深井姉弟、旅に出る。part1
吐き気を催すほどの人ごみの中、俺は前へ進む。流石十月の三連休だけはある。
特にここ、関西空港では僅かな休みに遠出しようと考える人が多いらしい。まぁ俺もその1人だが。
俺は何となく、この国際線出発フロアの雰囲気が好きだ。日本人の方が少ない、と考えるとまるで日本じゃないような気がするからだ。非日常にワクワクするなんて小学生だね、と姉ならそう言うだろう。
姉の姿はまだ見えない。待ち合わせ場所は4Fのスタバで合ってるはずなんだが……
念の為に早く来ていて助かった。7時半には着いておかなくてはならないところに7時過ぎに着いた。決して楽しみで眠れなかった、とかそういう訳では無い。どちらかと言うと不安でほとんど眠れなかった。
姉と遠出をすると碌でもないことになる。家族旅行の時でさえそうだったのだから間違いない。まさか、PAで迷子になるなんて思いもしなかった。
「遅い……」
いつまで待たせるんだ、そう思い始めた時ポケットに入れたスマホに着信があった。姉からだ。
「もしもし?」
『あ、那知。今どこにいるの?』
「どこって……4Fのスタバ。待ち合わせ場所だろ?」
『4F?何で国際線にいるの。待ち合わせ場所は2Fでしょ?』
「え?」
いや、おかしいとは思っていた。だって別に海外に行く訳でもないのに何で国際線なんだ、って。
LINEを起動し、姉とのトークを確認する。
【明日7時に国内線のスタバで待ち合わせで】
俺が思いっきり誤解していた。
「関西空港が悪い。関西国際空港の国内線って滅茶苦茶ややこしい」
その上、関西空港内のスタバは多い。そんなスタバを待ち合わせ場所に設定した姉も性格が悪い。
「言い訳なんて男らしくないなぁ」
そう言う姉は上機嫌だ。何故なら
「それそんなに美味いか?」
「もちろん!」
罰として姉に抹茶クリームフラペチーノを奢らされた。大好物を得て姉は上機嫌だ。何故か女子って抹茶大好きだよな。俺も好きだけど。
「那知も一口要る?」
「要らねえ」
俺は別に買うから、と付け加えた。
「はぁ暇になった……」
お世辞にも広いと言えない機内で退屈が確定してしまった。座席は硬いし向こうに着くまでに疲れてしまう。その上、右端の窓際の席を姉に奪われてしまったのだ。
「決まった事だし文句を言わない」
姉に窘められる。いや、決して窓際を望んでいた訳では無い。ただ単純に……
「姉さんお菓子とか食べるなよ」
「は?何で」
「何をするにも肘が当たるんだよ!」
左利きの姉が右にいるってそういうことである。
だから俺が窓際に座りたかったんだ。
「いいじゃん別に。私は気にしないし」
「俺が気にするんだよ!」
姉と食事に行くと高確率でこの問題が起きる。学習能力がないってよりは慣れに近い。だが、今回は別だ。
「出来ればもう一戦お願いします」
このままだとストレスと疲労で向こうに着くまでに死ぬまである。
「えー、私にメリット無くない?」
「……向こうに着いたらスタバを奢るから」
「次はダークモカチップフラペチーノね」
乗ってくれた。
「今回も将棋でいい?」
「もちろん」
オセロだと勝ち目が無いし将棋くらいが丁度いい。
「オッケーちょっと待ってねー」
姉は慣れた手つきでスマホを操作し、将棋アプリを開いた。
「先手どうぞ?」
姉は俺にスマホを差し出した。まるで挑発するように。
「……どうも」
ここはありがたく受け取る。
「さて……」
一手目を指そうとした瞬間、飛行機がガタガタと揺れ始める。どうやら離陸するらしい。
そうして上空での姉弟喧嘩が始まった。