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第四話

「姉さん、大丈夫?」

 昨日の今日で、心配したのだろう。

 いつもは裏から帰ってくる秋人が番台に顔をのぞかせた。

「ああ、昨日の件なら、解決したわ。ご挨拶にみえたの」

 私は番台の中の菓子折りを上にのせた。

「不審者だと思ったら、心配性のお兄さんだったのですって」

 くすり、と笑う。

「なんだそれ」

 呆れたように秋人は呟いて、ほっと息をついた。

 本当に心配してくれたのだな、と思う。我が弟は、とても良くできた弟だ。

 うちの家計を助けるために、弟はアルバイトもしている。本当は、学業に専念させてあげたいけど、なかなか銭湯の経営状況は厳しくて、本当に申し訳ないと思う。

「あ、姉さん、髪の毛、切っちゃったの? 今度は伸ばすと思ったのに」

 秋人は残念そうにそう言った。

 さすがに我が弟は、私が髪を切ったのに気が付いてくれた。ちょっとうれしい。

「あのね、それで、沢田さんにお見合いをすすめられて」

「お見合い?!」

 秋人は相当びっくりしたらしい。

「声、大きいよ」

「ご、ごめん」

 今、徹のほかは誰もいないから、いいけど、誰かいたら、町中に私が見合いすることが知られてしまうところだ。

「姉さん、お見合いって、姉さんが?」

 そんなに違和感があるのだろうか。秋人の目が大きく見開かれている。

「えっと。うん。やっぱり柄じゃないよね。秋人がダメっていうなら、断るよ」

「何言ってるの! しなよ! オレに遠慮するなよ。姉ちゃん、いろいろ我慢しすぎだよ。恋だって、オシャレだって、それに、結婚して子供だって欲しい癖に、オレのために全部我慢して」

「秋人……」

「オレ、知っている。姉ちゃん、本当は銭湯継ぎたくなかったこと。本当はお菓子屋になりたかったこと」

「……そんなの、昔の話よ。秋人が気にすることないって」

 私はにっこりと笑う。お菓子屋の夢、なんて。子供なら一度は誰でも見るものだ。それを本当に叶える人の方が少ないのだから。でも、私が秋人の為にしていたことは、全て私の意思だったけれど、それが秋人に負い目になっていたのかもしれない。

「姉さん、お願いだから幸せになるの、諦めないでよ……ねえ、徹兄ィもそう思うだろう?」

 秋人は、脱衣所から出てきた徹に声をかけた。

「え? ああ」

 徹は突然同意を求められて、反応に困っている。今日は、いろいろ巻き込んで本当に申し訳ないな、と思った。

「秋人、徹が困っているから」

「そりゃ、困るよね。絶対、見合いなんかオレが反対すると思っていただろうし」

 何を考えているのか。秋人は嫌味っぽい口調でそう言った。徹の顔に当惑が浮かんでいる。

 それはそうだろう。私が見合いしようが徹には関係ない事なのだ。困っているのは、私の見合いのことではなく、それを関係あることのように決めつける秋人の態度であろう。

「秋人、わかった。私、お見合いするから……ごめんね、徹。秋人が変なこと言って」

「千夏、あの……そのだな」

 徹は、途方にくれたような顔で私を見ている。

「本当、ごめんね。昨日から変なことに巻き込んで。この埋め合わせは、きちんとするから」

「千夏、俺は……」

 言葉が見つからないらしく、徹はうつ向く。

 秋人は私と徹を見て。何かをあきらめたかのように大きくため息をついた。

「……悪かったよ、徹兄ぃ。関係ないのに八つ当たりして。姉さんが見合いするのは、あくまで月野家の問題だよね」

 秋人は、私が蓋をしている心のうちを知っているのだろうか。知っているからこそ、こんな風に言っているのだろうか。

 でも、それは『私の気持ち』だ。徹には関係ない。そう……本当に関係ない事なのだ。

 そう思ったら。胸が苦しくなり、何かが込み上げてきた。

「ごめん、私、ちょっとお手洗いにいってくる。秋人、番台お願いね」

「姉さん?」

 私は振り向かずに、そのままお手洗いに飛び込んだ。

 頬を伝う涙の意味を、自分でも知りたくない。辛いだけの恋なんて、誰も気が付かないまま終わればいい。

 私は、奴にとって『女』として認識されていないのだから。


 

 お手洗いから出ると、徹は既に帰った後だった。

 お客が何人か来たので、何も言わずに私は秋人と番台を代わった。

 秋人は、私が泣いたことに気が付いたのかもしれないが、そのことはおろか、見合いのことにも仕事が終わっても一言も触れなかった。

 あの時。

 徹は、私が泣いたことに気が付いただろうか。

 私の、涙の意味に気付いてしまっただろうか。

 気づいてほしい、と思う。気づいてほしくないとも思う。

 本音を言えば、『見合いなんてするな』と言ってほしかった。

 でも……そういえば、剛兄さんは言っていたではないか。『昨日はご機嫌だった』って。

 あれは、奈々子さんと出会えたからに違いない。次の日にデートをするくらいだ。

 私と徹は、単なる幼馴染みで、それ以上でも以下でもない。

 その枠から外れるものは、すべて忘れて、捨ててしまおう。

 月明かりの差し込む部屋で、私は布団を頭にかぶる。枕がしっとりと濡れはじめた。


第五話は14時更新予定

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