とある前線の男女事情。
最初は軽く、誘うように、触れ合わせるだけ。
目は閉じない。
見つめあって、何度か繰り返したら、今度は強く押し付けるように。
二回、角度を変えて、少しだけ隙間を作る。
する、と入ってくるそれを、歯を使わずに緩く挟む。
一度離れて、今度は目を閉じる。
開いた感触を感じたら、その日はそのまま寝床へ。
ゆったりとした行為が、彼の好みだ。
閉じたままの場合は、そのまま体を預けて雰囲気を楽しむ。
お酒が入っているときには、したくないらしい。
あまり強くないからと言っていたけれど、見られたくないからだと思う。
少し強引に、大胆に求められるのは、とてもよかったので、また潜り込もうと思う。
今日は飲んでないみたいなので、緩い空気に身を任せる。
強く、腰を引き寄せる力に、どうしようもなく高揚を煽られる。
いつの間にか、抱き上げられていて、ベッドに倒れこむ。
そろそろ、と話していたので、事前準備はシャワーだけ。
前に一度、したときのことを思い出して、ぞくり、と背筋が震えた。
とても盛り上がったので、仕込みのレパートリーに加えた。
まだバレてはいない。
泣きそうな表情に、体が震えた。
今日はなんだか、いつもより、体が熱い。
前に、仕込みを試したときに、とても似ている。
彼の目が、嗜虐に染まっている。
バレていた。
二日に一度は、多かったみたい。
あの子と二人一緒は、特に気にしないし、むしろうれしい。
ちょっと興奮するから、いいのだけれど。
二人一緒の時は、彼が持て余しているとき。
いつもは彼を見て、こちらから誘う。
けれど、今日は彼から。
……明日の約束は、間に合いそうにない。
鼻が良いらしい。
嗅覚という意味ではなく、センサーという意味で。
辺境と呼ばれるこの地。
その最前線に、主力部隊の一人として参加した。
そこでは、いくつかの少数編成に分けられ、距離をあけて配置された。
中には単独で行動する猛者もいる。
俺は女術師とコンビを組んで対応した。
その休憩中に、だった。
彼女がすんすんと俺の胸元のにおいを嗅いだ瞬間に泣きそうな顔になったので、慌てて抱きしめた。
鎧を外していてよかった。
強めに抱きしめても、彼女が痛がることは無い。
でも、つけていれば、においが紛れたかもしれない。
いや、不誠実なことしたのは俺だ。
だから、話を聞いてほしい。
百や二百の魔物の群れは、ここでは日常茶飯事だ。
五年前に行われた大捕物の名残で、巨大な魔力溜まりが定着してしまった影響だ。
普通のものなら、中心地で儀式を行うことで散らせる。
しかし、ここにはいくつもの魔力溜まりが隣接している。
一か所散らした瞬間、他に吸収されるらしい。
なので、ここではひたすら魔物を倒す。
それによって魔力は溜まらずに地脈へと流れる。
俺がここに到着した時も、戦いの真っ最中だった。
その数に最初は驚いたが、目的はその戦いだったので、すぐに馴染んだ。
その日は、数か月に一度起こる大規模な討伐戦だった。
相手は普段の十倍。
死と隣り合わせの緊張感。
研ぎ澄まされた感覚で、獲物に向き合う。
四方から襲い来るので、視野は広く保つ。
数が数なので、体力温存のために最小限の動作で。
戦いの高揚は集中力が増す反面、体力を削る。
休憩のときには、できるだけ感覚を閉ざして、昂った血を収める。
自分の中で完璧にコントロールするのが一流だが、俺はまだ未熟で、どうしても抑えられないときがある。
そんな時に、迫られた。
自分もそうだから、互いを利用しよう。
このままだと、仕事に支障が出る。
最後は、我慢できない、という言葉に逆らえず。
いや、言い訳だな。
全面的に悪いのは俺だ。
だから、彼女は何も悪くない。
え?
怒ってない?
嬉しい?
……それは、よかった。
正直、気が気ではなかった。
特に最近は仲が良かったようだし。
なにやら企んでいたようだが、今は気にしない。
色々な意味で疲れたので、とりあえず拠点に帰ろう。
だから、そろそろ体を押し付けるのはやめてほしい。
ぶり返してしまうから。
感じたことのないその感覚は、彼女に抱いたものに似ていた。
そんなはずはないと思っていても、視界に入るたびに体に走る熱は誤魔化しきれなかった。
自分にとって、男は嫌悪の対象だった。
嬲られ、奪われた。
路地裏のような日陰に住むものにすればそれは珍しくないことだったし、その時の仲のいい知人は、それを武器にするような猛者だった。
ただ、自分が耐えられなかっただけだ。
だから、強くなろうと思った。
後に全員を潰した。
物理的に。
元々魔術の素養はあったらしく、知人に紹介してもらった術師に基礎を教わった。
仕返しの攻撃手段に物理を選んだのは、そちらの方が気が晴れると思ったから。
肉体と武器を強化して、殴る。
シンプルな戦術が自分にはあっていた。
憂さ晴らしは済んだが、気は晴れても嫌悪は消えなかった。
それは、男のそういう視線が私に向くと特に感じる。
しかし、過剰に男を恐れずに済んだのは知人のおかげだ。
その後、自分が同性に目を向けるのは自然なことだった。
もとからその気があったわけではない。
知人が両刀だったのは関係が無い。
一緒に住んでいたのは、もっと関係が無い。
感謝はしている。
そこは、毎日が戦争だった。
奇襲夜襲は当たり前。
魔物に昼夜は関係ない。
だから、監視は四六時中、交代で行われている。
その群れに気が付いたのは、奴だった。
彼女と行動を共にする、あの男。
別に男と一緒だからと言って、その女にまで確執があるわけではない。
男がそういう目線を女に向けるのは仕方がないというのは分かっている。
自分に向くのが嫌なだけだ。
一線級の強者は仕事の時は真面目な目をしているので、それほど気にならないと分かったのは、ここへ来てよかったと思えたことの一つだ。
まぁ、それ以外だと割と遠慮が無いが、一度絡んできたのを熨した後は直接的な行動がなくなったのでまぁいい。
その切り替えが重要だとも思うから。
けれど奴の目は、そんな嫌悪を抱かなかった。
いつも、対等の存在として自分を見る。
それに気づいたのは、今回の作戦会議の前のことだ。
会議室は、ギルドの一室で行われた。
部屋に奴がいた。
奴以外にいた数人の目を感じて、いつものことだと嫌悪を抑えて目を逸らした。
その中にあって奴の視線は、他の男たちが仕事の話をするときのそれだと思った。
だが、違った。
奴の目は、会議が終わっても変化しなかった。
だからか自分は奴とチームを組むことに抵抗はなかった。
好みで物理攻撃を多用するが、場合によっては弾幕を張ることもできる。
奴が物理一辺倒なので、相性も悪くなかった。
奴は強かった。
襲い来る群れに正面から向き合い、打ち勝った。
常に冷静に、相手の動きを予測し、虚実合わせた技で流れをコントロールする。
まるで舞闘を見ているかのような感覚に、背を預け、預かることに、いつしか快感を覚えていた。
初めての感覚だった。
こんな性質なので、単独行動が多かった。
協力体制の時も、男と二人きりは絶対に断っていた。
だが、今回は群れが大きすぎた。
実際に、一人なら危ない場面がいくつもあった。
奴……彼は、彼女とのコンビで慣れていたのだろう。
彼によって作り出された流れは、とても心地よかった。
柄にもなく、はしゃいだ。
そして抑えきれなくなった。
彼女は、彼といるときに、特に綺麗だと感じた。
何度も、目を惹きつけられた。
それに、最初は嫉妬、のようなものを彼に覚えていたことを、否定はしない。
それが、会議の後に彼女に向いた、その時に、声をかけられた。
曰く、よろしく、とのことだった。
最初は何のことか、わからなかった。
渡されたのは。体力回復と避妊の効果を持つ魔法の薬だった。
待ってほしい。
意味が分からない。
この規模では、彼女が後方で支援する方が効率がいい。
それはわかる。
だから、彼の隣にはいられない。
それもわかる。
自分になら任せられる。
まぁ、わかる。
情熱的らしい。
わからない。
そうして惚けていた間に時は過ぎて、四日目の夜、彼の目を見て理解した。
向けられたのは、普段嫌悪してやまないもの。
今は、体の奥から、背骨に添ってしびれが走った。
腹の奥に、重い疼きが生まれた。
どうしようもなかった。
だから、彼の首に手をまわした。
これは、お互いのためだと。
このままだと支障が出ると。
最後には焦れて、とても恥ずかしい言葉を吐いた気もする。
魔法薬の空き瓶が、荷物の上に投げ出されていた。
あの子に渡した魔法薬の体力回復効果は、少しずつ時間をかけて回復するもの。
飲んでから十日間効果が持続する。
避妊の方は最長十五日間持続し、私が解除することもできるが、あの子には五日間と言ってある。
嘘は、彼の興奮を煽るため。
やっぱり、背徳感もたまにはいいと思う。
本能に身を任せたそれは、とても盛り上がる。
こう、ダメなのに、求めあう感じ。
ぞくぞくする。
もちろん、普通のも大好きだ。
バリエーションの問題。
そういう面で彼がすごかったから、今の私がある。
もし彼がいなければ、私は嬉々としてそういう仕事をしていたと思う。
気持ちいいことは、大好きだ。
それは前世から変わらず、快感の質が変わったことで、よりそれに夢中になった。
今世の倫理観が前より緩いのも、私にとっては重要なポイント。
彼のそれが前世に近かったのは、むしろ良かったかもしれない。
溺れても、彼が引き上げてくれる。
最後まで寄り添ってくれる。
もう、彼以外は考えられない。
女の子は、のーかんで。
私はいわゆる、転生者というやつだ。
前世は普通のサラリーマンとして働いていた。
ちょっと、人よりそういう欲が強かっただけで、他は普通の人間だった。
法律違反はしてない。
サポートは対象外。
不倫は不毛だと思う。
公認は、かなり興奮した。
そんなだったから、今世でもそういう面への興味は大きかった。
嫌悪感は、初めから薄かった。
体に引っ張られた面もある。
一緒にお酒を飲んで、少し密着したら、いいかなって思った。
成人の日、十五歳のときだった。
あの子に目を付けたのは、ここに来てすぐだった。
綺麗な子だと思った。
彼も好きそうだ。
そんな私の不純な気持ちに気づかずに、あの子は熱の篭った眼で私を見ていた。
イケると思った。
チャンスはすぐにやってきた。
特大規模の討伐戦。
ここで日常茶飯事なものの、大きいやつ。
数が多いだけなので、人海戦術で何とかなる。
無理でもまぁ、私が出れば問題なし。
だから、私は後方で支援に徹することにした。
彼のパートナーにあの子を推薦して。
もちろん、邪な計画だけじゃなく、純粋に戦闘面での相性も悪くないと思ったからだ。
邪のほうも、なんか彼女の目が彼に堕ちていたからイケると思った。
そうして作戦当日。
私はあの子に特製の魔法薬を渡しておく。
戸惑っていたあの子だけど、持って行かせることに成功した。
後は、彼がどれくらい本気を出すか。
彼は気づいていないけれど、彼の中には淫魔の血が混ざっている。
だから、夜の体力は私に匹敵、というか超えてるし、視線は弱めの魅了と催淫の効果がある。
あの目で見られると、とても盛り上がる。
あえて無効化はしない。
で、戦闘時。
彼は血に酔いやすいというか、戦闘の興奮が性欲に強くフィードバックされてしまう。
彼はそれを実力不足だとか言っているけれど、普通なら誰彼構わず襲い掛かってもおかしくないと思う。
それくらいの情動を私一人に抑え込めているのだから、誇っていいと思う。
私が特に好き者だというのも理由の一つではあるけれど。
かわいいので、本人には言わない。
そんな彼なので、戦闘に本気を出せばそれだけ強く揺さぶられる。
思い出しただけで腰砕けになりそうなので、後方支援に集中しよう。
上手くいくといいなぁ。