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狐のいない海  作者: 赤星友香
12/51

五つ星 - 3

自室に戻って行儀悪くベッドに寝転がった。そもそも体調が悪いのだった。布団に背中と頭が支えられている実感がしてほっとする。


エリさんにもらった紺色のチラシを両手で掲げる。初めて触ったときはぺらぺらとした紙だと思ったが、改めて見てみると少し厚みがあった。いつも冊子様にして高級感を出している寿司屋のものよりは薄く、ピザ屋のものよりは厚い。A4サイズの両面カラー印刷であった。


この時点ですでに違和感があった。いくら新築のデザイナーズ物件であろうと、ただの賃貸マンションにこんなにしっかりとしたチラシを作るものだろうか。優子も大家業の端くれである。不動産の広告については色々と耳にするところだ。分譲マンションなら分かる。チラシを刷る費用と全て売れたときの利益を比較すれば費用対効果で意味があるだろう。同じ理由で建て売りの戸建てでも新築ならチラシを作るだろう。


しかし賃貸は管理に手間がかかるばかりか月々の収益はわずか数十万円程度である。不動産屋としてもオーナーと入居者からそれぞれ家賃半額の手数料が入る、それだけである。それっぽっちの収益のためにチラシを作る意味は果たしてあるのだろうか。


横になって首を傾げると例の右肩が痛かった。ちょっと首と背中をずらしたため肩を竦めたような変な格好になった。そのままチラシの細部を眺めはじめた。


A4を横長にして使っている。左上が濃紺で始まり、右下の白に向けてグラデーションがかかるデザインだった。右下にはくだんの新築物件外観があしらわれている。完成写真ではなくデザインパースのようだ。幾度か外観をちらっと見た外観からは黒っぽい建物に思えたが、パースを見るかぎり外壁は濃紺のようだった。このチラシの色も外壁に合わせてあるのだろうと優子は思った。チラシの地の色、深い紺に先ほど見た黄色い惹句がでかでかと踊っていた。




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すべてが台無しであった。それなりに予算をかけて作ったであろうこのチラシに合わせるにしては表現が直接的すぎ、色のセンスがなく、サイズも大きすぎる。単調なゴシック体なのもまるで分からない。まるでこれだけ後からとってつけたようであった。


優子はチラシを裏返してみた。住戸の参考図面と賃料が掲載されている。LDKが十帖に洋室六帖、この二室の間にウォークスルークローゼットが付いていた。専有面積は五十平方メートルほどで月額九万二千円、共益費が五千円、駐車場料金別とある。かなり強気の賃料だと優子は思った。あけぼのとしののめもペット可物件にするに当たり新規募集から賃料を上げた。しかしこの家賃には到底届かない。ペット可にする以前から住んでいて家賃が据え置きになっているゲンさんの部屋ならこの半額と言ってもいいくらいだった。


そのまま設備について読み込んでいたのでチラシの最下部にある文言に気づくのが遅れた。




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次の行にはウェブサイトのアドレスがあった。ご丁寧にQRコードまで付いている。スマートフォンで読み込んでみた。賃貸オーナー募集のページにリンクされていた。優子は眉根を寄せた。


最近はやりの、サブリース型賃貸事業であった。大家は土地と賃貸物件の新築費用を負担する。不動産会社はできあがった物件をまるごと借り受けて大家に家賃を支払う。借り上げた物件は店子に又貸し、つまりサブリースをする。不動産会社は大家に払う家賃と店子から受け取るのの差額で利益を上げる、と、いわれている。


実際のところ事情はもう少々複雑である。賃貸物件は一年十二ヶ月常に満室であるものではない。あけぼのとしののめは現在ほぼ満室経営を達成しているがこれは稀な成功である。最初から入居者が集まらないようなところに建てられてしまう物件もあるし、二年もすれば空室が目立つようになるのもある。


店子が決まらなければ家賃が入らない。不動産会社はそれでも大家に家賃を支払わなくてはならない。不動産会社と大家との間に交わされる契約書の中にはこういった事態を避けるための特約がある。入居者が集まらなければ大家に払う家賃を段階的に値下げしていくのである。当初の家賃を百パーセントとすると、七十五パーセント、五十パーセントというように家賃が減っていく。


すると大家はどうなるか。家賃収入は減る、建物のローンは止まらない。つまり焦げ付くのである。ローン返済のために建物と土地を手放そうにも収益性の低い物件である。たいした値段では売れない。ただ借金だけが残る。ローンを組まずに自己資金のみで物件を建てられたとしてもその投資を回収できない。どちらにせよ大損なのである。


もちろんサブリースで成功している不動産オーナーもいる。サブリースが一概に悪であるとは言えないが、大家の無知につけ込んだ雑な契約が行われているともしばしば耳にしていた。そのためサブリース事業者に対する優子の心証はすこぶる悪い。


不可解なのはサブリース事業だけではなかった。サブリースに大家を勧誘するそのウェブページは非常に簡素だった。シンプルといえば聞こえがいいが実際のところはきちんとデザインされていないというのが正しい。テキストと画像、それらのデータを適当に交互に掲載しただけのページであった。優子にはわざわざQRコードを使ってまで誘導するようなものとは思えなかった。


その中に物件の見本としてアパート外観CGと参考間取り図があった。これもよく分からない。くだんの物件、つまり今優子がチラシを見ているマンションとかけ離れている。外観CGはどう見ても一般的な木造アパートであった。間取りもウォークスルークローゼットがある例のマンションと比較するとごくごく平凡なつくりである。


もちろん物件のバリエーションは他にもあるだろう。しかし仮に優子が土地をだぶつかせているオーナーだとしよう。遠野が担当するマンションのチラシを見た。こんな賃貸物件を作りたいなと思ってチラシからこのウェブサイトに流入した。果たして見るものがこれで納得するだろうか。この会社に不動産を任せたいと思うだろうか。答えは否である。


全体的にちぐはぐなのであった。強気の家賃を乗せたスタイリッシュなマンションを出しておきながら、オーナーに提示するのは平凡な木造アパート。当初はそこそここだわっていたのであろうチラシを作っておきながらそれだけで全体を損なうように雑な惹句を載せる。QRコードまで用意しておいてランディングページには全く予算をかけていない。用意周到そうに見えて思わぬところで手を抜いているのが不安を煽る。信頼性を損なっているのである。


それを担当しているのが遠野であるということが優子にとって最も不可解であった。優子は神社でちゃーを受け取ったときと焼き鯖を食べたときしかまともに遠野と会話をしていない。しかしそのわずかな印象とこのちぐはぐさがそぐわなかった。遠野が適当なページを作ったり、色合いにこだわったチラシにセンスのないコピーを載せたりして何も感じない人間だとは思えなかった。優子にはとても奇妙に思えた。

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