悪徳の怪盗
「・・・ウソ・・無い」
OLと思わしき女性が、自身のバッグを焦った様子で見ていた。
「獲物見っけ」
そんな彼女の様子を見ながら、誰にも聞こえないように俺は呟く。
この世の音、光、感触、五感を遠ざけ、彼女の徳を見る。
「へー。見た目清楚系美人だと思ったら、徳まで高いんだ」
彼女を取り巻くオーラのような物は、徳の高い者特有の物であった。
「・・・良い子や」
結婚したい!という衝動を抑え込み、彼女の徳にこびり付く業を注視した。
業の正体は、彼女のバックから祖母の形見である手鏡を、ポーチごと盗んだ男のもの。
どれ程徳が高かろうと、突然災いはやってくる。
「極上の獲物じゃないか」
悪徳なして徳を積む。それが俺だ。
★
「無い!?なんで・・・って、なんだこりゃ?」
業を辿れば、犯人を見付けるなんて簡単だ。
あの美女からポーチを盗んだスリの常習犯は、ポーチの代わりにくれてやった物を注視している。
「悪徳の怪盗?」
俺の名刺だ。
「ただ盗み返すだけじゃ、つまらないからね」
それに、ポーチを盗み返されたという怒りが怨念となって、あの子の徳を陰らせるかもしれない。
俺という第三者が居ると認識すれば、彼の悪意は俺に向くだろう。
「顔は知られていないし、俺に届く悪意は微々たるものだろうさ」
認識されづらいように、容姿は地味にしてある。平凡な髪型で、スーツ姿に黒縁眼鏡だ。
おまけに影も薄い!・・・泣きてー。
「さて、返しに行きますか」
警察に捕まるスリの男を背に、俺は彼女の徳を辿る。
「業は業を呼ぶ」
業は、災いを引き寄せるものだ。
★
「ウソ!?何度も捜したのに、バッグの中にあった!」
「良かったじゃん、スミレ!」
返すのに一日掛かってしまったな。
その間に、徳が転じて業にならなくて良かった。
これ、落としませんでしたか?とでも言って恩に着せようかとも考えたが、それは俺のポリシーに反する。
俗的な見返りを求めれば、善行をなしても徳を積む事にはならないからだ。
「まあ、あの笑顔を見られただけでも上々か。なんてな」
自嘲を浮かべ、この場を去る。
徳を感じ取れる俺には、徳の大切さがよく分かる。
だからこそ、業を持って他人の徳を穢そうとする輩が許せない。
盗みという悪徳な手段を使ってでも、徳を穢す業を断つ。
それが俺、悪徳の怪盗だ。
本当はOL美女とのやり取りも描きたかったのですが、文字数の関係で出来ませんでした!