には専属の料理人がおり、朝晩の食事はモニカさんに招待されてプロの料理を一緒に食べた。
その際、ミレアさんはモニカさんの給仕として働いており、一緒に食べる事はない。
昼食はミレアさんが作ってくれた料理を自室でいただいた。
料理人さんの料理はまさにプロの味で、見た目も味も華やかなものだったが、ミレアさんの料理は庶民的で栄養のありそうなものだった。
もちろん和食ではない洋食っぽいものだし、材料も異世界ならではの不思議食材だったりしたが、何故だか懐かしく感じるような、そんな味だった。
どちらもジャンルの違う美味しさだが、日本の庶民だった僕としては、ミレアさんの料理の方が美味しいと思った。
それを素直に言うと、ミレアさんは顔を赤くして喜んでいた。
はにかんだ笑顔が可愛すぎて僕まで恥ずかしくなったよ。
高校生か大学生くらいの女の子になにを考えてるんだろう。
まぁ、この世界的には十分に大人なんだけどね。
夜にはお風呂にも入った。
この世界ではお風呂は一般的ではないようだけど、貴族や商人なんかは魔道具を使ってお風呂を焚く人もいるようだ。
伯爵家ともなれば銭湯並みの大きな浴槽を持っており、僕は懇願して入らせてもらったのだ。
やっぱり現代日本人としてお風呂に入らないと気持ち悪いからね。
そんなこんなで食事やお風呂を楽しみながら、異世界についての知識を多少は身につけた。
昼食の際にミレアさんが隣に座って食べさせようとしてきたり、お風呂に侵入して来ようとしたり、会って間もないのに強引に迫ろうとするのには驚いた。
どうやらこの世界では恋に情熱的な女性も多いらしい。
お風呂は何とか回避したよ。
もうちょっとゆっくり関係を進めさせてくれないかな……
そんなこんなで三日目。
僕は朝食をとった後、冒険者ギルドへ向かった。
ローラントさんの部下の人に案内してもらい、ギルドに到着。
大きな建物の前で案内役の人に礼をし、そこで別れる。
さぁ、ここからは1人だ。
強く鼓動を打つ胸を鎮めようと深呼吸をし、僕は扉を押して中に入った。
建物に入ると、ちょっとした広間に幾人もの人がいて、数人ずつで固まってガヤガヤと話していた。
鎧を着て剣や槍を担いだ人や、ローブを着て杖を持った人、腰に短剣を提げた軽装の人など、様々な人がいる。
僕が中に入ると、数人がこちらをチラッと見たが、すぐに興味を無くして視線を逸らした。
広間の奥に受付っぽいのが見えて歩き出す。
人の間を縫って歩いて行くと、こちらに気付いた受付の女性がナイスなビジネススマイルで一礼した。
「こんにちは、ご用件をお伺い致します。」
可愛いな。
やっぱりどこの世界でも受付ってのは顔も重視されるのかな。
「こんにちは。冒険者の登録をさせていただきたいのですが、こちらで宜しいのでしょうか?」
サラリーマンの癖で、丁寧に聞かれると丁寧に答えてしまう。
受付さんはちょっと驚いた後、和やかに笑った。
「冒険者登録ですね。はい、こちらで承ります。まずこちらの登録用紙に必要事項をご記入いただきますが、失礼ながら文字の読み書きはできますでしょうか?」
「はい、大丈夫です。」
「それでは、こちらのご記入をお願い致します。項目によってご記入の拒否は可能ですが、より詳細にご記入いただくと、ご紹介できる依頼の幅が広がります。また、最低限お名前とご年齢だけはご記入いただかなければ登録は致しかねますので、ご理解の程宜しくお願い致します。」
「わかりました。あ、それと……こちらはいまお渡しして宜しいでしょうか。」
「こちらは……推薦状ですね。確認させていただきますので、お預かり致します。」
「はい。それじゃその間に記入しますね。」
「宜しくお願い致します。」
受付の横にある記入スペースへ。
記入項目は名前、年齢、性別、住所(宿暮らし以外で確定している居住があれば)、得意な技能(戦闘、採取、魔法など)、経歴(前職など)、魔物討伐の経験、他の街に移動する意思。
というものだった。
受付さんの言う通りに、なるべく詳細に記入する。
アキヒト・カネニシ、25歳、男、フォンテーヌ伯爵の城内に間借り中、打撃での直接戦闘、遠い異国の営業職、ワイバーンの討伐実績あり、移動する予定、と記入した。
「カネニシ様、ご記入いただいているところ大変申し訳ございません。推薦状の件でギルドマスターがお話を伺いたいとの事ですが、お時間宜しいでしょうか?」
ちょうど記入したタイミングで受付さんが話しかけてきた。
「はい、大丈夫です。ちょうど書き終えましたので。」
「ありがとうございます。そちらはお預かり致しますね。…それではご案内致します。」
「こちらでギルドマスターがお待ちです。どうぞお入り下さい。」
ギルドの三階、その奥にある両開きの扉の前まで案内した受付さんがそう言った。
いざ入ろうとするが、取手を掴んだ手が止まる。
それは、探知スキルが扉の先にいる存在を感知したからだ。
「あの、この中にいらっしゃるのはギルドマスターだけですか?」
「そのはずですが…?」
探知スキルによれば、部屋の中には4人の反応がある。
部屋の奥の方に1人、その近くに1人、そして扉の先に潜んでいるのが1人、最後に屋根裏に1人。
しかも扉の先にいる人物と屋根裏の人物の反応が何やら異質だった事から、スキルのようなもので気配を隠しているのではないかと思った。
だから受付さんに確認してみたのだが、何も知らない様子でキョトンとしている。
演技が上手いという可能性もあるが、強くなりすぎた身体強化スキルは人の表情のちょっとした変化も見逃さない動体視力を発揮する。
受付さんの反応に不可解なところはなかった。
つまりこの人は本当に知らないのだ。
「……?どうかなさいましたか?」
部屋に入らない僕を受付さんが訝しげに見ている。
これ以上迷っていても仕方ない。
何より、その存在を知っているなら対処は不可能ではないはずだ。
それくらい僕は身体強化スキルさんを信用していた。
意を決してノックし、扉を開け放った。
「失礼します。」
「ふっ!」
扉を開けた僕の目の前で、潜んでいた人が剣を振り下ろそうとしている。
「ほいっと」
僕は焦ることなく、剣撃を避けながら彼の背後を取った。
「なっ!?…くっ!」
「よっ」
避けられたことに驚いて振り向きざまに剣を薙ぐが、僕に足を払われてダイナミックに転んだ。
更に落ちた剣を踏み抜く。
剣は見事に砕け、床も少し陥没した。
あれ、やり過ぎた?