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現実世界でメモ帳アプリが使えるようになったら、緊急事態宣言が終息して彼女が出来ました

その日が来ることを願って

 午前零時。今日は待ちに待っていたリアルタイムストラテジーゲームの発売日だ。と言っても、ヨーロッパの小規模な企業が開発したゲームなので、日本ではマイナーな類いである。


 傭兵やったり、貴族に仕えて戦争して拠点をもらって繁栄させたり、鍛冶スキルを上げて生産職をしたり、比較的自由度の高いゲームだ。


 親日な人が開発に居るのか、毎回新作で日本語対応してくれるのは非常に助かっている。キャラデザインなんかも日本人好みだ。


 ネットのストアからゲームをダウンロードし終わった俺が、真っ先に始めたのはゲームではなく、ゲームを構成する各種設定が数値や文字列として保存されているデータの解析だ。


 解析って言っても、難しいことはない。それがこのゲームのいいところだ。ある数値がイチになっているのをゼロにしたら、キャラの顔にあった傷が消えるとか、所詮デジタルデータ。


 極端な話、キャラの命である体力を九九九九九とかにしたら、ほぼ死なない主人公の出来上がりだ。


 そういうのは直ぐに飽きてしまう原因になるので、もう卒業したけどな。


 そして特別なツールが必要なわけでもない。パソコンに初期搭載されている「メモ帳」アプリがあれば、簡単に編集できてしまうのだ。


 その辺の設定ファイルに対するセキュリティが甘々なのも、このゲーム開発会社の良いところである。


 さすがに、能力値に直結するような部分は最近になって暗号化されて、対策はされているが、その辺は卒業した俺には関係ない。


 設定ファイルを色々と見ながら、ゲームを起動してキャラメイキングをしてると、強い雨と風で部屋の窓が揺れる。


 五月の連休真っ最中で、仕事も休みなので天気が荒れようが関係ない。食料も飲み物も十分用意して、巣籠もりの準備もバッチリだからな。


 ゴロゴロと雷の音がし始めた……やばい、雷はやばい。停電してパソコンを起動する電力が絶たれると、さすがにどうしようもないからな。


「まあ、その時はその時で…………ん? なんだこのフラグ……VR対応してるのか、そんなこと何処にも書いてなかったけど」


 高いだけで、今一期待はずれだったVR機器を装着して、フラグをオンに書き換えて、ゲームを起動。


 その瞬間、光と共に響いた轟音、そして部屋の照明が消える。パソコンから放たれた青白いスパークが、頭部に接続されたVR機器のコードを伝って来るのを見たのが最後、俺の意識は途切れた。


 ◇◇◆◇◇


「イタタた、何だ今の、雷か!」

 急いでVR機器を外す。なんか焦げ臭いぞ……嫌な予感しかしない。


「ぐは、高かったのに!」

 今一ショボいくせに、値段だけはいっちょまえなVRさんはお亡くなりになりました。


 だが、悲劇はそれだけでは終わっていなかった。目の前で、真っ黒な画面になっているPCモニター、電源ランプは付いていない。

 PC本体も止まっているように見える。

 無駄に輝いていたゲーミングPCのサイ◯フレーム的な輝きもなく、高速回転するファンの音も聞こえない。


「あああぁぁぁぁぁぁぁ!!!!」

 モニタを揺さぶる!

 PCの電源ボタンを連打、連打、連打!

 焦げ臭い……。


「嘘だと言ってよ……」


 拳でPCデスクを二度叩いて、俺は力尽きるように崩れ落ちた。


 どれぐらい力尽きていたのだろう、泣いていたのだろうか、それとも笑っていたのだろうか……。


「ふっふっふっふっふ、ふわーはっはっは!」

 泣いても戻っては来ない、笑っても帰ってこない。そうだ取り戻せ!


「我等の目的はただひとつ。パソコン・モニターを直し、再びゲームを取り戻すのだ!」


 壊れたのなら作り直せばいいさ。と開き直って冷静になると、なんか視界に変なものが。


「なんだこれ?」


『メモ帳ーPCデスクー』

『メモ帳ーユニコーン(パソコン)』『メモ帳ーユニコーン(パソコン)』『メモ帳ーユニコーン(パソコン)』『メモ帳ーユニコーン(パソコン)』

『メモ帳ーユニコーン(パソコン)』『メモ帳ーユニコーン(パソコン)』


 それは見慣れた、俺の相棒。メモ帳アプリの窓達だった。

 色々と試してみたが、俺の視界がPCモニターのようになっていて、そこにメモ帳アプリが複数展開されている状態だった。

 指をマウスカーソルのように使えば、窓を移動できるし、最小化できる。ほぼ、PCで出来ることは出来る。

 見慣れたような、見慣れないような文字列や数値も編集できる。

 メモ帳を出す方法は簡単だった、素早く二回叩けばいい。それだけで、メモ帳は答えてくれる。


 ガリガリとPCデスクに俺は、ドライバーで傷を付ける。そしてメモ帳を開く。傷つく前と、傷ついた後を比較する。

 傷つく前のメモ帳の、「上書き保存する」アイコンを震える指でタップする。

『オーバーライト』

 どこからか聞こえた、どこぞの魔法少女が持っていたインテリジェンスデバイス的な、やけに発音が良く、ノリノリなテンションな台詞と共に、PCデスクの傷が消える。世界が改変された初めての日だった。


 俺の集中力は今、最大限に発揮されているだろう。

 古くなって捨てるに捨てられなかった、古いモニターを押し入れから引っ張り出してきた。

 無駄に二台もある、FHDにも対応してないボロモニター。だが、今、こいつらには役目がある。


 ドライバーで画面突き刺す。メモ帳を比較、上書き保存。元に戻る。

 色々なところを壊しては比較。


 本命の4Kモニター、今までの比較データを元に、故障を示すデータを予測、いや特定した。


『オーバーライト』


 4Kモニターに再び光が灯る。ケーブルでスマホと接続して、確認。


「よし!」

 モニターは取り戻した。次は俺の愛機、ユニコーンだ。


 押し入れから出てくる出てくる、組み立てればきっと起動するであろうPCパーツの数々。それをパーツごとに分類していく。

 これ組み立てたら、パソコン直す必要なくね?

 って思えるぐらい現役っぽいパーツもある。だが、それはナンセンスだ。

 焦げ臭い、ユニコーンをパーツ別に分類していく。


 一つ一つ、丁寧に壊す。比較する。戻す。その繰り返し、俺のたった一つの希望。


『オーバーライト』

「バラせるところは、全部バラした。そして戻せた。もう、何も臭くない」


 震えそうになる指をなんとか抑えながら電源ボタンを押す。

 動け、動け、動け、動いてよ!

「くそ! 電源ケーブル、差し込んでなかった……」


 ピポッ! フォン! ファァァァァァァ


「いよっしゃー!」


 任務完了!

 だけど、SSDやHDDの内部データは吹き飛んでたから、OS再インストールなんかでもうちょっと時間はかかったんだが、奇跡的に俺の愛機は息を吹き替えした。

 疲れ果てて、そのまま眠りについた俺が目覚めたとき、もうゲームなんてどうでも良くなっていた。

 現実の設定以上に、楽しいことなんてないことに気づいてしまったからだ。


 ◇◇◆◇◇


 連休中はどこにも行かないで、ゲーム三昧なつもりだったけど、俺は街を歩いている。

 全世界をいきなり襲った謎のフレアウィルスで、世界は平穏に見えて大混乱。日本も例外ではなく、緊急事態宣言に外出自粛、休業要請。

 日に日に増える感染者と、死亡者。

 そんな希望の見えない今だけど、俺は最高にテンションが高い。見るもの全てが宝の山だ。

 道端に落ちているゴミだって、ぽい捨てタバコの吸い殻だって……うそ、これはちょっと気持ち悪かったわ。新品に戻せたけど、吸おうとは思わなかったよ。


 とりあえず片っ端からタップしていった。ある程度はなれたら、勝手にメモ帳は閉じてしまう。

 が、脳内ストレージらしき場所に保存できることが判明してからは更にタップは捗った。

 肩を二回叩き、道行く人や警察官に道を聞いてみたり、使いなれない英語で外国人なんかにも声をかけた。

 面白そうなものは必ず2つ購入して、そろそろ荷物も多くなってきたから、帰る前に飯食って行こうかな。

 臨時休業してるお店も多い中、普段は入らないであろうお洒落そうなお店に入って、料理を注文した。


「ふう、美味しかった。すみません!」

 パスタとかちゃんとしたの久しぶりに食べたよ。メニューに面白いことが書いてあったので、店員さんを呼んでみた。


「はい、どうかされましたかお客様?」

「ここに書いてある隠し味のことなんだけど、これで合ってる?」

 ナプキンにさっき買ったサインペンで答えを書く。

「シェフに見せてきます。少々お待ちください」

「当たってたら、今度一緒に食事に行こうぜ。フレアが終息したらでいいからさ!」

「終息したらね!」

 マスクで半分顔は隠れてるけど、可愛い系の美人さんな気がするから、店に入ったときから、気になっていたんだ。


「おめでとう、オーナービックリしてたわよ。どこの料理人だって」

 ヒラヒラと先程のナプキンを持って、彼女が帰ってきた。

「どこにでもいる工場勤務ライン工さ」

「へ~、じゃあ残念だけど食事にはフレアが終息したら、誘ってね。賞品のデザートはもう少しで持ってこれるわ」

 最初と違って、フランクになってたけど振られたかな。

 ヒラヒラとナプキンで遊んでいると、俺が答えを書いた裏面に何か書いてある。


『M-ID:XXXXXXXXXXX 香 仕事は20:00までよ』


 よし!


 サービスのデザートも食べ終わって、オーナーに見送られつつ、会計をしてくれたのは香さんだった。

「ごちそうさまでした。香さん、最後にちょっとおまじないさせてもらっていいですか」

「何のおまじない?」

「フレアが終息しますようにって」

「ですって、オーナーどうしましょう?」

「いいんじゃない、僕もやってよ」


 二人とも乗ってきてくれたので、手のひらを出してもらって、ちょんちょんと小指で小指を二回突っつく。


「はい、これで終息宣言です。正直、男性相手にはしたくなかったです」


 最後に三人で思いっきり笑って、全員マスクで記念撮影をした。前後2メートルの距離を取って、少し斜めから。密はダメだからね。


 その夜、メッセアプリで香さんと連絡を取って、色々な話をした。


 そして数日後、彼女はフレアウィルス陽性反応で隔離された。


 ◇◇◆◇◇


 俺が感染させたのかもしれない。そんな後悔をしていたけど、メッセで連絡が取れる香さんは優しかった。


『貴方に合う前から熱っぽかったもの。貴方のせいじゃないわ。それに陰性だったのでしょう?』


 違う、俺も陽性だった。陰性に改変しただけなんだ!


 毎日、香さんと連絡はした。濃厚接触者として、俺も仕事は休業していたから、時間はたっぷりあった。

 香さんの感染が判明するまで、色々な人と触れあった。老いも若いも、色々な国の人。ただの興味だったが、今はそれがとても大事だったと思える。


「書き換え対象位置……『この部屋』」

 考えろ、比較しろ、予想しろ。

「書き換え対象……『カレンダー』」

 更に考えろ、比較しろ、予想しろ。

「書き換え前状態……『漢字あり』」

 そして特定しろ。

「書き換え後状態……『漢字なし』」

 あとは実行だ。


 メモ帳のオプションから拡張子を表示に変更。名前を付けて保存を選択。


 俺は消しゴムに一度だけタップして、保存先を指定する。そして、拡張子は.batに変更。


 深呼吸をして、消ゴムを二回タップする。


「ぐは……」

 めまいと共に立っていられなくなるような浮遊感が、一瞬だけ通りすぎていった。


 そして部屋に飾ってあるカレンダーからすべての漢字が消えていた。パソコンも、スマホも時計も。


 ◇◇◆◇◇


『おまじない覚えてるか?』「書き換え対象位置……太陽系」

『ええ、覚えてるわよ』「書き換え対象……フレアウィルス」

『どうしたの、急に?』「書き換え前状態……あり」

『もう一回やろうぜ』「書き換え後状態……なし」

『ふふ、いいわよ』

 俺は名前を付けて保存を選択する。

『じゃあ、同時にスマホ画面に小指でタッチな』

『同時ってどうやって?』

『もうすぐ、日付変わるだろ』

『わかった、零時ジャストね』

『準備はいいか』

 俺はスマホを一度だけタップして、拡張子を.batに変更。

『オッケーよ』

『香、愛してる』


 午前零時、その日、世界からフレアウィルスが消滅した。


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