15才と異世界転移
前言撤回。どうやら神様は本当にいたみたいです。俺は今、見知らぬ街で迷子になっています。
これまでの経緯を話すと、俺はあの後早々に課題を終わらせ布団に潜り込んだ。目を瞑り、布団と身体とが眠気で一つになるようなあの心地よい感覚に包まれたあと、視界が、いや、脳内に弾けるような閃光が煌めき、だるさで目を覚ますとここにいたというわけだ。何を言っているのかわからないって?大丈夫、俺もわからない。
とにかく情報収集が先である。多分ここは広場、街の中心的な場所だろう。向こうの市場では新鮮な野菜と思われるものが売り買いされている。広場の中心には噴水があり、女神像のようなものが持つ壺から水が溢れ出している。ここからは東西南北だと思われる四方向に道が伸び、それぞれの入り口に何語かわからない文字できっと、おそらく地名らしきものが表記されている。そして、道行く人々なのだが…
「おじさーん!いつものある?」
「そのペンダント可愛い~!どこに売ってた?」
「本日の目玉商品はこれだ!どんな種族にも対応しているマッサージ器だよ!」
…どこから説明すればいいのかわからない。一見普通の会話なのだが、それを喋る人物は猫のような耳が生えていたり3mは超えるような大男がいたりと、多種多様というかもうそういう次元を超えている。種族ってなに。なんで文字は読めないのに会話は聞き取れるんだ。というかここはどこだ?
”異世界”
ふとそんな言葉が思い浮かぶ。そんな漫画みたいな話、ありえると思うか?仮にそうだとしても、なぜ異世界にワープなんてしたんだ?そもそもここは現実なのか?謎が謎を呼び、様々な思考がぐるぐると頭の中で混ざり合って爆発しかけたその時、どこからか声が聞こえた。
「あのぅ……」
声質からして7歳くらいの女の子だろうか。俺は我に返り、声のした方に振り向く。
「ああ、ごめん。俺のことか…な……っ、?」
突如、今まで経験したことのない冷たい感覚に襲われる。
…何が、起こった?
「清らかに死んで。」
「ぁ……?」
ゆっくりと視線を下に動かす。腹に突き刺さった、銀色に輝く刃物のようなものが見えた。
あれ?俺、刺された?清らかに、死んで…?
脳が刺されたことを認識すると、一気にその感覚が押し寄せる。
熱い。
熱い、熱い、熱い。
「う…がはっ……!?」
俺はそのまま膝から崩れ落ち、激しい痛みに飲まれながらも、ぼやける視界で一人の少女を捉える。
真っ白いフードに赤髪。フードの隙間から見える頭の上についた獣の耳。
「君は……」
俺の問いかけも空しく、少女は人ごみの中に溶け込むようにして消えていく。
なにがなんだかわからないが、とりあえず俺はもうすぐ死ぬのだろう。
助けを呼ぼうにも声が出ず、せめて来世は普通の人に、と願いながら俺は意識を手放した。
◇
痛い。頭がくらくらする。
俺は何をしていたんだっけ。そうだ、確か目を覚ましたら異世界にいて、それで少女に刺されて…。あれ、じゃあここは天国か?いや、普通に考えてあれは夢だと考えるのが妥当だろう。俺もさすがに疲れてるのかもしれない。とりあえず今日は金曜日だから学校が_____
「……あれ?」
ゆっくりと重たい瞼を持ち上げると、目の前に広がるのは見覚えのない茶色い木の天井。確か、俺の家はマンションだから目を開けたら真っ先に白色が飛び込んでくるのが正解。しかし、どんなに目を凝らしても見えるのは茶色い木目だけである。
「ここは…っ、!」
ズクン、と腹のあたりが痛んだ。あれ、もしかしてこれって、いや、間違いない。
「夢、じゃないのか…?」
紛れもなく現実である。この”異世界”と思われる場所に飛ばされたのも、白いフードの少女に刺されたのも、全部実際に俺の身に起こったことなのである。俺はまだこの現状を呑み込めていないが、仮に百歩譲ってここが異世界だとしよう。とすると、俺がまだ生きているということは誰かが俺の手当てをしてくれたということだ。つまり、ここは俺を手当てしてくれた心優しい人の家になる。
「あの、失礼します。」
色々な思考を張り巡らせていると、部屋の右奥にある木のドアがギィと音を立てて開いた。声からして、女性だ。
「あ、お目覚めになりましたか?お腹、痛くないでしょうか…。私、リーフと申します。」
あなたをここに運んでくるの大変だったんですよ、と彼女は微笑んだ。リーフと名乗る彼女は俺と同じ金髪のロングで、緑色の目をした女性だ。年は俺よりも2つくらい上、といったところだろうか。深緑色のワンピースの上から真っ白な布を巻き付けたような、とても清楚な見た目である。手には白い陶器の器と木のスプーン、そして白いコップが乗ったお盆を持っていることから、きっと食事を持ってきてくれたのだろう。
「ありがとうございます。わざわざ用意してもらっちゃっ……いっ、」
「す、すいません!まだ傷、痛みますよね!横になっていてください!」
急に体を起こしたためか、傷口がさらに痛んだ。彼女、もといリーフはすぐさま俺に駆け寄り、ゆっくりとベッドに身体を倒す。俺が痛くないよう、肩に手をまわしながら。にしても、相当深くやられたらしい。お腹のあたりを見ると白い包帯が丁寧に巻き付けられていたが、そこには薄っすらと赤い血が滲んでいた。
「大丈夫です。それにしても、ここらは物騒なんですね。俺、いきなり少女に刃物でぶっ刺されて…」
すると、再び奥の扉がギィと声を上げた。音に反応して視線をそちらへ向けると、なんの挨拶も無しに一人の子どもが入ってきた。
「あら、フレア?部屋に入るときは一言挨拶!っていつも言ってるでしょ?」
扉の向こうから姿を現したそのフレアという子を見て俺は絶句した。赤く短めの髪に頭から生えている獣の耳。そして、小柄な体を包む少し大きめな白いマント。間違いない、こいつは、この子は、
「お前は…!!」
「……。」
俺が驚いた表情を見せても、彼女はピクリとも動かない。ただ、さっきはフードに隠れて見えなかったその静かに燃える真っ赤な瞳で俺を見つめているのみである。
「二人とも、知り合いなの?」
互いに見つめあったまま硬直する俺とフレアを交互に見ながら、リーフは頭にはてなを浮かべて呟く。リーフさん、知り合いも何も俺はこの子に殺されかけたんです。
殺されかけて瀕死状態の俺を手当てしてくれた子の家に俺を殺しかけた人がいるという理解しがたい状況に置かれた俺は、とにかく頭を動かした。もしかして、リーフさんはこの子が俺を刺したことを知らないのか?いや、最悪二人ともグルで、俺をゆっくりいたぶり殺そうとしているのかもしれない。はたまた…、などと考えていると、フレアが口を開いた。
「ごめん、なさい。」
ごめんなさい?
それは、俺を刺したことに対する謝罪なのだろうか。少し眉を下げ、本当に申し訳なさそうな顔をしている彼女を見ていると、なんだか幼い子供を叱りつけた時のような感覚に陥る。
「それは、俺に言ってるのかな?」
「……。」
静かに、コクンと一回だけ頷く。なにやら相当反省しているらしい。確かに人を殺すのは犯罪だし、俺も到底許せることではない。しかし、なにかしらの事情があったのだろう。彼女の今にも泣きだしそうな顔を見ていると、犯行直後の彼女とはまるで別人のようだ。俺も反省している人間をさらに悪く言うような男ではない。ここはとにかく許してあげるのが一番ではないだろうか。
「確かにあれは痛かったし、正直死ぬところだった。でも、反省してるみたいだし、もうあんなことは…」
「違うの。」
目に涙をためながら彼女は否定の言葉を発した。
「違うの。フレア、あなたに、呪い、かけた。」
弱々しい声でそう言葉にする。
呪い?呪いってなんだ?
「あの、探している人にすごく似てて、それで、確実に殺さなきゃと思って、かけちゃったの。
_____16才になると、死ぬ呪い。」
俺は耳を疑った。16才になると、なんだって?
「それで、人違いだって気付いて、リーフさんに教えて運んでもらったの。ごめ、ごめんなさい。」
呪い?16才?俺が死ぬ?その言葉に現実味がわかず、俺はただひたすらにこれが夢だと願った。しかし、今もなお自分の存在を示すようにズキズキと痛む腹の傷がある限り、これが夢ではないのは確かである。
「その…なんで、16才?」
とにかくもう全てを否定したかったが、それでは何も変わらないと判断し、とりあえず質問してみることにした。俺も生まれ変わりたいなどと言っていたが、人間自分の死に関わるとこんなにも受け入れることができなくなるものなのか。
「16才は、この国では成人として認められる年なんです。」
さっきまで傍観していたリーフさんが、急に真剣な顔つきで答える。多分、呪いのことはフレアから聞いていなかったんだと思う。
「フレアは魔術が使えます。そして暗殺を専門とする魔術師は対象の人物にかならずこの呪いをかけるんです。この術はかけた本人しかかけたということがわかりません。だから、使うんです。確実に、仕留めるために。」
恐ろしいことを言ってくれる。魔術、ということは、やはりここは異世界で間違いないらしい。俺自身混乱しきっているが、今はもうそんなことで悩んでいる暇はない。16才で死ぬ、ということは、俺の寿命はのこり6ヵ月ということだ。
「でも、その呪いは解けるんだろ?」
「と、とける、けど、」
目をそらしながら答えるフレアに、リーフさんが付け足した。
「この呪いを解ける人は、この国にはいないんです。」
この国に…いない、だと?
「じゃあ…俺はどうすればいいんだ?」
「フレアが責任取る。から、一緒に、探す。」
といっても、リーフさんの顔つきからしてそう簡単なことではないのは明らかだ。ましてやこんな子供だ。だったら俺一人で探したほうが安全かもしれない。
「いや、俺一人で探すよ。そう簡単なことじゃないみたいだし。それに、子供が行ったら危ないと思うよ?」
「フレア、15才だもん。」
「えっ。」
ここにきて衝撃の事実である。俺と同い年だと?てっきり小学生くらいかと…。
「一人で行くのは危険です。そもそも、この呪い自体階級の高い魔術師しか使えません。それを解く方法となると…さらに、上の技術を持った魔術師が必要になるんです。」
リーフさんが少し悲しげな表情をして言う。
「うちのフレアがすみませんでした。まさか、そんなことになっているとは思わなくて…。これは私の責任でもあります。どうか、一緒に探させてください。」
そういうと、バッと勢い良く頭を下げられた。女性に頭を下げられたらもう断れない。しかしよくよく考えてみると、ここは見たことも聞いたこともない異世界の地。俺一人だったら、確実に迷って餓死してお陀仏だろう。そう考えると、この人たちと行動するのは賢明な判断かもしれない。
「わかりました。じゃあ、ご一緒させてもらおうかな。」
「…!はい、よろしくお願いします。」
俺とリーフは互いの手を握った。
「フレアも。」
そこにフレアの小さな手が乗り、俺たちは呪いを解くために一緒に行動することとなった。